556
1184
「っ!?」
覗き穴を覗き込んで間もなく、セリアーナが小さく息を呑んだかと思うと、ドアから顔ごと目を背けた。
きっと眩しかったんだろうなぁ……。
「射ってた?」
「ええ」
目をパチパチと瞬かせるセリアーナに、外の様子はどうなっているかを訊ねると、短い答えが返ってきた。
見ているかはともかく、人目があるにもかかわらず倉庫内で【隠れ家】に避難したのは、倉庫に残っていた【ダンレムの糸】を持つ男の一発を回避するためだった。
あの男が弓を構えた時、てっきり外の兵たちを狙うと思っていたんだよな。
倉庫を包囲する兵の指揮を執っているオーギュストに加えて、外にはリーゼルまでいたんだ。
その2人のどちらかに矢を当てることが出来たら、この状況を脱することが出来る可能性が高まったと思うんだが、しっかりセリアーナを狙ってきた。
今更だが、アレはセリアーナを狙ったんだよな?
彼女の不規則な回避軌道をしっかり追って来ていたし、多分間違いないとは思うんだが……。
ともあれ、上手く物陰に潜んで姿を隠すことで、俺たちが【隠れ家】へ避難する余裕と、ついでに狙いを固定させることに成功した。
しかし……。
「……外は大丈夫かな?」
倉庫の横側にぶっ放されなかったのは良かったし、当然俺たちに被害が出ないのも良かったんだが、入口方向にドカンとやっちゃってたよな。
俺が持っている物と威力に差があるようには見えなかったし、倉庫の壁を壊したくらいじゃ大して威力が削がれはしないだろう。
人や停泊している船に当たりでもしたら、大事件じゃないかな……?
【浮き玉】の操作はセリアーナに任せてはいたが、港の被害状況がどれほどなのか、少々不安になってきた。
「問題無いわ。倉庫周辺から海まで、射線上に人も船も重ならない位置に降りたのよ? 石畳が壊れたりはしたでしょうけれど、それ以外に大した被害はないはずよ」
外の様子を探っているのか目を閉じながらではあるが、セリアーナは俺の不安をキッパリと否定した。
アレだけでたらめに動き回りながら、そんなことに気を遣っていたのか……。
大したもんだ。
「そか……そりゃ良かったよ」
「ええ。……問題無いわね。用意して頂戴」
外の様子を探るために目を閉じて集中していたが、どうやら大丈夫らしい。
目を開けると、外に出る用意をしろと命じてきた。
「はいはい……よいしょっ!」
俺は軽く気合い入れると、再度【祈り】と【風の衣】を発動し直した。
また次の一発まで時間は空くだろうし、もう外に脅威は無いだろうが……油断は禁物だもんな。
「よしっ。いいよ」
「結構」
セリアーナはそう呟くと、ドアに手をかけた。
◇
「ぉぉぅ……」
【隠れ家】から倉庫に戻ってきた俺は、その惨状に驚いて、ついつい呻き声をあげてしまった。
賊の放った矢は、待機所にいた時と同様に真っ直ぐ地面と平行に……ではなくて、どうやら斜め上に向けて放ったようだった。
倉庫の壁面ではなくて、屋根が何割か消し飛んでしまっている。
ウチの兵が空けた壁以外の床面や壁面は無事だが、それだけに土砂や埃が外に流れていかずに、倉庫内に留まっていて、ハッキリ言って肉眼ではほとんど視界が確保出来ないでいる。
もうこうなったら魔法で吹き飛ばすくらいしかないんじゃないかな?
「私たちがいると邪魔かもしれないわね。もうやることはないでしょうし……離れるわよ」
「あれ? 倒しちゃわないの?」
「お前の足がまともなら任せたけれど……無理をする必要は無いでしょう」
やれるかどうかというなら、左足でも普段の動きを再現するのは可能だが、セリアーナが言うように無理をする必要は無いか。
もう、賊側もこの状況をひっくり返すようなものは残していないだろうし、後は皆に任せるか。
「それもそっか……。それじゃー……」
とりあえず、この倉庫の状況をどうにかした方がいいよな?
俺たちがいるから、外から迂闊に魔法を撃ちこんだりは出来ないだろうし、一先ず離れるということを伝えよう。
埃を吸ってむせないように、口元を袖で覆ってから息を吸って、前を見た。
「団長ーオレたちはこのまま外に離脱するから、やっちゃっていーよー!」
よし……これで後は仕上げを見守るだけ……と、一息ついたのだが。
「セリア様っ!」
【ダンレムの糸】を所持していた男が、妙な構えをしていることに気付いた。
1185
倉庫の隅で妙な構えを取っていた男が急に走り出した。
俺が声を上げたせいかな?
