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「セリアーナ様、一度セラ様と共にこの館から退避されるのはどうでしょうか? 入口のドアを利用するのは危険かもしれませんが、そこの窓からなら恐らく安全に脱出出来るはずです。廊下の男もセラ様は想定していたようですが、セリアーナ様に関しては何も触れていませんでした。恐らく、その情報は持っていなかったのでしょう」


「ほぅ……」


 俺は、リーダーの言葉に小さく相槌を打った。


 あの人質犯が俺を【浮き玉】から降ろしたのは、俺の機動力や戦闘力を削ぐためで、目的を邪魔されたり逃げられるのを防ぎたかったんだろうな。


 ただ、セリアーナも【小玉】がある。

 実際は【小玉】の性能は大分本体に比べると落ちているんだが、知らない相手から見たらそんなのわからないし、俺だけじゃなくてセリアーナにも降りるよう言うはずなんだ。


 単にウチの最新情報を知らなかったってだけなんだろうが、その古い情報を前提に計画を立てているのならだ。

 そこの窓から脱出するってのは考えているかもしれないが、空を飛んで離脱するってのは想定していないと思う。


 ここにいても大丈夫そうな感じはするが、それでも万全を期して一旦離脱するっていう、リーダーの意見は正しい……と思うんだが。


「それはする訳にはいかないわね」


 セリアーナは、キッパリとリーダーの意見に反対した。


「そりゃそうだよね……」


 そもそもセリアーナが逃げたり隠れたりして構わないんなら、最初から襲撃とかも防げていたんだよな……。

 でも、立場的にそれを選択出来ないからこうなっているわけだ。

 特に今はああいうことがあった直後だし、他国や他領の者が多いこの場で逃げたと思われる行動は避けるべきだろう。


「わかりました。ですが、万が一の際には窓からの避難を考えてください」


 リーダーはそう言うと、ドアの前から離れて窓がある方へと向かって歩き始めた。

 いざって時には、彼女が窓を破るつもりなんだろう。

 んで、この移動は窓の外の様子を探るためか。


 切り替えの早いねーさんだ。


 リーダーを見ながらそんなことを考えていたのだが……。


「アカメ? どうしたの?」


 リーダーの方を見ていた俺を他所に、アカメだけではなく他の2体もいつの間にか袖から頭を出して、入口の方を向いている。

 別に俺が指示を出したわけでも無いのに勝手に動いているが……何か緊急事態か?


「海上らしき場所に何人か纏まっているけれど……小船かしら? 別に船に乗ること自体は……いえ、妙ね」


「あちらの方角ですか? それならまだ大型の貨物船が停泊していますし、漁師が海に出る際には利用しないはずです」


 リーダーは窓を開けると、そこから頭を覗かせて周囲を窺って、外の様子を確かめた。

 そして、まだ何も起きていないことを確認したんだろう。

 俺たちに、そちらに来るようにと言ってきた。


 セリアーナが何かがいると言ったのは、俺たちの船が組み込まれていた船団が停まっている辺りだ。

 リーダーが言うように、漁師が漁に船を出すには大分危ないだろう。


 ここの港は王都圏の港よりも土地がある分広く造られているし、漁に出るなら別の場所からでも何の不都合も無いし、セリアーナやリーダーが言っているように、少々怪しいかな?


 とりあえず確認だ。

 もしそいつらがセリアーナや俺に敵意を持っている者だったとしたら、その行動の意味を考えるよりも、一先ず窓から出て屋根にでも退避しておいた方がいいだろう。


 セリアーナの意見はその際はとりあえず無視だ。

 それくらいは別にいいよな?


「セリア様、その船に乗っているのは敵なの?」


「いえ……少なくとも敵意を持っているようには見えないわね。ただ、それは廊下の連中もそうだったし、断言する訳にはいかないけれど……」


「ふぬ……微妙なラインか」


 どうにも判断しかねる状況だな。

 相手の一手目を待つべきだろうか?


