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「戻って来たわね」
しばしの間部屋で待っていたのだが、外を眺めていたセリアーナがふと呟いた。
それに対して誰が戻ってきたの……とかを訊ねたりはしない。
ルバンしかいないもんな。
「お? それじゃあ、そろそろ降りることになりそうだね。もう屋敷にいるの?」
「いえ、もうすぐそこに居るわ。このまま船に上がって来るんでしょうね」
そう言うと、セリアーナは【小玉】を浮き上がらせて、窓辺の執務机の側から部屋の中央へと移動した。
待っている間にセリアーナから教えてもらったが、ルバンを捕捉したのは、彼女の加護の範囲を大分広げた場所だったらしい。
俺たちが到着したことを聞いて戻って来たんだろう。
ただ……。
「結構ゆっくりだったよね」
俺たちが今日到着するのは知らなかったわけだし、仕事で屋敷を空けていることはいいんだが、急ごうと思えばもう少し急げた気もする。
自分の仕事を優先したのかな?
「彼からしたら、私たちの相手よりも自分の管理する土地の方が大事なんでしょう。私たちも事前に連絡しているわけじゃないし、問題無いわ」
「ほぅほぅ……」
普段だと俺が伝令役として事前に飛んでいくことが多いが、今はそれが出来ないし、こんな事もあるか。
そんなことを話していると、部屋のドアを叩く音が響いた。
ついでに、廊下に使用人と護衛の彼女たちの気配も見える。
セリアーナが入って来るように言うと、すぐにドアが開き使用人たちが中に入ってきた。
「さて、行きましょうか」
「はーい」
それじゃー……船を降りて、一旦屋敷に行って……そして、領都に向けて出発だな。
日が落ちる前には到着するよな?
なんてことを考えながら、セリアーナと共に外へと出発した。
◇
部屋から出ると、甲板に出る廊下の角にリーゼルたちがいて、そのまま彼等と合流して甲板に出た。
そこには、部下を連れたルバンが待機していた。
……待機していたんだが、ルバンはともかく彼の部下の視線がチラチラと横に向いている。
何を見ているかと言うと。
「…………」
彼等から目を逸らして沈黙する俺をおいて、リーゼルが口を開いた。
「ルバン卿、出迎えご苦労。このまま君の屋敷に向かって簡単な報告を行いたいんだが……折角この場にいるし、アレについても事情を話しておこう。いいかい?」
「……はっ。お願いします」
いつもの爽やかなリーゼルの声に比べると、随分硬い声で返すルバン。
彼もどちらかと言うとリーゼルと同じタイプの人間なんだが、流石に自分の外交手段の目玉である船が損傷していたら、いつものような余裕は保てないらしい。
ともあれ、リーゼルはマーセナルの港での出来事や、王都を発ってからのことを簡単に纏めて、ルバンに説明している。
そして、俺はその話をしている彼等を眺めているんだが、ルバンは腰に手を当てたり腕を組んだりと、なんとも落ち着かない様子に見えた。
「やっぱ結構ショックだったのかな?」
「そうね。アレを使った他所からの人間の移動が、彼のこの地での売りですものね。それに……」
「それに?」
「この船自体にあちらこちらに魔道具を仕込んでいるでしょう? 破損自体は甲板の手摺の一部だけれど、そのきっかけの一撃が【ダンレムの糸】という、高威力の魔道具だし、船の機能にどこまで影響があったかの調査もすることになるかもしれないわ」
「……あぁ。新しい手摺と取り替えたら終わりってわけじゃないんだね」
この船がどんなシステムで運航されているのか詳しいことはわからないが、船内に動力源を設置しているし、そこに繋がるラインが船体のあちらこちらに張り巡らされているんだろう。
恐らく手摺にはそれは通っていないと思うが、手摺を経由して船体に衝撃が伝わったりするかもしれないし、その影響でどこかが破損していたりするかもしれない。
この船を利用する者の身分を考えたら、全取り換えってことはないにしても、全体の検査は必要になるだろう。
それは……痛いよな。
悪いことしちゃったなー……と、改めて思っていると、こちらを振り返ったルバンと目が合った。
……ごめんね?
