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 広い廊下だ。

 最大サイズは無理でも、ある程度伸ばした状態の尻尾を振り回すことは可能で、しっかりと遠心力を乗せた一撃をお見舞い出来るだろう。


 ってことで!


「……せーのっ! たぁっ!!」


 掛け声とともに、【浮き玉】を回転させながら思い切り尻尾を振り抜いた。

 ちょっと壁の一部と接触してしまった気もするが……それは諦めてもらおう。


 壁を尻尾が擦った際に、一瞬だけ迷ったような素振りを見せていたが、俺自身は男たちの正面にまだ浮いているから、男たちは前に注意を払っていた。


 だが……尻尾は彼等を巻くように後ろから襲ってくる。

 頭部に丁度当たりそうな軌道で……。


「ぐぉっ!?」


 後頭部に尻尾が直撃した男が、声を上げながら前に倒れこんだ。

 そして残った2人がこちらを見る前に、気付かれないように即座に尻尾を解除して、倒れた男を見下ろした。


 この男もちゃんと前方はガードしていたんだが、流石に後頭部は無理だったな。

 加えて、体は鎧を身に着けているが、兜は着けていないし……これはもう動けないはずだ。


 他の2人は彼同様に顔の前に腕をやって視界を塞いでいたから、何が起きたのかは見えていなかっただろうが、それでも呻き声と倒れたことはわかったんだろう。

 足を止めて、視線だけを横に向けたんだが。


「なっ!? なにが……っ」


 端の男が何でか倒れていることに驚いて、隣を走っていた真ん中の男は、俺から視線を完全に外してしまった。

 隙ありだ!


「おいっ! セラから目を離すな!」


 慌ててもう1人がそう怒鳴りつけるが、もう遅いぞ!


「くそっ……馬鹿がっ!」


 真ん中の男に突っ込む俺に、牽制のために剣で突きを放って来る端の男。

 別にその程度の突きじゃ、俺の【風の衣】を破る事は出来ないし、無視してこのまま真ん中の男を倒してもいいんだが……こっちだ!


「よいしょっ!」


 俺はその突き出された剣の刃を、発動した【猿の腕】で掴んだ。


「なぁっ!?!!?」


 端の男は、まさか剣の刃を掴まれるとは思っていなかったのか……あるいは、腕が生えるとは思っていなかったか?

 慌てて振りほどこうとしているが、【祈り】付きの【猿の腕】は結構力があるからな。

 そう簡単には振りほどけないぞ。


「ほっ!」


 剣を掴んだヵ所を支点に一気に距離を詰めると、【琥珀の剣】を発動して思い切り男の腕に叩きつけた。


【琥珀の剣】の破片の威力は、痛いことは痛いそうだが実は大したことはないらしい。

 所詮は護身用の武器だし、鎧や厚手のジャケットでも着こんでいたら防がれてしまう程度だ。


 だが、人質犯の男もそうだが、この男たちも鎧を身に着けてはいるが、街中用に動きやすさを優先しているのか、いくつかのパーツを外している。


「行けっ!」


 俺は鎧の空いた部位に視線を送ると、そこ目掛けて破片を飛ばした。


「ちぃぃっ!!」


「お? 堪えた?」


 破片を食らい、痛そうな素振りは見せるがなんとか堪える男。

 剣も落としていないあたり、中々覚悟が決まっているじゃないか。

 向こうでやった男は、破片を食らう前に【足環】で腕を握り潰されていたし、堪える余裕なんて無かったのかもしれないな。

 後は、【琥珀の剣】が来ることを知っていたかどうか……とかもかな?


 まぁ……これで倒せるとは思っていないし、そのつもりもない。


「ふっ!」


 小さく息を吐くと再び【琥珀の剣】を発動した。


「っ!? こい!」


 男は気合いを入れるように大きな声を上げると、こちらに向けて剣を構えた。

 さらに、大きく振り被っている。


 それだけ見ると、いかにもやる気になっているよう思えるんだが……残念ながら考えていることはわかっている。

 俺は横から突き出されてきた剣を、余裕をもって回避した。


 正面の男が大袈裟に声を上げていたのは、横からの不意打ちを隠すためだったんだろうな。

 俺の目は前にしか着いていないが、ちゃんとヘビたちに死角のカバーを任せているんだ。

 不意打ちはそう簡単には決まらないぞ?


「……っ!? くっ!」


「お? 上手く防いだね。でも……」


 俺は言葉を中断すると、剣を持つ男の腕目掛けて右足を叩きこんだ。


 頭部や腹部ならどうなるかわからないけれど……腕ならそこまでグロいことにはならないよな?


