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 賊はどう動くのか……と話をしている最中、ふとセリアーナが顔を上げてドアを見た。


「どうされました?」


「お客さん?」


 俺とリーダーがほぼ同じタイミングでそう言うと、セリアーナはやや困惑顔のまま首を傾げている。

 こういう表情は……珍しいな。


「この部屋に誰かが近づいているのだけれど…………何の用なのかしら?」


「その言い方だと賊じゃなさそうだけれど……この部屋にね。ここの使用人とかじゃないんだよね?」


「ええ。ここからいくつか離れた部屋にいた者で、力はリアーナの住民以下ね。リアーナやゼルキスの貴族や商人でもなさそうだけれど……なんにせよ私が知っている者ではないわ。なんなのかしら?」


「ふぬ……」


 ここを利用しているくらいだし、その貴族か商人かのどっちかなんだろうが、セリアーナの知り合いではない。

 にもかかわらず、この部屋に近づいて来ているか。


「ぬぬぬ……?」と、2人で首を傾げていると、リーダーが「よろしいでしょうか?」と加わってきた。


「なに?」


「はい。セリアーナ様がこちらに到着したことは各部屋の利用者にも伝わっているはずです」


「そうだね」


 わざわざ誰が入って来たとかを伝えるようなことはないだろうが、護衛付きで大袈裟に移動して来たもんな。

 そもそも港に船団が到着した時点で、大分目立っていただろう。


「ですから、恐らくそのこちらに向かってきている者は、セリアーナ様にご挨拶を……とでも考えているのではないでしょうか? その……そもそも、ここは港を利用する者同士が交流を深めるための施設でもありますよね?」


「……そうなの?」


 リーダーの言葉を聞いて、セリアーナの顔を見ながらそう訊ねると。


「……その側面もあるわね」


 そう言えば……といった表情で、セリアーナが小声で呟いた。


 よくよく考えてみると、待機用の場所だからって、必ずしも部屋で大人しく待機していなければいけないわけないよな。

 色々な土地の同じような境遇、立場、身分の者たちが集っているんだし、リーダーが言うように交流を深めるいい機会だ。

 むしろ、こうやって挨拶に動くのは当然のこととも言えるだろう。


 俺がコクコクと頷いていると、セリアーナは大きく溜め息を吐いた。

 続いて、リーダーに向かって口を開く。


「……いいわ。部屋に来たら通して頂戴」


 何とも言えない力ない声だ。

 今の声だけじゃなくて、挨拶に訪れるっていうことに考えが至らないことも含めて、ちょっとセリアーナらしくないというかなんというか。

 色々お疲れなのかな?


「会うんだ?」


「ええ。敵意の有無と所持品の検査だけは行うけれど、この場で挨拶すら断るのは、こちらの印象が悪くなるわ」


「それもそっか……。オレはどうする? 後ろにいる?」


「隣でいいわ。私の代わりにコレを使っていなさい」


 セリアーナは【妖精の瞳】を外しながらそう言うと、俺に渡してきた。


「はいよ」


 未だに賊が動く気配は無いっぽいが……状況は少し動いたよな?

 人の出入りが起きたら、通路で他の部屋の警備をしている者たちの視線も集まるだろうし、ここの守りや不審者への警戒も上がるだろう。

 とりあえずは、このまま流れに任せるのは有りだ。


 俺は【妖精の瞳】を耳に着けると発動して、セリアーナの代わりに警戒を開始した。


 ◇


 初め部屋に挨拶に訪れたのは、この国の西部の領地に仕えている貴族で、商談のために奥さんも一緒にマーセナルにやって来ていたそうだ。


 その当人は部屋に入らずに、ドアの向こうから頭を下げているだけで、部屋の中でセリアーナに挨拶をしたのは奥さんの方だが、身分的にはウチには直接挨拶をするのは難しいらしいが……ここでならってことでチャレンジしてみたんだとか。


 ともあれ、しばらく東部に滞在するようで、時間があればリアーナにも足を運ぶらしいし、その際には改めて挨拶をしようとか、そんなことを話していた。


 そして、その最初の夫妻が下がっていくと、続けて別の夫妻が挨拶に訪れた。

 さらに、他にも何組かいるそうだが、皆女性を伴っているらしい。


 すぐに挨拶に来ずに時間が経ってから来たのは、様子見もあったんだろうが、一緒に挨拶をする女性の用意もあったんだろう。

 ウチは女性ばかりだし、そこら辺のマナーをちゃんと考えているようだ。


 いいことではあるが……なんか平和だな?


