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 とりあえず廊下に出ようと決めたセリアーナは、リーダーを呼びよせて彼女を先頭に立たせた。

 盾のような扱いなのは少々申し訳ないが、彼女の役割を考えたら仕方がないのかな?


 先頭は危険なポジションかも知れないが、彼女自身は納得しているようで、当然の顔でこちらを振り向くと、簡単な指示を始めた。


「それではお二人とも、ドアを開けますが……最後に確認です。セラ様は、セリアーナ様と一緒に私の後ろにいてください」


「ほいほい」


「そして……」


 部屋の中でこちらを不安そうに見ている女性を意識してか、こちらに顔を近づけながら小声になった。


「人質を取ったうえでの呼び出しですし、何かの要求があるはずですから、すぐに仕掛けてくるようなことはないと思いますが……もし危険だと判断した場合は私が指示を出しますので、即座に離脱してください。もちろん、状況次第では指示を待たなくても構いません」


「わかったわ。セラもいいわね?」


「うん。大丈夫……」


 俺とセリアーナが今の話を理解したことを確認すると、さらに続ける。


 ちなみに、この間にもう一度外からセリアーナの名を呼ぶ声がしているが……無視している。

 だんだん言葉に乱れが出てきているが、声の様子に焦れた様子は感じなかったし、意外とまだまだ余裕があるのかな?


「まずは私が先に廊下に出てから、合図をしたらお二人も出て来てください。私が前に立って犯人の相手をします。人質が何者かわかりませんし様子見からです。それと、相手に余計な刺激は与えたくありませんから、セラ様の加護は不要です。あくまでお二人は守りを固めるだけに止めてください」


 この犯人が俺の加護とかを知っているのかどうかはわからないが、それでも【祈り】はキラキラ光っているし、「何かやってる!」と思われるかもしれない。


 これにも「了解」と頷いてみせた。

 そして、リーダーは俺たちに頷くと、ドアに手をかけた。


「それでは、行きます」


 バンっ! と、リーダーは勢いよく両開きのドアの片方を外に開けた。


 まだ俺とセリアーナは部屋の中にいるが、リーダーの肩越しに見た廊下は、俺たちが部屋まで通された時からほとんど何も変わっていなかった。

 まぁ、ここからだと廊下全体が見えるわけじゃないし、まだそう決めつけるわけにはいかないんだろうが……。


「コレどうなってんの?」


「本当ね……」


 小声で呟くと、それを聞いたセリアーナも同意してきた。


 部屋の中から何となく把握出来ていたものの、いざ廊下の様子を直に見るとこれがなかなかどうして。

 元々犯人の声こそ響いていたが、戦うような音だったり、何かが壊れるような音だったり……そんなものは聞こえてこなかった。

 だから、そこまで酷いことにはなっていないだろうとは、予測していたんだ。


 ただ、それでも多少は暴れた跡くらいはあるかもしれないと考えていたんだが……精々絨毯が乱れているくらいだろうか。


「む」


 こっそりと廊下の様子を窺っていると、進み出ていたリーダーが後ろに回した手をチョイチョイと動かした。

 出て来いって合図だ。


 後ろのセリアーナの目を見て互いに頷くと、俺たちは廊下へと進み出た。


 ◇


「あんたがセリアーナ殿か! 前にいるのは、セラだな!」


 廊下に出た俺たちを見るや否や、犯人の男がすぐにデカい声でそう言ってきた。

 そちらに顔を向けると、やはり部屋から見えていた通りで、男が貴族風の女性に短剣を突き付けながら羽交い絞めにしている。

 その2人から数メートルほど距離を置いて、刺激をしないようになのか、納刀したままの兵たちが包囲していた。


 この様子だと、迂闊に力尽くで取り抑えるのも無理だろうし、とにかく取り逃がさないように包囲だけしているってところか。


 しかしいざ犯人を見てみると、それなりに鍛えられた男ではあるがそこまでって感じはしないし……何となく冒険者っぽさも感じない。

 確証はないけれど、服のチョイスだったり髪型だったり……要は雰囲気だ。

 もちろん正規兵ってわけでもないし……それなら傭兵かな?