 とりあえず、どうとでも対応出来るように、セリアーナの盾になれそうな位置にでも……。


「ぬぬ?」


 俺がセリアーナの側に移動しようと【浮き玉】を動かし始めたところ、アカメたちが一斉に入口の方へと体を伸ばし始めた。


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 アカメたちの行動に「はて……?」と思いつつも、とりあえず窓の側にいるリーダーとセリアーナのもとに行こうとしたんだが。


「セラ?」


 何となく気になって、移動しつつ俺もアカメたちが見ている先を見ていたのだが、セリアーナはそれが気になったようだ。


「……うん? あぁ、なんかアカメたちが向こうを気にしてるんだよね。でも、オレも見てるけど……何も無いし」


 ヘビたちの目に加えて【妖精の瞳】も合わせているが、それでも何も変わった様子は無い。

 少なくとも、ここまで届くような魔法を仕掛けてくるのなら、いくら建物の壁が間に入っていようとも、魔力の動きが見えるはずなんだよな。


 セリアーナは、「そう」と小さく呟くと窓へと視線を向けた。

 何とも言い難い表情を浮かべているが……窓から離脱する可能性を考えているのかもしれないな。

 ……立場とか身分とか色々あるけれど、何よりセリアーナの性格的にも、ただただ逃げるだけってのは性に合わないんだろう。


「お前の風と盾がある以上は、危険は無いとは思うのだけれど……」


 さて、葛藤中のセリアーナは置いておいて。


「……お2人とも、念のためこちらへ」


 リーダーは奥の壁を指すと、代わりに自分は前に出てきた。

 俺たちの盾になるつもりなんだろうな。


「……! よいしょ」


 すれ違い際にふと思い出し【祈り】を発動した。


 自分にはかけていたんだが、彼女や廊下で警備中のもう1人は範囲に含まれていなかったし、俺たちが移動するのが念のためなら、【祈り】を発動するのだってそうだ。

 まぁ……出番はないかもしれないけどな!


「!? ありがとうございま……」


 俺の【祈り】に気付いたリーダーは、礼を口にしたんだが……全部言い切る前に俺がそれを遮った。


「逃げて!」


 俺は一言だけリーダーに指示を出すと、後ろで浮いているセリアーナに抱き着いて、一気に天井へと押し上げた。

 だが、それでも間に合わず……廊下側の壁が弾け飛んだかと思うと、光の塊が飛び込んで来た。


 ◇


「っ!?」


 部屋に飛び込んで来た光の塊は、一直線に突き進みリーダーを弾き飛ばしたが、それでも消えることはなかった。

 そして、その射線上にいる俺たち目掛けて突き進んでいる。


 このままなら、俺とセリアーナどちらも危ういが……光の塊は速いことは速いが反応出来ないほどじゃない。


「……はぁっ!!」


 気合いと共に【緋蜂の針】を発動して、光の塊目がけて右足を振り抜いた。


「ぐっ…………ぐぅ!!」


 光の塊は俺の右足の甲で捉えることが出来たが、その威力は中々……。

 バチバチ音を立てながら拮抗している。

 このレベルの物は久しぶりだな。


 だからと言って、感心してはいられない。

 なんとか外に!


「ぬっ……ぐっ……ぅぁああああっ!!」


 少しずつ【浮き玉】の位置をずらして、思い切り右足を振り抜いた。

 幸い、この光の塊自体は推進力は持っておらず、徐々に勢いが落ちて行き、さらに、右足とぶつかり合ったことで、大分威力を削ることが出来ていたようだ。

 右足を中心に体中に痛みが広がりつつも、叫びながら右足を振り抜いて、光の塊を外に蹴りだすことに成功した。


 威力が落ちたとはいえ、壁を豪快にぶち抜いて空へと消えていった。


「……はぁっはぁっ」


 ほんの一瞬でのこととはいえ、ソレとぶつかっていた俺の消耗は激しく、疲労と足の痛みでついつい床へと下りてへたり込んでしまった。

 その俺の肩に、上から降りてきたセリアーナが手を置いた。


「セラ、今のは……?」


「【ダンレムの糸】じゃない? 威力も弱まり方も同じ感じだったしね……」


「……やはりそうよね?」


【妖精の瞳】やヘビたちの目でも捉えることが出来ず、頑丈な壁を一直線に何枚もぶち抜いて、なおかつその状態で【緋蜂の針】と互角のぶつかり合いを見せる光球を発射できる代物なんて、【ダンレムの糸】くらいじゃないか?


 咄嗟のことではあるが、よく反応出来たな……俺。


 2人よりも早く気づき、指示を出し、そして蹴り飛ばすことに成功した。

 我ながら、大活躍だ。


 そう感心しながら自分の右足を見たんだが……今の活躍の代償は中々ひどいことになっていた。

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