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 セリアーナへの挨拶が何組か続いたが、一先ず落ち着いた。

 だが、まだ同行する女性の準備が間に合っていないだけの者たちもいるようで、そちらも準備が出来次第挨拶にやって来るそうだ。

 あまり時間がかかるようならリーゼルの方の用事も済むだろうし、船の方の準備も整うだろうが……最後まで付き合うらしい。


 付き合いがいいなー……と思うんだが、これも公爵様を夫に持つ者の務めなんだとか。

 とは言え、セリアーナも襲撃が無いことで混乱気味の中での応対だっただけに、流石に疲れたようで、お茶を用意させて休憩をしている。


「大丈夫?」


「ええ、問題無いわ。まあ……考えてみたら私が1人で領地から出ることなんて滅多に無いことだし、この機会に挨拶だけでもしようとする者が現れるのも当然のことよね」


 俺の言葉に、セリアーナは苦笑しながら答えた。


「……さっきはちょっとダメそうだったけど、もう大丈夫そうだね」


「大分想定外のことだったし、私だってたまには思考が途切れることもあるわよ」


 多少の疲れはあるだろうけれど、この言葉の返し方だったり表情だったり……何だかんだでいつものセリアーナに戻っている。

 しかし……。


「たまにはってところはちょっと偉そうだけど……確かによくわかんないもんね。今って賊たちはどうなってんだろう?」


 挨拶自体は当たり障りのないテンプレートのようなものだし、慣れているセリアーナがこの状況で加護を解除するようなことはないだろう。

 ただ、それにもかかわらず、何にも動きを掴めていないっぽいんだよな。


 セリアーナに「どうなの?」と視線を向けると、つい先程の偉そうな様子とは打って変わって、困ったような表情を浮かべている。

 これは空振りっぽいな。


「少なくとも、先程から変わりはないわね。ただ、そういった者はこちらに近付こうとしていないわ。私が付き合う相手を選んでいることは知っているでしょうし、挨拶をしても無駄だとわかっているんでしょう」


「ふむぅ……近くに来れるから、何かやるならいい機会だとは思うんだけど……弱いからかな?」


「それもあるでしょうし、外で簡単にではあるけれど所持品の検査をしているでしょう? 何か隠し持っていたのならそこでバレるでしょう。他所の護衛は、私の仲間という訳ではないけれど、それでも賊を見逃すようなこともないわ。自身の技量に余程自信が無ければ、まず仕掛けてはこないでしょうね……。そもそも、敵意を抱いているだけで実際に手を出そうとする者もそうはいないでしょう」


 そう言うと、「ふう……」と大きく息を吐いた。

 そして何度か目を瞬かせると、ドアの脇に控えているリーダーへ視線を向けた。


「貴女は何か気付いて?」


 セリアーナの加護では特に異常は見つけられないし、他の人の意見を聞きたくなったんだろう。

 俺は論外にしても、リーダーは護衛の経験も多いだろうし、こういうシチュエーションに出くわしたことがあるかもしれないしな。


 期待して彼女を見るが、セリアーナの問いかけにリーダーは首を横に振っている。


「いえ、特段変わったことはありません。それなりに使える者が部屋の前に立つこともありましたが、それは挨拶に訪れた者の護衛でしょうし……。あくまで中から気配を探る程度なので、確実にとまでは言えませんが」


 そこで、一旦話を止めてドアの方を向くと、そちらを指さした。


「外の者を呼びますか? 彼女なら通路の様子も直接見ていますし、何か気付いたことがあるかもしれませんが……」


「いえ、そこを動かすことはないわ。このまま同じく警戒を続けてもらいましょう」


「わかりました」


 とりあえずこのままで継続なのか。

 何も起きないことは良いんだが……どうにもすっきりしないな。


 セリアーナに気付かれないように、俺は横を向きながらこっそりと溜め息を吐いた。


 ◇


 俺たちも休憩が終わり、相手も準備が整ったことで挨拶は再開された。


 国内や近隣諸国。

 そして、大陸西部の者……等々、相手の素性こそ様々だが、相変わらず再開前と挨拶の内容は変わらない。


 他国や遠方の者でもそこら辺のマナーは一緒なんだなー……と、挨拶をセリアーナの後ろから眺めながら、暢気なことを考えていたのだが。


「っ!?」


 不意に廊下から悲鳴と怒鳴り声が飛び込んで来た。

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