 やっぱり西部の人間か……困ったもんだ。


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「セリアーナ様に何の用だ!」


 まずはリーダーが男に向けて声を上げるが……男の視線はリーダーと俺を通り過ぎて、一番後ろにいるセリアーナに向いたままだ。

 リーダーの言葉に何かリアクションを取るでもなく、ただセリアーナを見ている。


「知り合い……じゃないよね?」


 念のため、セリアーナに小声でこの犯人の男が知り合いかどうかを訊ねるが……。


「ええ」


「だよね」


 聞くまでも無いか。


 これまでの賊と同様に、俺とセリアーナの情報は持っているが、顔までは知らない程度の情報しか持っていないようだ。

 直接セリアーナに恨みがあるわけじゃなくて、雇われだな。


「もう一度聞く! セリアーナ様に何の用だ!」


 俺たちの声が聞こえたのか、リーダーがもう一度大きな声で男に向けて言い放った。

 周囲の兵同様で、彼女も剣を腰に下げてはいるが抜いてはいない。


 もう1人の、最初から廊下にいた護衛がリーダーの隣に移動して、何かを耳打ちしている。

 今までのあの男の挙動でも説明してるのかな?


 なんというか……目の前でそんな不審な真似をされているのに、男は相変わらずセリアーナを睨んだまま、何も動こうとしていない。

 さて……これはどーしたもんか……と、とりあえず男とセリアーナの間に入りながら考え込んでいると。


「……セラ。振り向かずに聞きなさい」


 後ろから小声でこそっとセリアーナが話しかけてきた。


「適当に私が探りを入れるから、お前は周囲の反応を見ておきなさい。私は相手をしながらだと加護の精度も範囲も大したことないから、必要ならお前の判断で動いても構わないわ」


 この犯人の男も人質の女性も、何者かだとか俺たちは何もわからないからな。


 もしこれが他の場だったなら、どこの者とも知れない男の呼びかけなんか無視するだろうに……とりあえず、セリアーナ自身で探ってみるつもりらしい。


 セリアーナもこの状況をどうにかしたいんだろう。

 俺は返事の代わりに、片手を後ろに回して親指を立てて了解と伝えた。


 そのジェスチャーはしっかりと伝わったようで、セリアーナは前に立つリーダーたちに「前を空けなさい」と言うと、いつになく余所行きの口調でセリアーナが語り掛けた。


「私がセリアーナですが、貴方は一体どこのどなたですの?」


 そのセリアーナに俺もちょっと驚いたが、犯人の男もまさかまともに返されるとは思っていなかったのか、「むっ!?」と言って驚いている。


 この口調……セリアーナも本気だな。

 外向きのセリアーナは、平民相手でも意外とこんなもんなんだが、他の貴族はどうかはわからないし、ましてやこんな緊迫した場でそう出るとは……冷静だな。


 それじゃー……俺も相手の反応を見逃さないように気合いを入れようかね……。


 ◇


 さて。

 セリアーナが男に語り掛けてから数分ほどが経った。


 ……なにも進展がない。


 セリアーナが名乗り出て、逆にお前は誰なんだと訊ねてもはぐらかしたりと、会話は成立しているが随分大人しいんだよ。

 むしろ、応じるセリアーナの声の方がよく通る分大きく感じるくらいだ。


 もちろん、人質を掴む手を緩めたり、短剣を手放したりはしていないんだが、部屋の中にいたセリアーナを呼んでいた時のあの威勢の良さはどこへやら……だ。


「セラ様」


 ゆっくり下がってきていたリーダーが、小声で俺の名を呼んだ。

 口を大きく開いていないのか、声がこもっていて少々聞き取りにくいが……まぁ、なんとかなるか。


「どしたの」


「どうされますか」


 男に怪しまれないように短い単語だけでの会話だが、言いたいことは伝わる。

 しかし、どう答えたもんか。


 もし、男が何かを待っていて、この膠着した状況を維持するために時間稼ぎをしているんだとしたら、直にリーゼルたちがやって来る俺たちの方が恩恵は大きいだろうが……。


「今は待とう」


「はっ」


 焦って動いても上手くいくかわからないし、とりあえず、周りの者たちも含めて観察を続けよう。

 そして、何かあれば一気に片付ける。

 ……それでいいはずだ。


 ってことで、俺は話を終わらせると、包囲する兵たちも含めて、周囲の者たちの動きに目を光らせた。

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