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「おお……流石だね。沈めたよ」


 少々変則的な撃ち方ではあったが、俺の一撃は賊が乗った舟に見事に直撃した。

 賊が生きているのか死んでいるのかはわからないが、まぁ……ただじゃ済まないだろう。


 とりあえず、ちょっかいをかけてきた相手を逃がすことなく沈めることが出来たことに、リーゼルもホッとしたようだ。

 流石にリアーナにまでは来ないだろうが、いまいち狙いがよくわからないくせに、やたらとしつこい腕の立つ連中が野放しになっているのは落ち着かないもんな。


 よかったよかった。


 ただそれよりも……だ。


「……ちょっと掠めちゃったね」


 甲板の手すりを超える高さから撃ってはいたんだが……【ダンレムの糸】はただ単に矢を放つわけじゃない。

 光の帯みたいなものをぶっ放すわけで……その一部が手すりを掠めてしまい、ちょっと……というにはがっつりと壊してしまっていた。


「気を付けてたつもりなんだけど……色々考えすぎて……失敗しちゃったね」


 折角2人が支えてくれていたんだが、それでも矢の威力に押されて振り回されそうになってしまった。

 普段なら、そういう時は敢えて横にずらして力を逃がしたりするんだが、今回は側にリーゼルがいたし、何より船の上だったから、振り回したりはせずに上に向けて逸らそうと思ったんだ。


 それ自体は概ね上手くいったんだが……【浮き玉】の操作がセリアーナ任せだったり、いつもは弓は自分の足で支えているが、今回は尻尾と腕のみだったりしたのがまずかったのかもしれない。


 上に逸らす際に力の加減を間違えて、一瞬ではあったが、初めに下にぶれてしまった。


 結果は御覧の通りだが……どうしたもんだか。


 この状況に渋い表情をしていると、ポンッとセリアーナが頭の上に手を置いて来た。


「壊れはしたけれど、航行に支障をきたすほどではないわ。ここから王都を目指すというのなら流石に危険だし修理が必要だったけれど、領地に戻るだけだしこのままで構わないでしょう」


「そうだね。緊急事態だったし、ルバン卿には事情を説明して納得してもらおう。さて……一先ず厄介な連中は沈めたし、一旦僕はオーギュストと合流してくるよ。君たちはどうする?」


「私たちはこのまま船に残るわ。貴方の方から護衛の彼女たちに、こちらへ来るように伝えて頂戴」


 俺たちが一時的にここで降りたのは、荷物の積み替えの他に、海上で捕らえた賊を引き渡すためだったんだが、それももう済んだし、先程の一連の戦闘の件についての報告が済めば、後はもう出港出来るはずだ。


