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「なにごとっ!?」


 俺はセリアーナの前に回り込むと、ドアの前に控えているリーダーに向けて強い口調でそう言った。


「わかりません……外でも戦闘が起きている気配も予兆も無かったのですが……」


 彼女は今の今まで、気を抜いていたわけじゃないが、少なくとも警戒しているような素振りは見せなかった。

 そして、後ろからではあるが、セリアーナにもそのような様子は見えなかった。


 セリアーナもリーダーも困惑顔で、さらに加えて部屋に挨拶に訪れていた女性に至っては、顔を青ざめさせてオロオロしている。

 これは皆想定外の出来事だよな……?


「……どうする?」


「そうね……とりあえず」


 セリアーナは、挨拶に来た女性に顔を向けた。


 彼女は大陸西部の商人の一行で、その一行の責任者と一緒に挨拶にやって来た。

 今回のセリアーナのように、貴族の女性が相手の場合に駆り出される社交要員だと思う。


 ただでさえ安定している大陸西部の人間で、主な仕事はお偉いさんとの社交だ。

 荒事には慣れていないんだろう。

 先程までは青ざめてオロオロしていたが、今では床にへたり込んでしまっている。

 気の毒に……。


 ともあれ、セリアーナはそのへたり込んでいる女性に向かって、心当たりはないかと声をかけた。

 いつになく穏やかで、パニックになっている女性を落ち着かせるような声だが……あまり効果は無さそうだな。


 むしろ、セリアーナに声をかけられたことで、自分がセリアーナの目の前で取り乱してしまったことに気付いて、さらにパニックへと……悪循環だ。

 どうしようかとセリアーナに訊ねたのは俺だけれど、これはちょっと間違いだったかもな。


「ねぇ、外の様子はなにか変わった?」


「……いえ。部屋の前に多少人が増えてはいますが、争いが起きる気配もありません。一体何が起きて……?」


 状況はよくわからないままか。

 それなら!


「ふぬ……セリア様。ちょっと集中するね」


 俺はセリアーナに断りを入れると、ヘビたちとともに、部屋の壁越しに廊下を探ることにした。


 ◇


 ってことで、廊下の様子を探った。

 探ったんだが……。


「……ふぬぬ?」


「どうだったの?」


 首を傾げていると、後ろからセリアーナが声をかけてきたが、何と答えたものやら。


 先程までは、挨拶の邪魔にならないように俺が後ろにいたんだが、今はセリアーナの手によって彼女の前に回されている。

 要は盾だな!

 そして、パニックになっていた女性は、部屋の奥の壁際にリーダーに連れて行かれている。


 お陰で、余計なことに気を取られずに集中出来たんだが……。


「セラ?」


 俺が返事をしなかったため、もう一度セリアーナが声をかけてきた。

 どう答えていいか未だに纏まらないが……二度も無視するのもなんだし、見たままを伝えるか。


「うん……なんかさ、廊下の真ん中あたりで誰かが誰かを羽交い絞めにしてるんだよね。そのしてる側の人は結構強そうだから、ここの兵か誰かが連れてきた護衛だと思うんだけど……」


 少なくとも、コレが起きる直前まで騒ぎなんて無かったし、廊下にずっといた者だと思う。

 外から入り込んで来たわけじゃないよな?


 振り返りセリアーナの顔を見た。


 挨拶に来ている彼女がいるから、恩恵品や加護に関しては色々隠しているが、そこら辺はいつものことだ。

 しっかり伝わっているようで、俺の言葉に小さく頷いている。


 やはり元からこの建物内にいた者が起こした騒動か。


 ……それにしては、ここに俺たちが来てから30分以上経ってのことだし、何かをやるには今更な感じだよな?


 廊下で起きている騒動は、俺たちが目当てじゃないってのはあるのかな?

 それならセリアーナがいざ騒動が起きるまでなにも気付けなかったことも理解出来るんだが……ちょっとそれはタイミングが良すぎる気がするし……。


 だが、こんな一番奥の部屋の前で、他の者相手に騒動を起こすのかって気もするよな。


 わからん!


