561
1194
「それで……【ダンレムの糸】を確保しておきたかった理由はわかったけど、話す場を変えたのはなんかあるの? やっぱミュラー家が絡んだりするの?」
兵を動かしたのはリーゼルで、指揮を執ったのはオーギュスト。
そして、護衛の冒険者はセリアーナが雇って、【浮き玉】で大きく動いていたのはセリアーナだ。
おまけに止めの派手な一撃は、リアーナ領の者が所持する船の上から、領主立会いの下に行われた。
基本的に関わっているのがリアーナ一行で、俺も一応その仲間ではあるんだが、ミュラー家の場合はここと領地が隣接しているし、ちょっと近すぎるんだよな。
加えて、一応まだミュラー家がこの東部の纏め役でもあるし、主導権がそっちに行っちゃうから、迷惑ってわけじゃないだろうが、リーゼルも動きにくくなるのかもしれない。
それなら、俺には今後の流れ程度は教えても、あんまり深入りさせない方がいいってことだろう。
どうかな……と、セリアーナを見れば、どうやらこの考えで合っているようで、満足そうな表情をしている。
「お前も少しは考えられるようになってきたのね。概ねその通りよ。ただ……あくまで交渉の場を一本に絞るためだから、難しく考える必要は無いわね。場合によっては、当事者でもあるしお前が出なければいけないかもしれないし……この方がいいでしょう?」
「オレが何もしなくていいのは助かるね。足痛いし」
そう言って、セリアーナの言葉に頷いた。
文官仕事で出世をしたい者にとっては、アピールの場かも知れないが、俺には不要だ。
そんなことよりも。
「結局、アイツら何だったんだろうね? 落ち着いて聞く間がなかったから流してたけれど、セリア様の加護には引っかからなかったんでしょう?」
連中はこの上なく暴れてくれていたけれど、あれだけやってもセリアーナの加護は反応しなかったっぽいんだよな。
かと言って、加護が発動出来ていなかったり、無効化されていたかと言うと、そんなことはない。
しっかり範囲内の人間としては識別出来ていたみたいだしな。
……どういうことだろう?
「そうね……私の加護に問題がなかった以上、あの連中が何か策を講じていた……と見るのが妥当よね」
「ふぬ……それはちょっと不安だね」
領地に帰り着くことで襲撃の不安が大分薄れるとはいえ、基本的に俺とセリアーナは彼女の加護を前提にウロウロしていることが多いから、それを出し抜くような術があるとなれば、色々考え直さないといけないような気がする。
百歩譲って俺とセリアーナだけならともかく、すぐ側には子供たちがいるしな。
そう口に出そうとしたのだが……。
その前にセリアーナが、何やら困ったような表情で再び口を開いた。
「ただ……」
「うん? ただ?」
この表情……俺が何か考え違いでもしてるのかな?
「ただ……行動そのものは計画性や達成しようという執念を感じられた割に、私を狙うにしては攻撃が甘い気がするの。お前もそう感じなかったかしら?」
「ぬ……まぁ……やるならやるでもっとあからさまには出来たよね」
建物に火をかけたり、周りの人間を形振り構わず巻き込めば、もう少しかき回す事は出来たと思うんだが、割とあっさり退いたんだよな。
もちろん、人質を取ったり、建物そのものに矢をぶち込んだりと、色々やらかしてはいるが……。
ふぬ。
「実はセリア様が狙いじゃ無かったとか? 別の狙いがあって、たまたま居たセリア様を利用したとか……そんな感じで」
何となく思いついた事を冗談めかして喋ってみたんだが……。
「あれ?」
セリアーナがゆっくり頷いている。
「私を呼びつけていたし、たまたま……と言うことは無いでしょうけれど、本命が私じゃない可能性はあるわね。考えすぎても仕方がないし、今更どうにかなることではないけれど、領地に戻ったらしばらくはそちらの調査に手を取られることになるかもしれないわ」
「あら? リアーナも調べるの?」
「念のためにね。まあ、怪我をしているお前には丁度いいかもしれないけれど、しばらくは屋敷に詰めることになるはずよ」
そう言って、ふう……と大きな溜め息を吐いた。
教会関連の怪しい奴はもう調べているだろうけれど、また新たな調査事項が増えちゃったか。
まぁ……多分今回はウチは何も出てこないだろうけれど、もうすぐ雨季だってのに行ったり来たりが大変な仕事が出来ちゃったな。
……がんばれ、騎士団。
1195
出港した翌日。
俺たちは河を遡り、順調にルバンの村へと向かっていた。
昨日話した賊の件だが、実は俺は一つ危惧していることがあった。
セリアーナの加護に反応しないのなら、こっそり船員に紛れ込んでいても気付けないんじゃないかってことだ。
だが、船員は皆ルバンが手配した者たちで、余所者が入り込む隙は無い。
また、海を航行中なら大型の魔物と遭遇する可能性もあるし、完全には気を抜くことは無かった。
だが、この河には魔物も生息しているものの、この船が危険になるほどの強力な魔物はおらず、気を張る必要もない。
これなら思う存分、気を抜いていられるってもんだ。
ってことで、足の療養も兼ねてベッドの上で大の字になって、堂々とゴロゴロしていたわけだが、ドアの方からノックの音が聞こえてきた。
セリアーナはこっちの就寝スペースではなくて、もう一つ手前の生活スペースにいるんだが、何も言ってこなかったよな?