 今更港の施設に戻るよりも、移動の際の仰々しさを考えたらここで時間を潰しておく方が手間が省けるよな。


 セリアーナの言葉に「ふむふむ」と頷いていると、リーゼルも小さく頷いていた。


「わかった。セラ君の治療も船内で済ませてしまおう。船医じゃ力不足だろうし、その手配もしておくよ。必要だろう?」


「ええ、任せるわ」


「ああ。それじゃあ、また後で……」


 リーゼルはそう言うと、兵を連れて足早に船から降りて行く。

 そのリーゼルを見送りつつ、セリアーナは加護を発動して、周囲の索敵を行っている。

 船から離れていたし、まぁ……当然だな。


「さてと……中へ行きましょうか。問題無いわね?」


「うん? …………そうだね。うん、大丈夫!」


 セリアーナの言葉に、念のため周囲を探ってみたが、怪しい物を設置されているような気配はないし、問題無いと頷いた。


 セリアーナは「結構」と頷くと、【浮き玉】を船内に続く階段へと向かわせた。


 ◇


「いたたたた……」


 自分たち用の船室に戻ってきた俺たちは、まずはソファーへと降りることにした。

 そして、ソファーに座り改めて自分の右足を見てみたが……これはひどいね。


 脛でポッキリと折れていて、さらに股関節も変な風に曲がっているし……脱臼だな。


「見事にまぁ……」


 セリアーナもどう言ったものかと困っている。


「これ……治すの痛いよね」


 切り傷や刺し傷とかなら、魔法やポーションを使っておけば勝手に治るが、こういう怪我の仕方だと、人の手を使う必要がある。

 折れた足を真っ直ぐして、外れた関節をはめ直して……気が遠くなるな。


「諦めなさい……。普段からあまり使ってはいないけれど、それでも無くなったら困るでしょう?」


 仕方がない。

 医者が来るまでそう時間はかからないだろうし、その間に覚悟を決めておくか。


「……うん」


 大きな溜め息を一つ吐くと、俺は力なくそう答えた。


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 大人しく部屋で覚悟を決めることしばし。

 部屋に護衛の彼女たちが医者を伴って入ってきた。


 彼女たち曰く、待機所や港の件はやはりこの街の兵たちに全て任せるそうで、もうウチが何かやることは無いそうだ。

 リーゼルたちも、報告を終えたら船に戻って来ることになっている。


 とは言え、マーセナル領内でウチに被害が出たわけだし、その辺についての協議なんかはあるんだとか。

 もちろん、被害に遭ったのはウチだけじゃないが、被害の規模や身分なんかも違うし、それぞれ個別にすることになる。

 んで、ウチからは後日適当な文官を派遣して、その彼に任せることになるらしい。


 まぁ……それはもう俺には関係無いことだ。

 そんなことよりも、今俺が直面している問題は……怪我の治療だ。


「うごがっ……いだだだだっ!?!?」


「大人しく我慢なさい……」


 外れた骨をはめる痛みにジタバタしていると、セリアーナが大人しくするようにと言ってきた。

 だが、これが中々どうして。


 なんか昔も味わったぞこの痛み!

 我慢できるかこんなもん!


 と、開き直ってジタバタしているんだが……。


「ふう……その娘のことは気にしないで、遠慮なくやって頂戴」


「はい。セラ様、舌を噛まないよう、気を付けてください」


 セリアーナが許可を出してしまったため、怖いことを言って来る医者。

 ちなみにサリオン家お抱えの女医さんだ。


 そのためなのか、貴族の相手に慣れている気がする。

 養女とは言え、仮にも伯爵家のお嬢様である俺相手にも、全く遠慮がない。


 彼女は俺の太ももを掴んだかと思うと、ゴリっと一気に押し込んだ。


「んがぁっ!?」


 痛みにバタバタ足を動かすと。


「いたあっ!?」


 今度は折れた右足の痛みで悲鳴が出た。


 脱臼の処置を優先して、骨折した個所は添え木を当てただけで、まだ治してもらっていないんだ。

 動かすたびに響く響く。

 こっちもサッサと治してもらいたいもんだ。


 俺は痛みに「ひぃひぃ」言いながらも、ポーションを机に並べていく医者を見ていたんだが……それって……。


「使う薬品はそれでいいのかしら? あまり魔力を感じないのだけれど……」


 セリアーナの言葉に俺も頷く。

 コレって普通のポーションだよな……?

 この怪我のレベルなら、もっと上位の強力なのを使った方がいいと思うんだけれど、併用する回復魔法によっぽど自信があるのかな?


「こちらは下級のポーションになります。私の魔法と合わせて骨を付けるまではしますが、皮膚や筋肉は自身の治癒力で回復してもらいます。痛みが引くまでは安静にしてください」


「……?」


「それは何か理由があってのことなのかしら……?」


 安静にするってのは別にいいんだが……それよりも、骨を付けられるのなら他の部分だって治せるはずだよな?

 敢えてしない理由があるんだろうか?

 痛むし、治せるのならとっとと治しておきたいんだけれど……。


 医者の言葉に、俺とセリアーナは2人して首を傾げてしまう。


「恐れながら……自然に治る怪我まで魔法やポーションで治してしまうと、治癒力が下がってしまいかねません。戦場だったり狩場だったり、どうしても急いで治す必要がある場合ならともかく、余裕があるのなら使用は控えた方がいいと言われています」


 冒険者や兵士のように、とにかく急いで治す必要がある身と違って、多少の余裕はある貴族を専門に診ている者ならではの意見だな。


「……それはそうかもしれないわね」


 セリアーナは医者の言葉に頷くと、俺の顔を見て口を開いた。


「わかったわね? 加護の使用も控えるのよ?」


「……ぉぅ」


 まぁ……確かに納得出来る理由ではある……気がする。

 日頃から恩恵品頼り、加護頼りの俺が言うことではないのかもしれないが、余程の緊急事態でも無いのなら、安静にしながら治すのが一番だろう。


 ただ……痛いのが何日も続くのかぁ……と、苦い顔をしていると、セリアーナにジッと睨まれてしまい、慌てて頷く。


 そして、俺たちのそのやり取りを見ていた医者は、満足そうな顔をしていた。

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