逃げる……にしてはちょっと走る方向が変だし、どういうつもりなんだろう。
「セリア様」
まだ倉庫内は埃が舞っていて視界がイマイチなため、何をしようとしているのかがよくわからないが……これは対処した方がいいかもしれない。
そう思い、セリアーナに声をかけたが、どうやら彼女もそのつもりらしい。
「ふっ!」
短く息を吐くと、床目がけて右手で魔法を放った。
特に溜めたりもしていないから、威力そのものは大したことはないが、それでも倉庫内に漂っている埃を消し飛ばすには十分で、一気に視界が晴れてきた。
そして、同時に男の姿もだ。
「ちぃっ!」
何をしようとしているのかはわからないが、このセリアーナの風でそれが阻まれてしまったんだろう。
男は俺たちを睨むと、舌打ち交じりに剣を振りかぶり……。
「セラ、斬り落としなさい!」
「ぬっ、了解!」
剣をこちらに向かって投げようとする男に向かって、セリアーナが突っ込んで行った。
男はそう来ることがわかっていたのか、慌てることなく剣をこちらに向かって投げて来るが、所詮はただの剣を普通に投げつけただけで、俺の風を破るほどの威力は無い。
飛んできた剣は、俺たちの1メートルほど手前で風に弾かれてしまった。
コントロール自体は悪くないし、もしこれが投擲に適した槍とかだったのなら、もう少し違った結果になっていたのかな?
……ドンマイだ!
さて、剣を捨ててしまった男は、それでもまだ抵抗を続ける気力があるようで、腰に下げていた短剣を右手で抜いて構えていた。
やる気があるのは、賊っていう立場を無視していいのならいいことなんだろうが……面倒な相手だよな……全く。
まぁ……いいか。
これで決まるしな!
「セリア様、左から横に抜けて!」
間もなく接触……という距離まで来たところで、俺はセリアーナに指示を飛ばした。
問答することなく即応じるセリアーナ。
男の右側に回り込みながら、横を抜けたタイミングで【猿の腕】を発動すると、そのまま男の短剣を構えている右腕を掴んだ。
「なっ!? くそ……離れろっ!!」
男は【猿の腕】を振りほどこうと、右腕を振り回しているが……そう簡単には【祈り】で強化もされている【猿の腕】を振りほどく事は出来ない。
ただ単に俺に隙を晒しただけだ。
「ほっ!」
ってことで、隙だらけの右腕に【影の剣】を振り下ろすと、何の抵抗も無くスパっと振り切ることが出来た。
右腕を切り落とされて武器を無くした男に向かって、セリアーナが追撃に【琥珀の剣】で斬りつけようしているが、男の空いた左手に小さく魔力が動いているのがわかった。
「ん?」
最後の抵抗で魔法でも撃つつもりか?
「うああああぁぁぁっ!?」
顔を斬りつけられて破片が顔に突き刺さっても、その魔力は無くならず……それどころか悲鳴を上げながらも何かをしようとしていた。
「たっ!!」
そうはさせまいと、今度は俺が【足環】を発動して男の左腕を掴んだ。
俺はその掴んだ腕をグシャっと握り潰したんだが、男は握り潰される直前に左手を小さく動かしていた。
どうやら魔法を放ったようだが……何をしたかったんだ?
ただ単に、腕を握り潰された痛みで制御出来ずに暴発させたって感じじゃ無かったが……。
大した魔力じゃないが、気になった俺はそのまま魔法の行方を目で追っていると、先程の【ダンレムの糸】の一撃で崩れた天井の穴に飛んで行くのがわかった。
そして。
「……っ!? セリア様、飾り飛ばした!!」
外に出た際にキラッと光る小さな何かが見えて、ようやく男が何をしたかったのかがわかった。
コイツは【ダンレムの糸】をこの場で俺たちに奪われないように、外に放り投げておきたかったんだろう。
だから、成功する可能性が低い自身の脱出よりも、天井に穴を空けることを選んだんだな。
そして、ただ外に投げるだけじゃなくて、ソレをちゃんと回収する手立てもある。
「……あの小舟ね!」
「多分!」
俺は【足環】を解除して【緋蜂の針】を発動すると、男の胴体に蹴りを入れた。
これでこいつはもう動けないだろう。
それならここはオーギュストたちに任せて、俺たちは外に行った方がいいよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます