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【ダンレムの糸】の矢を蹴りで弾き飛ばしたはいいんだが……右足があらぬ方向に曲がっている。
ついでに、脱臼はしていないだろうが股関節も捻ったかもしれない。
「痛っ……たぁ……」
いざ状況を認識すると急に痛みが増してきた。
あちこち痛い!
現状の把握も大事だけれど……この足をどうにか……と、モゾモゾしていると、弾き飛ばされていたリーダーが頭を小さく振りながら体を起こした。
彼女は額から血を流してはいるものの、それ以外は大きな怪我も無さそうだし、豪快に吹っ飛ばされた割には意外と大丈夫そうかな?
「……っ……。お2人とも、ご無事ですかっ!?」
「私たちは問題無いわ」
慌てて俺たちの安否を確認をするリーダーに、問題無いとセリアーナは即答した。
「……オレは痛い」
俺は結構大怪我のはずなんだけどな……と思いつつも、この状況でそこを突っ込んでも仕方がないしな。
とりあえず、一言だけに止めておこう。
と、痛みをこらえつつむくれていると、部屋のドアがバンっ! と開かれた。
「皆さま、ご無事ですか!?」
リーダーと同じようなことを言いながら部屋に入って来たのは、廊下を守っていたもう1人の護衛で、彼女は多少髪が乱れてはいるが、それを除けば一目でわかるような変化は無いし、どうやら廊下はこの部屋のように酷いことにはなっていないようだ。
俺たちは部屋の中にいたから、外の様子は何もわかっていなかったが、廊下にいた彼女なら、俺たちとは違う視点に立っていたわけだし、何か情報があるかもしれない。
一先ず俺は、彼女に何があったのかを訊ねようとしたんだが、それより先にセリアーナが口を開いた。
「こちらは問題無いわ。それよりも、貴女は彼女を連れてそこから出なさい」
と、片膝を立てて床に座りこんでいるリーダーを指す。
「セリアーナ様っ!? ぐっ……」
不服なのか、リーダーは顔を上げるが……すぐに呻き声をあげてしまった。
額を除けば目立った外傷はないが、やっぱりダメージは小さくはなかったようで、大分苦しそうな表情をしている。
盾か剣かのどちらかを間に入れて直撃こそ避ける事は出来ていたが、威力が減衰しているとはいえ、【ダンレムの糸】の一撃を受けてしまったんだし無理もないか。
一応、あの直前に【祈り】をかけておいたからいずれ回復するだろうけれど、今はあまり無理は出来ないだろう。
……【祈り】を使った直後のことだったし、間一髪だったな。
彼女はチラッとリーダーを見ると、無理は出来ないと判断したんだろう。
すぐに頷いた。
そして、リーダーのもとに駆け寄ると、何か言いたげな彼女を無視して肩に担ぎあげて、こちらへ向いた。
「セリアーナ様はどうされるのですか?」
「私はセラと共に外に出るわ。セラ」
セリアーナは【小玉】を解除すると、俺のすぐ側に転がしている【浮き玉】に手を触れて、次いで俺を抱え上げた。
そして、【浮き玉】を浮き上がらせると、そのままセリアーナが【浮き玉】に乗ってしまった。
「お? ……ぉぅ。ねぇ、セリア様。どうするの?」
流れるように【浮き玉】を奪われてしまったことに少々戸惑いつつも、外に出てどうするのかを訊ねることにした。
足が痛いし、出来ればゆっくり治療をしたいところだが、この流れだとまず無理だよな……。
「まずはここを離れるわよ」
セリアーナはそう言って、スッと窓の前まで移動した。
そして、窓を開けるとそのまま外へと飛び立った。
◇
外に出たセリアーナは、【浮き玉】で屋根の上まで上昇すると、その位置で上昇を停止して、港を見渡すようにゆっくりとその場で回転を始めた。
この建物を襲った先程の一撃は外からの一撃だったようで、恐らく撃ったらしき場所から、放たれた矢で地面がえぐれていた。
加えて、港全体がざわついている。
まだリーゼルたちの姿は見えないが、この分なら港だけじゃなくて街の方にもすぐに騒ぎが伝わるだろう。
このままココで待機するのかな……と考えていると、セリアーナは一回転をしたところでスッと腕を伸ばして指を差した。
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セリアーナが指した場所は、【ダンレムの糸】で出来た轍の根元ではなくて、そこから少し離れた建物だった。
そこは俺たちの足元に建っている待機所の丁度真横に位置していて、一見倉庫っぽい建物に見える。
てっきり船がどうこう言っていたし、そっちに逃げているのかと思ったんだが……。
「空いた穴から魔法でも撃ち込んで来るのかと思ったけれど、今のところその素振りは無さそうね」
「あぁ……だから急いで部屋から離れたんだね……」
矢は当然だけれど、一直線に飛んでくるもんだ。
んで、あの部屋は撃ち込まれた矢によって、外まで射線が通っていたから、セリアーナが言ったようにその気になれば魔法なんかが飛んで来てもおかしくはなかったんだ。
でも、それはしなかったよな?