 俺個人としては、このまま部屋で引きこもって解決を待つってのが一番だと思うが、何といってもこの部屋の前で起きているもんな。


「……どうしよう?」


 俺は改めてセリアーナにどうするか……と訊ねた。


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「私が利用している部屋の前で起きた以上は、騒ぎを無視する事は出来ないのは確かだけれど……」


 俺の「どうする?」という問いに、返答が詰まってしまうセリアーナ。


 そうなんだよなー……なんていうか、どうにも動き辛い状況なんだよ。


 あからさまに俺たちに仕掛けて来ているんならともかく、ただ部屋の外で騒いでいるだけっぽいし……ここは他所の領地でそこの領主が管理する建物内だ。

 加えて、ちゃんと中に警備の兵がいる。


 あまり勝手に俺たちが動いていいものやら。


 せめてリーゼルやオーギュストが一緒なら、彼等の権限で動くことも出来るだろうけれど、今ここにいるのは、セリアーナと護衛の冒険者。

 そして、リアーナの騎士団に所属しているものの、ゼルキスのミュラーさんちの俺。

 介入するにはちょっと関係性が弱いんだよな。

 だからこそ、セリアーナも迷っているんだろう。


 チラッと廊下の様子を再び探ってみると、精々周りの者の立ち位置が変わっているくらいで、大きな変化は無い。

 耳を澄ますと微かに声が聞こえてくるが、いつの間にか静まっている。


 ……なんだこれ?


「魔道具とかは持っていないし、特別強さも感じないね。どうする? オレが突っ込んで来る?」


 妙な動きをしているのは1人だけだし、周りには兵たちがいる。

 俺が突っ込んでも必ず倒せるかとは言えないが、少なくとも場をかき乱す事は出来るし、そうしたら周りの兵たちがどうにかしてくれるだろう。


「……いえ、ここは動かなくていいわ。外で片を付けるのを……っ!?」


「リセリア家のセリアーナ殿っ!!」


 セリアーナは「待ちましょう」と続けようとしたんだろうが……外からの唐突な男のデカい声に言葉を止めた。

 とりあえず、外で誰かを羽交い絞めにしている男は、リセリア家のセリアーナさんに用があるらしい。


 ……リセリア家のセリアーナさんか。


「セリア様じゃん!?」


 襲ってくるとかならともかく、こういう方法で来るとは思わなかったな!?


「……そのようね」


 俺も驚いたが、セリアーナも驚いたんだろう。

 口元を手で抑えて声を上げないようにしつつも、目を丸くしている。


「これってさ、人質を取ったのはセリア様に何かを要求するつもりだったからなのかな……?」


「そうかもしれないわね。私からは見えないけれど、まだ同じ状況なのよね?」


「うん。今も誰も動けないみたいだね。……誰が捕まってるんだろう?」


 捕らえられているのは、女性か小柄な男性か。

 どちらにせよ、力を感じないし大人しくされるがままになっている。


 加えて、それなりに身分がある者なんだろう。

 まぁ……ここに出入りしている時点でそれなりに身分があるのは確定しているようなもんだしな。


 セリアーナの部屋の前でこんな騒ぎを起こしても犯人が未だに無事なのは、人質にとばっちりで被害が出ることを、兵たちが恐れているのかもしれないな。


「他の者と一緒にこちらに歩いて来ていた者が捕らえられているわ。まず間違いなく、私への挨拶に来た者ね」


「なるほど……偉い人だね」


 とりあえず犯人の声は無視して、廊下の状況を小声で話し合う俺たち。

 パニックになったため奥に連れて行かれた女性も、いつの間にか落ち着いたようで、部屋は静かになっているし、俺たちの声が響かないようにコソコソと小声でだ。


 しかし。


「セリアーナ殿! 聞こえているのだろう!」


 またも響いて来た廊下からの声に、それが邪魔されてしまった。


「オレたちが何もしないから怒ったのかな?」


「かもしれないわね」


 そう言うと、セリアーナは顔を上げて【琥珀の盾】を発動し直した。

 これは……。


「行くの?」


「ええ。わざわざ応じてやる義理は無いのだけれど、こうまで名前を出されているし……無視するわけにもいかないでしょう? ここは介入する理由を用意してくれた……と考えましょう」


「ふぬ……」


「ちょっと? そちらはもう大丈夫なのかしら?」


 セリアーナは【小玉】に乗って浮き上がると、女性を宥めていたリーダーに声をかけた。

 リーダーはセリアーナと女性の顔を見ながら口を開く。


「はい。もう落ち着いております。部屋で一人で待つのも大丈夫でしょう。そうですよね?」


「えっ? はっ……はい。見苦しい姿をお見せしてしまって申し訳ありません……」


「結構。貴女はここで待っていなさい」


 頭を下げる女性にセリアーナはそう告げると、リーダーをこちらに呼び寄せた。

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