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「がはっ……!?」


 男は俺の蹴りを剣で受けとめはしたものの、呻き声と共にそのまま吹き飛んでいき、床に落下するとゴロゴロと転がっていった。

 そして、その勢いのまま扉のすぐ側の壁に体をぶつけると、うつ伏せになったまま動かなくなった。


 男がぶつかった衝撃で、壁にかかっていた絵が落ちるくらいの勢いではあったが……。


「ソイツ、逃げ出さないようにしっかり捕まえといて!」


 俺はすぐにドアの前にいた兵に指示を出す。


 いくら【緋蜂の針】の一撃でも、直撃じゃなかったからな。

 壁に体をぶつけた衝撃で、一時的に気を失ったりはしているかもしれないが、いつ起き上がって来るかわかったもんじゃない。

 しっかりと、捕まえておいてもらわないとな。


「わっ……わかりました!」


 兵の1人が返事をすると、慌ててぐったりした男のもとへと走っていき、拘束を始めた。

 背中に膝を当てながら、ぐったりしている男を腰に下げていたロープでグルグル巻きにしている。

 これなら、意識を取り戻したとしても動く事は出来ないだろう。


 床に倒れたままのもう1人も、これを機にロープで拘束されている。

 残りは、もうコイツだけだな。


「……よしよし。後はアンタだけだね」


 先程までは両側に仲間がいた真ん中の男も、あっという間に一人きりだ。

 ようやく表情に焦りが出てきたな。


 初めは、さっさと俺を振り切って、外に出てしまえばいいとでも考えていたんだろう。

 だから「さっさと片付ける」なんて威勢のいいことを言っていたのに、何だかよくわからないままあっという間に2人もやられてしまっているからな。


「悪いけど、もうさっきみたいに大人しく捕まれとは言わないよ。倒した方が早いだろうしね」


 俺はグルっと男の周りを移動して、ドアを背にしながらそう言った。


 これでもう、俺を突破しないとドアを開ける事は出来ないぞ……?


「ちっ……そう簡単に行くと思うなよ!!」


 男は吐き捨てるようにそう言ってきたが、2人を倒された時よりもずっと苦々しい表情をしている。


 廊下には、両隣の部屋に繋がるドアがあるし、ただ単に逃げるだけなら、そっちを経由して窓から脱出するって手も選べたはずだ。

 もちろん逃がすつもりはないが、3人ともそんな素振りは一切見せていなかったし、どうやら俺の後ろにある、入り口用のドアにこだわりがあるようだ。


 だが、そこの外側には、ちゃんとウチの兵を始め護衛たちがいるわけだし、少なくとも外で騒ぎは起きていない様子……。

 そこにこだわる理由がわからないな。


「まぁ……いいか」


 今わからないことを考えても仕方がないし、俺は【琥珀の剣】を両手で持つと、男に向かってゆっくり近付いて行った。


「くそっ!?」


 男は一瞬だけチラッと後ろを見ると、すぐにこちらへ向き直り斬りかかってきた。


 それをヒョイっと下がって躱す。

 男も躱されることを予測していたのかすぐに体勢を立て直したが、一歩だけ俺の横に抜けるような動きを見せていた。

【猿の腕】や【蛇の尾】が頭にあったから、すぐに思いとどまったようだが……目的は後ろのドアかな。


 俺は考えるのが面倒だからさっさと片付けたいだけだが、コイツの場合は奥の兵たちがいつ手を出してくるかわからないから、俺のペースで進展することを焦ってるのかもな。


 別に時間をかけてもいいんだが……あの人質犯が時間を稼ぐような素振りを見せていたし、それは止めた方がいいよな?

 さっさと片付けてしまうか!


「ほっ!」


 軽い声と共に、俺は【琥珀の剣】を振り下ろした。


 我ながら何の迫力も感じられない一撃だったが、男は大袈裟なくらい大きく後ろに跳び退った。


 これがもし普通の剣だったのなら、切り払ってから空いた胴体にカウンターで斬りつけたりするんだろうが、【琥珀の剣】は簡単に刃が砕けるし、その破片自体が攻撃手段でもあるから、これで斬りつけられたら躱すしかないんだろう。


 魔物との戦闘ではあんまり使えない、護身用の恩恵品だと思っていたが、その気になれば対人戦なら結構使い勝手いいのかもしれないな。


 それじゃー、この勢いでブンブン振り回しますかね!

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