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「セラ嬢の足を見たら、ある程度の事情は察することは出来ますが……それほどでしたか」
とりあえず、ここに来るまでの一通りの説明が終わったらしく、ルバンがリーゼルと話しながらこちらにやって来たが、どうやらああなった事情には納得しているようだ。
先程のアレは何だったのかってくらい落ち着いた様子になっている。
いつも通りだ。
そして、ルバンは俺の前に来ると、浅く頭を下げて礼をした。
「なにごと!?」
今までもルバンから雑に扱われたことはなかったと思うが、なんというか……こういう対応をされるのは初めてだ。
驚いてしまうと、ルバンは顔を上げてニヤリ……と笑っていた。
からかわれたか?
「君はもうミュラー家のご令嬢だろう? 今後の接し方を改める必要があると思ってね」
「……今まで通りで良いよ。落ち着かないし」
やっぱりからかうためだったか……。
ルバンは男爵だし、ミュラー家はともかく、俺個人の身分は騎士爵だ。
加えて領内での関係だと、俺は騎士団の2番隊の副長で、彼は代官様。
彼が気を遣ったりするような身分じゃないし、これまで通りの接し方でも問題無いだろう。
「フッ……それは助かるよ」
「……フン」
一言二言言い返したい気もするが、船を破損させたって引け目もあるし、ここは堪えておこう。
これでチャラってことに勝手にしようかな!
ルバンを睨みながらそんなことを考えていると、横に浮いているセリアーナが口を開いた。
「ココでの話は終わったようだけれど、続きは屋敷でかしら?」
「いや、もうこのまま出発するよ。ルバン卿にはこのまま領都まで付いて来てもらうことにした。彼もそのつもりのようだしね」
「ええ。今後の領地の方針を伺っておきたいと思いまして……。一纏めの方が話しやすいでしょう? 数日程度なら何時離れても問題無いように、周辺の狩りも済ませておりますので。ご一緒させていただきます」
「そう……まあ、その方が確かに早いものね」
「そういうことだ。それじゃあ、行こうか。ルバン卿は僕と同じ馬車に乗ってもらうが、それで構わないかな?」
そう言ってセリアーナに確認を取るリーゼル。
たかが一緒の馬車に乗るだけなのに、わざわざ……と思うが、一応ルバンを引っ張ってきたのはセリアーナだし、彼女の派閥ってことになっているからだな。
引き抜きじゃないよっていうアピールだろう。
この場には見せる相手もいないって言うのに、そこら辺は相変わらず手を抜かない男だ。
セリアーナも苦笑しつつ「構わない」と答えていた。
◇
さて。
船から降りた俺たちは、先に降ろされていた馬車に護衛の彼女たちと共に乗り込むと、ルバンの屋敷には寄らずにすぐに出発した。
この村から領都まで直通の道が出来ているとはいえ、馬車での移動だし、あまりのんびりしているとあっという間に日が暮れてしまうもんな。
「先に報告とかしなくて大丈夫なのかな? 飛んでこうか?」
こういうシーンだと普段は俺が先行して報せに行くんだが、例によって俺も一緒に馬車に乗っている。
領都もそろそろ帰って来る頃だよなー……くらいは考えているかもしれないが、いざ急に帰って来たら驚くと思うんだ。
ルバンに加えて、護衛の彼女たちもいるしな。
他所の領地ならともかく、リアーナの領民なら俺が単独で移動するのは見慣れているし、特に問題無いと思うんだが……残念ながらセリアーナは「駄目よ」と言いながら首を横に振っている。
ダメだったかー……と、小さく息を吐いていると、向かいの座席に座る護衛のリーダーが目に入った。
彼女たちは二手に分かれて、馬車の内外を守っている。
そのリーダーだが、外の様子が気になるのか黙って座りながらも、窓から目を離そうとしない。
「貴女たちはリアーナは初めてよね?」
「はっ。東部の情報は一般的なことしか知らなかったので……少々驚いています。確かに外には魔物の気配らしきものは感じますが、襲ってもこないし……。ただ、やはり強さは王国西部の比ではありませんね」
「頭の良さもね……。こちらがこれだけの戦力で動いている以上、よほど追い詰められでもしない限り襲ってくることはないわ」
「楽にしなさい」と言うと、セリアーナは彼女に向かって話を続けた。
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