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「……あれは?」


 髪飾りを追って倉庫から飛び立ち、外に出てすぐに目に入ったのは、港のいたる所に配備された兵士の姿だった。

 警備なのか監視なのか捜査なのか……なんなのかはわからないが、この倉庫はもちろん、他の建物や遠くで停まっている船にまでしっかりと兵たちが付いている。


 そして、俺たちが待機所から外に出た際には、まだまだたくさんいた港湾関係者は、いくつかのグループに分けて開けた一画に集められていた。


「この街の兵たちね。他にも協力者がいた場合に備えて動いていたんでしょう」


「あぁ……道理で団長にしては、駆け付けるのが遅いなとは思ってたんだよね」


 待機所での人質騒動から始まって、その件が解決した後に待機所に矢を撃ち込まれて……そこからさらに、賊が潜んでいる倉庫で一戦あって……。


 オーギュストたちが兵を率いてやって来るのに、結構な時間がかかっていた。

 もちろん港から街中の騎士団本部まで距離があるのはわかっているし、他所の領地の兵との不慣れな連携を取らなければいけないし……仕方がないとは言え、随分らしくないなとは思っていたんだが、こっちへの手配とかで手間取っていたのかもしれない。


 まぁ……それはそれとして。


「でも、この分ならオレたちが来る必要は無かったかな? オレたちがアレに追いつくのは難しそうだけれど、兵の誰かが拾ってくれるんじゃない?」


 俺は前を飛んでいる髪飾りから目を離さずに、セリアーナに訊ねた。


 髪飾りは大分前を飛んでいるが、少しずつ軌道が下がり始めている。

 風系統の魔法か何かはわからないが、そろそろ込められている魔力が尽きかけているんだろう。


 あの男の狙いを考えたら、てっきり海上にまで届くように投げたのかと思ったんだが、もっと手前に落ちそうな軌道だ。

 魔法と合わせたとはいえ、あの手投げでこれだけの距離を飛ばせるのは大したもんだが、届かないんじゃ意味が無いよな。


 速度を全開にしたら何とか空中にある間に追いつけそうな気はするが、セリアーナはどうやらそのつもりは無さそうだ。

 今更気にするようなことではない気もするんだが……これだけ人目がある中であまりアグレッシブな姿を見せたくないのかもしれない。


 その人目も大半は街の兵のもので、事情もわかっているだろうけれど……まぁ、そこはセリアーナ自身のブランディングでもあるわけだしな。


 等と、俺は余計なことも考えながら納得して頷いているが、返事をするセリアーナの声は、まだまだ気を張っているように感じた。


「下の兵たちは、私たちには気付けていても、あの小さな髪飾りが見えているかはわからないわ。迂闊に教えてしまっても、潜んでいる賊たちにも伝わってしまうでしょうし、このまま追って私たちが確保するべきよ」


「む……それもそっか」


「ええ。もっとも、この高さから落下する訳だし、壊れてしまう可能性もあるけれど……それならそれで構わないわね」


 そう言うと、セリアーナはフッと小さく笑った。


 確保出来るのならそれが一番だけれど、別に確保したところで俺たちが使えるようになるわけじゃないし、持ち主をたどる手間を考えたら、いっそ壊れてしまった方が面倒が無くてよかったりするもんな。


 ともあれ、どうなるにせよ見逃したりしないように、しっかりと目で追っておかないといけないな。


 俺は気合いを入れ直して、落下し始めている髪飾りを視界に収めた。


 ◇


 さて、倉庫から放り投げられた髪飾りは大分飛び続けていたが、それもようやく地面に落下することとなった。

 近くに数人、兵と彼等に集められた港湾関係者の指揮者たちがいるが、セリアーナが言っていたように俺たちには気付いていても、髪飾りには気付いていないのか、何の反応も示していない。


「結構ズレてるね」


 倉庫の中から撃たれたあの一撃は、セリアーナが適当に誘導した結果、海へ最短距離で一直線に……とは行かずに俺たちが乗って来た船が停まっているエリアから大分離れた位置に向かっていたようだ。


 地面に水平に撃ったわけじゃないし、人的被害は無さそうだが、いくつかの建物は射線上にあったし、それらへの被害が出ていないのは何よりだが、賊らしき者たちが乗っていた小舟が見えない位置なのがちょっと残念かな?