俺たちを一発で仕留められるような威力の魔法が無かったとしても、例えば火系統の魔法だったら火や煙攻めで足止めが出来るのに、連中はすぐにその場を離れたようだ。
まぁ……俺の場合は火も煙も風で防げるから、どの道意味は無いんだが……コイツ等はその事を知らないだろうし、最初から追撃を仕掛けるつもりは無かったんだろうな。
「お前、足はどうなの?」
連中の狙いは何なんだろう……と考えていると、セリアーナが足の具合を訊ねてきた。
足か……。
「痛いよ。【浮き玉】だとあんまり揺れないから、そこまで響かないけど……ちょっと動かすだけでも痛いんだよね」
一応【祈り】で回復力は向上しているが、このレベルの怪我だと加護だけじゃ無理だろう。
落ち着いて確認する暇が無かったが、恐らく脛あたりがポッキリ折れているはずだ。
治療をするなら、回復魔法か上位のポーションと【祈り】を併用する必要がある。
ポーションの類は【隠れ家】には大量に保管しているが、流石にこの状況で取りに行くわけにはいかないし……我慢するしかないよな。
セリアーナは「そう」と呟くと、俯いて何やら考え始めた。
と言っても、数十秒ほどのこと。
セリアーナは顔を上げると、俺の顔を見て口を開いた。
「セラ、恐らく連中が移動をしたのは、次の矢を射るためよ。第一射は斜めに抜いて来たけれど、次は横から来るはずよ。一射目で私たちの居場所はわかったでしょうね」
「なるほど……丁度真横だもんね」
【ダンレムの糸】は連射が出来ないし、どうしても2発目までの間が問題になる恩恵品だ。
その間の穴埋めを、魔法や魔道具を使うんじゃなくて、単純に場所を変えるって方法を採ったんだろう。
一射目は建物を斜めに分断して俺たちの出方を窺って、二発目でしっかりと潰してくる……か。
【ダンレムの糸】を使った敵の拠点への襲撃方法としては、クールタイムの使い方も含めて、手慣れているな。
「一発目は幸い死者は出なかったけれど、二射目はどうなるかわからないわ。だから、その前にあの賊共は私たちが対処したいの。ただ……」
セリアーナは再度言葉を止めると、俺をジッと見た。
言わんとすることはよくわかる。
ついでに、何となく言いづらくしていることもだ。
「うん、大丈夫。俺も付き合うよ」
これが普段だったら、何も言わずに俺を連れて行ったのだろうが、今回は俺が結構派手な負傷をしていることから、迷いが出ているんだろう。
「無理なようなら、いくつか恩恵品を借りるけれど、お前は来なくてもいいのよ?」
「大丈夫大丈夫。流石に【緋蜂の針】を使うのは難しいけれど、どの道賊相手にですら滅多に使わないしね。両手と腕と尻尾があるし、これだけで十分やり合えるよ」
相手の腕がどれくらいかはわからないが、数は少ないし、【緋蜂の針】を使うようなことにはならないだろう。
「結構。もし賊が逃げることが出来たとしたら、未だに動かない船のもとに行くはずよ。逃がすつもりはないけれど、このことは頭に入れておきなさい」
なるほど……外にある小船は、連中の襲撃の支援ではなくて、いざという時の脱出用なのかもしれないな。
「ほいほい」
「それと、【琥珀の剣】は私が使うから、寄こしなさい」
先の戦闘でちょろっと使って、何となくコツを掴んだ気もするんだが……。
「ぉぅ……りょーかい」
少々どもりつつも、俺はセリアーナの言葉に答えながら、左手の指輪を外して手渡した。
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