553

1178


「さて……と。何か確認しておきたいことはあって? 何も無ければもう行くわよ?」


【琥珀の剣】を発動したセリアーナは、剣を片手にそう言ってきた。


 確認しておきたい事か。

 パッと視線を下げて、地上の様子を確認した。


 先程の一発はどれくらい被害が出たのかはわからないが、少なくとも建物自体には大分ダメージが入ってしまっている。

 さらにもう一発が加わったらどうなってしまうか……。

 多分崩壊してしまうよな。


 セリアーナが急ぐわけだ。


 そして、問題はそれだけじゃ無い。


 俺たちが上に出てきたばかりの時は、待機所を利用している人たちは外には出ていなかったが、現状を把握しようとしているのか、チラホラ外に出て来始めている。


 自分たちがいる建物が半壊に近い状況になったのに、少々呑気に思えなくもないが……人質騒ぎがあった直後に、とんでもない何かを撃ち込まれたんだ。

 外に出るのを躊躇う気持ちもわからなくはないかな?


「ふぬ……行くのは構わないけれど、相手と戦うんだよね? どこまでやるの?」


 二発目を撃たれる前に、一気に決めたいんだろうが、あまりにも相手の情報が無い。

 俺もベストってわけじゃないし、【浮き玉】の制御もセリアーナに任せているから、正直どこまで戦力になるかはわからないんだよな。


「とりあえず、恩恵品を持っている賊の動きを止めることが出来たらそれでいいわ。港の状況は街にも伝わっているでしょうし、兵も直にこちらに来るはずよ」


「あぁ……なるほど」


 そうなったら、リーゼルやオーギュストもこちらに来るかもしれない。

 って言うか、多分来るはずだ。

 でも、彼等は賊連中が【ダンレムの糸】を所持していることは知らないはずだ。


 何か強力な遠距離攻撃手段を持っていることくらいは、現場を見ていなくても察することが出来るだろうけれど、それでも【ダンレムの糸】は予測出来ないだろう。


 俺もびっくりしたもんな……。


 ともあれ、俺たちの役割は、賊を倒すことよりもココや救援に矢を撃たれないように、注意を引き付けることか。

 それなら、適当に尻尾でも振り回すだけでもいいだろうし、ついでに俺がセリアーナの死角をカバーしたら、隙は無くなるだろう。

 その程度でも十分なはずだ。


「うん……わかった。あっ!? ちょっと待ってね」


 一言断ると、俺は急いで右足に着けていた【緋蜂の針】を左足に着け直した。

 どれだけ使いこなせるかわからないが、とりあえず発動してしまえば威嚇程度にはなるだろう。


 俺は「よしっ」と、小さく口に出すと、セリアーナに顔を向けて準備は完了だと伝えた。


「結構……。まあ、どうせ数分程度よ。お前は無理をせずに適当に私の援護を行いなさい」


 セリアーナはそう言うと、【浮き玉】を一気に上昇させた。


 ◇


 賊連中が隠れている倉庫らしき建物のすぐ真上にやって来た。

 この倉庫は、俺たちがいた建物と数十メートル程度しか離れていない。

 最初の矢を射った場所からさらに近付いているが、……まさか警備の兵たちも遠くに逃げるどころか、近付いているとは思わないだろう。


 さて……この倉庫だが、まずは上から近づいた俺たちは簡単にだが、ここの外観の確認をした。


「どこも壊されてないね」


 正面のドアはともかく、てっきりどこかの窓でも割って侵入したのかな……と思ったんだが、少なくとも窓にもドアにも、壁にも屋根にも……どこかを壊して中に入った痕跡は見当たらなかった。

 ココの倉庫主と協力関係にあるか、あるいは、何かしらの方法でドアを自由に開けられる鍵でも入手したのか。

 どっちにしろ、面倒臭そうだな。


「そうね。お前……ドアか窓を蹴破れるかしら? 無理なら私がやるけれど」


 自分が【緋蜂の針】を使うつもりなのかな?