 もし近くにあるようなら、側の兵に指示を出していたんだが……まぁ、いいか。

 それよりも、今はこっちだ。


「セラ」


「ほいほい……んんっ!?」


 セリアーナに返事をして、俺は兵たちに今落ちたものを確保するように……と指示を出そうと思ったんだが、集められていた中の1人が少しずつ離れようとしているのが目に入った。


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「そいつ! 捕まえてっ!!」


 集められていた一団から離れようとしている男を見つけた俺は、すぐに兵たちに手ぶりを交えた指示を飛ばした。

 セリアーナにお伺いをたてずに、勝手にやったが……仕方がないよな?


「……っ!? 奴か!」


 飛んでくる俺たちに気を取られていたのか、一瞬俺の声への反応が遅れたが、すぐに周囲を見回すと走り出している男に気付いたようだ。

 ただ……出遅れた分、兵たちよりも先に走り出した男の方が速い。

 何より、兵たちは何のために追うことになっているのかも分からないし、追う際に躊躇いが見えた。


「間に合わないわね。私たちも……」


 その様子を見たセリアーナは、そちらに向かおうと【浮き玉】を下に向けたが、男の様子を見て俺は待ったをかけた。


「さっきの倉庫の男みたいに、アイツも魔力をためてる! またどこかに放り投げるかも!」


 ここでコイツが拾っても、そこで取り囲まれるだけだしどうするんだろう……と思っていたが、コイツもさっきの倉庫の男のように遠投をする気なんだろう。

 投げる先は……。


「今度こそ舟に乗っていた連中ね」


 そう言うと、セリアーナは男のもとではなくて海上へ向けて加速させた。


「ちゃんと舟の方に投げて来るかな?」


 次の行先はまず間違いなく舟に乗っている連中だろうけれど、もし違った場合はどうしよう……と、離れていく男の姿を見てふと疑問に思い、セリアーナに訊ねた。


「まず間違いなく……ね。もともと倉庫にいた連中も、あの早さで私たちに場所が見つかることは想定していなかったはずよ」


「まぁ……そりゃそうだよね」


 アレはセリアーナの加護あってこそだったもんな。


 セリアーナの加護が無ければ、2発目を撃つか、あるいは、その気になればそのままやり過ごすことだって可能だったかもしれないくらいだ。


「それに、倉庫の男が【ダンレムの糸】を投げたのは、自ら空けた穴を通してでしょう? あの位置に撃たせたのは私よ。それにこの男は対応しているでしょう? 恐らく、矢が通った方向に投げる……とでも決めていたんでしょう。それなら、次は無いはずよ」


「そっか……適当に投げて、壊れたり無関係の人に拾われても困るしね……」


 もしかしたらこの辺りに飛ばすかも……くらいのことは、襲撃前に示し合わせたりしていたかもしれないが、詳細なポイントまでは無理だろうし、セリアーナが言うように矢の通った先を目指して、事前に動いていたんだろう。


 だが、今回はもうそれは出来ない。

 だから、この男で最後だろう。


 んで、肝心の舟はどこへ……と、海上に向かいながら探していると、セリアーナがスッと腕を伸ばした。


「舟は……見つけたわ!」


 待機所で聞いた時は港に着けているようなことを言っていたが、今その舟がいる位置は、俺たちと共に船団を組んでいた船の陰だ。

 逃げるためなのか隠れるためなのかはわからないが、海だけに間に障害物は無い。

 投げる投げる言っているが、実際は魔法で打ち出すようなものだし、真っ直ぐ飛ばすだけなら多少距離があろうと難しくはないはずだ。


「間に合うか……あっ!?」


 舟の位置を特定するのに少々手間取ってしまい、男と舟との射線上に入るのが遅れてしまっていた。

 そのため、舟を見つけて男の方を振り向いた時には、既に男は【ダンレムの糸】を拾い上げて、舟目がけて魔法ごと撃ちだしていた。


 倉庫の時とは違って目的の場所がわかっているだけに、投擲の速度は今回の方が上だ。

 セリアーナも急いで間に入ろうとするが……微妙なところか?


「ふっ!」


 それならと、俺は【足環】を発動して【浮き玉】を掴むと、その上に立ち上がり、尻尾を思い切り伸ばした。

 出来れば【足環】か【猿の腕】でキャッチしたかったんだが、間に合わない以上はとにかく舟の連中の手に渡るのを阻止したい。


 なんでもいいから当たりさえしたら……。


「……無理かっ!」


 上手く射線上に尻尾を置く事は出来たんだが、魔法と合わせて撃ちだしたのは伊達ではなく、ただ尻尾を伸ばしただけでは弾かれてしまった。

 少しは軌道を逸らせはしたんだが……。


 魔法の行方を追うと、舟の上で連中が大きな布のような物を広げて、魔法を包み込むように受け止める姿が目に入った。


 阻止は失敗かぁ……。

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