彼女ならノックの前に気付くはずなんだけれど……。
どうしたのかな……と、ベッドから起き上がりセリアーナを見たんだが、既に彼女は【小玉】に乗って浮き上がっていた。
そして。
「私がでるから、お前はそのままでいいわ」
そのままドアに向かって行った。
「あらま……」
まぁ……セリアーナのことだし、外にいるのが誰かはわかっているんだろうし、外には護衛の冒険者が立っているから、変なことは起きないだろう。
それじゃー、外のことは任せるか……と、俺は再びベッドに倒れこんだ。
「おや? セラ君は就寝中だったのかな……?」
部屋に入って来たのは、リーゼルとオーギュストだった。
奥でベッドに寝転がっている俺を見て、眠っているとでも思ったんだろう。
「おきてまーす」
俺がこの部屋にいることはわかっているだろうし、彼の声の感じからも、別に内密の話をしようって雰囲気じゃないのはわかっているが、それでも一応伝えておいた方がいいだろう。
ベッドに寝転がったまま、向こうに見えるように手を振った。
「ああ……足のためにも動かない方がいいからね。セラ君、そのままで構わないよ」
「はーい」
そう返事をしつつも、俺は体をズリズリ動かして、皆がいる方に頭を向けた。
リーゼルもオーギュストも武装を解いた、楽な恰好だ。
ただ、その代わりにオーギュストが何冊かのファイルらしき物を持って来ていた。
何かの話でもするんだろうが……村に着く前に済ませておきたいことでもあるのかな?
俺はベッドの上から席に着く3人を眺めて、そんなことを考えていた。
◇
3人は1時間ほど話を続けていたが、どうやら終わったらしく、リーゼルとオーギュストは部屋を出て行った。
特に白熱するような内容ではなかったようで、和やか……とまでは言わないが、実に静かな雰囲気だった。
何かを話しているのはわかるがその内容まではここまでは聞こえてこなかったが……何話してたんだろうな?
「よいしょっと……。ねー、セリア様」
俺はベッドの下に転がしている【浮き玉】を手繰り寄せてそれに乗ると、セリアーナのもとへと向かった。
「何の話だったの?」
セリアーナはリーゼルたちが置いて行ったファイルを読んでいる。
俺も見せてもらおうと、後ろに回り込んでみた。
書かれているのは何かのリストのようで、名前や俺も見知った単語が羅列されているが……。
「それは……船員の情報かな?」
「ええ。名前と出身地と雇用主ね。リーゼルも私の加護を賊がすり抜けたことを気にしていたんでしょう。船を降りるまで何日もないけれど、加護の不備分の補足に使って欲しいと持って来たのよ」
「へぇ……まぁ、でも」
一番上のリストだけ見てもわかるが、今この船で働いている者たちは皆リアーナ領出身で、ルバンが雇っている者たちばかりだ。
ここは心配ないだろう。
セリアーナもそう考えたらしく、サラサラっとリストを読み進めて行き、パタッと閉じると机の上に置いてしまった。
「誰も問題無いわね。お前も興味があるようなら読んでも構わないけれど……」
「いや、止めとくよ」
どうせ一緒に船に乗るのも今回限りだろうし、わざわざ覚える必要は無いだろう。
俺はセリアーナの言葉に首を振ると、再び横になるために【浮き玉】をベッドに向かわせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます