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 男が魔法と一緒に撃ちだした【ダンレムの糸】を横から掠め取ることに失敗してしまった。

 それはそれでもう仕方がないとして、それじゃーどうするか……。


「追うの?」


 舟との距離はあるが、速度なら【浮き玉】の方が上だ。

 追いつくことは簡単だが、そうなると俺とセリアーナの2人でどうにかしないといけなくなるんだよな。

 どうするのか……。


「……いえ、まずはウチの船に行くわ」


 そう言うと、セリアーナは港に停泊中のウチの船へと向かいだした。


 ……なんでウチの船に?


 まさか船を出して追う訳ないよな?

 速度はウチの船の方が速いだろうが、今から動き出す準備をしたんじゃ時間がかかりすぎるし……。


 振り返りセリアーナの顔を見ると、既に視線は船の方を向いている。


「船行ってなにするの?」


 聞いてみるか。


「船にはリーゼルがいるわ。合流したら説明するわ。それよりも、お前は周囲に怪しい素振りをする者がいないかどうかを見ていて頂戴」


「……ふぬ」


 気にはなるが……運ばれるだけの身だし、大人しく指示に従っておくか。

 あんまり視線を下げると、僅かな時間だとはいえ自分の足が見えるからやりたくはないが……セリアーナの加護には引っかからない連中もうろついていたし、ここは目視が一番だろう。


 俺は覚悟を決めると、地上の索敵を開始した。


 ◇


 さて、海上を高速で飛び続けて、何隻かの船を通り過ぎて、ウチの船の上空に辿り着いた。


 結局、地上で怪しいそぶりを見せる者はいなかったが、まぁ……セリアーナでも見つけられないような連中を、ただ通り過ぎざまにチラっと見ただけで気付けるわけないか。


 そのことをセリアーナに伝えると、彼女もある程度予想はしていたのか、小さく「結構」と呟いて甲板へと降下を開始した。

 甲板には、セリアーナが言っていたようにリーゼルとウチの兵の姿が見える。


「来たか!」


 降下する俺たちに気付いたリーゼルは、すぐにこちらに駆け寄ってきた。

 服や髪に多少の乱れが見えるし、どうやら倉庫の件が片付くなり真っ直ぐ駆けつけてきたっぽいな。


「向こうは片付いたようね」


「ああ。それよりも、君たちがここに来たということは……セラ君? その足は大丈夫なのかい?」


 リーゼルはセリアーナと状況の確認をしようとしていたが……俺の足を見るなりそのことを口にした。


 ……自分ではあまり見ないようにはしているんだが、一目でわかる程度にはひん曲がっているんだろうな。

 くそぉ……改めて指摘されると、痛みが足どころか頭にまで響いて来た。


「……思い出すと痛くなるから気にしないで」


「あっあぁ……」


 俺の言葉に、リーゼルは一瞬躊躇うように口を噤んだが、一つ咳ばらいをすると話を再開した。


「……失礼した。とりあえず、向こうは片付いたよ。全員とまではいかなかったが、生きて捕らえた者もいるしここの兵が背後関係を聞き出してくれるだろう。それよりも、君たちの護衛から軽く事情は聞いたが、ここに来たということは確保出来なかったんだね?」


「ええ。ここがリアーナならもっと動くことが出来たのだけれど、他領ではどうしても制限が足を引っ張るわね」


 セリアーナは肩を竦めると、「セラ」と口にして、視線を下げてきた。


「お前が先程聞いてきたことだけれど、他領で私たちが自衛以外で戦闘をするには理由が必要になるわ。待機所と倉庫の件では反撃という口実があったけれど、あの男や海上にいる者たちは直接私たちに仕掛けていたわけじゃないし、別の理由が必要なのよ」


「面倒ではあるが、その件を引き合いに出して、余所者がリアーナで好きに動かれても困るからね……」


「まぁ……それもそっか。あそこで追わなかった理由はわかったけれど、それなら何でココに?」


「この船はルバンの……リアーナの物よ。マーセナルから切り離されたリアーナの飛び地として利用出来るの。流石に港や停泊中の船を攻撃するようなことは許されないけれど、海上の賊と思しき者に攻撃を行う程度なら問題無いわ」


「……ほぅ?」


 大使館とかの治外法権みたいな感じになるのかな?