「うん。左足に付け替えたし大丈夫だよ。ほっ!」


 セリアーナの言葉に、俺は左足に着けた【緋蜂の針】を発動することで答える。

 何の問題も無く、普段同様に発動しているが……見える足が反対だとなんだか不思議な気になるな。


「結構……それなら、あそこの窓を破って頂戴。割れたらすぐに私たちも中に入るわよ」


 そう言って、セリアーナは倉庫の裏の窓を指した。


1179


 俺たちは窓のすぐ上に移動すると、セリアーナがスッと窓を指さした。

 ヤレってことだな。


 窓はガラスでは無くて木戸で作られていて、パッと見ただけじゃ中の様子はわからない。


 これが普段だったら、もっと時間をかけて中の様子を窺ったりもするんだが……今はそんな悠長な真似をしている余裕は無いし即行動だな。

 まぁ……【妖精の瞳】やヘビたちの目のおかげで、それなりに中の様子は把握出来ているし大丈夫か。


「それじゃぁ……やるよ。せーのっ!!」


 俺は小さく頷いて左足をお腹まで上げると、踵で窓を踏みつけた。


 木戸は「ドカッ!!」と、大きな音を立てて窓枠ごと弾け飛んだ。

 そして、その大きく空いた穴の中にセリアーナは【浮き玉】を操作して飛び込んで行く。

 倉庫の中は大小の木箱がそこらに置かれているが、意外と中に物は少なく、一目で賊たちの様子を確認することが出来た。


 天井近くの窓が、いきなり内側に弾け飛んだことと、その窓から俺たちが飛び込んだことに驚いているのか、唖然とした顔でこちらを見たまま、硬直してしまっている。


 物が少なく光が遮られることはない上に、窓から飛び込んできた俺たちを見上げて無防備になっている、これは……チャンスじゃないか!


「セラ!」


「ふらっしゅ!」


 セリアーナの言葉に返事をする前に、俺は即魔法をど真ん中に撃ちこんだ。


「うおおぁぁっぁっ!?!?」


「っ!?」


 俺の魔法が見事に決まって、揃って目を押さえて叫ぶ賊たち。


 多分普通の攻撃用の魔法とかだったら、そこそこの腕がある者ならば、何かしら予兆を感じ取って防いだりするんだが、俺の魔法はただただ眩しいだけの代物だし、脅威とは捉えられないのか、人間相手でも魔物相手でもとにかく高確率で決まってくれる。


 今回もパーフェクトだ。


 さて……短時間ではあるが、一先ず倉庫内の賊たちの動きを止めることには成功した。

 とりあえず、どんな連中なのかをこの隙に見定めるか。


 賊は全部で6人で、腰に剣を帯びてはいるが鎧を着込んだりはしていない。

 見慣れない武装した男が複数で固まっていたら、流石に港の者でも怪しんだりするだろうしな。

 これなら、【緋蜂の針】の蹴りが体のどこかに当たりさえしたら、それだけでもう戦闘不能に持ち込めそうな気がするぞ?


 それじゃぁ……まだまだ魔法の効果は残っているようで、隙だらけになっているし、今のうちに……と思ったんだが……。


「セリア様! そいつ!!」


 もう少しどんな連中なのかを見定めたいと思ったが、目潰しに苦しんでいる中の1人が手にする物を見て気が変わった。


「ええ!」


 俺の指摘にセリアーナはすぐに反応して、俺が指した賊のもとへ突っ込んで行った。


 ◇


「……くっ、逃げろ!」


「俺たちが抑える!」


 賊たちは今の俺たちのやり取りが聞こえたようで、狙いに気付いたらしい。

 クールタイムが終わるのを、【ダンレムの糸】を弓の形で持ったまま待っていたのか、デカい弓を携えた賊の1人を残りの5人が逃がそうとしている。


 弓持ちはそれを受けて、恩恵品を解除すると入り口のドアに向かって走り始めた。

 アレは一発撃てさえしたら、一気に形勢をひっくり返せるだけの力はあるし、妥当な判断だとは思うんだが……。


 その5人はまだ視力が回復していないながらも、剣を抜いて迎撃するつもりらしい。

 そして、互いに大声をあげることで各々の位置の把握をしているようだ。

 実に涙ぐましい。


 だが、俺たち相手には意味が無い。

 セリアーナは前に立ちふさがる5人の頭上を一気に突破した。


 そして、弓持ちの背中に手が届きそうな位置まで来たが、解除した【ダンレムの糸】はどこにあるのか……。


「見つけた! セリア様、左に行って!」


 弓持ちが左手に何かを握っていることに気付いた俺は、セリアーナに指示を出すと同時に【影の剣】を発動して、斬りかかる準備をする。

 そして、セリアーナは何も言わずに弓持ちの男の左側に【浮き玉】を着けてくれた。


 もう大分視力は回復しているのか、俺たちが真横にいること気付いた男は、慌てて剣を抜こうとするが……残念ながら間に合わないぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る