「そういうことだね。僕がここに来たのも、もし君たちが間に合わなかった際に、逃亡する賊に仕掛けるためなんだ」


 そう言って、リーゼルは甲板の外に視線を向けた。


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 リーゼルの視線を追いかけると、あの舟が西に向かって進んでいるのが見えている。

 あの受け止めるのに使った布を被っているから、どんな姿なのかはわからないが……ヘビたちの目で4人組なのがわかった。

 もう間もなく俺たちの前を通過するだろう。


「あの小ささじゃ遠くまでは無理だろうし、適当なところで乗り捨てて、そのまま陸路で離れるつもりなんだろうね。流石に陸から追いかけるのは難しいだろうし、中々よく準備しているよ」


 呆れつつも感心したように言うリーゼル。


「これだけ陸地から距離があると、余程強力な魔法でもなければ沈めることは難しいし、火系統なら別でしょうけれど、周りは海だし、あの布で受けてしまえばすぐに消火出来るものね」


 同じくセリアーナも。


「余程強力な魔法ね……」


 そして、2人の声を聞きながら呟く俺。


 とりあえず、何をしたらいいのかはわかった。

 ついでに、あんまりのんびりもしていられないこともだ。


「よいしょっ!」


 俺は【ダンレムの糸】を発動して甲板の上にドンっと置くと、倒れないように尻尾で支えた。

【浮き玉】の操作はセリアーナに任せているが、何も言わなくても上手いこと合わせて来るあたり、コレで間違いは無さそうだな。


「アレを撃てばいいんだね?」


「……そう頼みたかったんだが、足は大丈夫かい? 難しいようなら僕が撃つけれど……」


 俺の撃ち方を思い出しているのか、リーゼルは困り顔だ。

 俺の撃ち方は両足を使うし、そう考えるのも無理はないが。


「旦那様使ったこと無いでしょ? それならオレがやった方がいいよ……多分」


 距離はこの船から300メートルも離れていないところを通るだろうし、あの舟はほぼ一定の速度だ。


 当てるだけなら、障害物も無いし真っ直ぐ撃つだけでいいから、初めてでもそこまで難しくは無いと思うが、いかんせん一度外すと次に撃てるまで時間がかかってしまう。

 それなら足は痛いが、俺が撃った方が確実だ。


 まぁ、でも。


「念のため弓の方を支えてくれると嬉しいかも」


「支える……? ああ……任せてくれ。そろそろ正面に来るね。撃つかい?」


 リーゼルは俺の言葉に「?」といった表情を浮かべたが、すぐに理解して弓に手を当てた。


「うん。セリア様、ちょっと右側に回ってもらっていいかな?」


「ええ」


 普段は左足で弓を支えて右足で矢を引いていたが、今回は左足で引くことになる。

 いつもとは逆だし、一応気を付けておかないとな……。


「さてと……それじゃーササっとやりますかね……!」


 反対側に回り込み、【緋蜂の針】に加えて補助用の尻尾と腕も発動して、準備は完了だ。


 ◇


「セラ君、もう正面に現れるよ」


 後ろの弦から目が離せない俺に代わって、リーゼルが正面の様子を伝えてくれた。


「うん、了解です。この距離なら一瞬だろうから、舟の先端が矢の先に入ったら教えてください」


 弦を左足で押さえながらチラっと振り向くと、リーゼルだけじゃなくて、セリアーナも矢の上部を押さえてくれている。

 俺の尻尾と腕に、さらに抑える箇所が2ヵ所も加われば普段より安定するかもしれないが……。


「それと、2人とも矢を撃つときは余波に気を付けてね?」


「もちろんだよ。流石にこれには巻き込まれたくないからね……セラ君、そろそろだ」


「了解!」


 リーゼルの言葉で、さらにグイっと足を押し込むと、バチバチとした矢の音が一層大きくなっていく。


 威力は十分だ。

 いつでも撃てるな。

 後は合図を待つだけだ。


「来たよ。正面だ」


 リーゼルの言葉に「よし」と頷き正面に向き直ると、射線上に丁度賊の舟が乗ったタイミングだった。

 小さく息を吐いて、しっかりと狙いをつけて……。


「…………ほっ!」


 矢を放った。

 ドンっ! と、大きな音を響かせながら、一直線に前を行く舟目がけて飛んで行く光の矢。


「くっ!? うぉぉっ!!?」


 間近でそれを見たリーゼルが、珍しく悲鳴のような声を上げている。

 だが、一先ずそれは置いておいて、矢が飛んで行った先に目をやると、バカでかい音と共に木片交じりの水柱が吹き上がっていた。


 命中したか。

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