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 部屋の中に入るとまず目に入って来たのが、机の上に広げられた道具や武具の類だった。

 彼女たちは作業の手を止めて直立しているが……別に片付いてはいないものの、散らかっているって程ではないかな?


 ともあれ、予想通り彼女たちは俺たちの護衛のための準備をしていたんだろう。

 出港時の襲撃以来着ることのなかった鎧を身に着けているし、やる気は十分みたいだな。


 ……セリアーナがここに来た理由って、実は彼女たちについて来なくていいって伝えにとかだったりしないよな?


 そんなことを考えて、ドキドキしながら後ろのセリアーナを振り返ると、いつもの表情のセリアーナが、彼女たちを眺めていた。

 何やら視線が上下しているが……これは彼女たちの恰好でも見ているのかな?


「話があるの。楽にしていいから聞いて頂戴」


「はっ」


 セリアーナの言葉に、リーダーが代表して返事をするが……相変わらず直立のままだ。

 ただ、セリアーナはそれは気にしないのか、「結構」とだけ言うと、部屋の中へと進んで行った。

 そして、中央まで行くと振り返り、話を再開した。


「もうじき港に着くわ。そうしたら、賊を向こうの騎士団に引き渡すのだけれど、その際に私たちも同行する……それはいいわね?」


「はっ」


「賊の引き渡しには、リーゼルとオーギュストが同行するけれど、その間は私は別の場所に案内されるでしょうね」


「それはそうだね……」


 一緒に行動するのが安全面を考えたらベストなんだろうけれど、確かに他領の騎士団本部って公爵夫妻が揃って行く場所じゃないよな。


 俺はセリアーナの言葉に頷いているが、リーダーが「よろしいですか?」と口を開いた。


「こちらの領主一族とは親しい付き合いだと伺っておりますが……そちらのお世話になるということはないのですね?」


「ええ。到着日時が不確かだし、向こうに報せることも出来なかったもの。急に押し掛けるわけにはいかないでしょう?」


 ウチとサリオン家はお隣さん同士ってのに加えて、リーゼルとエリーシャの関係もある。

 大分気安い付き合いは出来るんだが、それでも公爵家と伯爵家の身分を考えたら、あまり軽率な振舞いはどっちも出来ないよな。

 それなら、今回は事務的な付き合いに止めておいた方がいいだろう。


 港内に貴族が休憩出来る場所もあるし、俺たちが通されるのはきっとそこかな?


「確かに……。話を中断させてしまって申し訳ありません。どうぞ続きを……」


「ええ。まあ……あまり長々と話しても仕方がないし、簡潔に話すわ。襲撃を受けるとしたらその時でしょう。貴女たちは、周りの者が巻き込まれないように動いて頂戴」


 ◇


 護衛の冒険者たちとの話を終えた俺たちは、再び部屋に戻って来ていた。

 もう間もなく到着するだろうし、タイミング的にはちょうどよかったんだろうが……。


「ねー」


「なに?」


「護衛さんたち、折角やる気になってたみたいだったのに、アレでよかったの?」


 折角やる気になっていたのに、セリアーナが直々に出向いてまで命じたのは、セリアーナを守ることじゃなくて、周りへ被害が出ないようにすることだった。

 襲撃が起きるかどうかはこの際置いておくとして、さらに出るかどうかも分からない周りへの被害への対処を命じるってのは、もはや何もするなってことじゃないのかな?


 出港以来、活躍どころか割と後回しにされている彼女たちにしたら、今度こそ……って思いもあるだろうに……と、心配していたんだが。

 セリアーナはそんな俺を見るなり「フッ……」と鼻で笑った。


「リセリア家が一番困るのは、マーセナル領に被害を出されることよ。その備えを任せるんだから十分でしょう。彼女たちもわかっているはずよ」


「そ……そうなのかな?」


 言葉が随分足りなかったような気がするんだけれど、アレでよかったのかな……。


「そうよ。ちゃんとウチとサリオン家との関係も図れていたわ。領地の関係も把握出来ているはずだし、あれでいいのよ。それよりも……」


 セリアーナはそこで口を閉じると、窓の外に目をやった。

 特に何か変わった物が見えているわけじゃないんだが……。


 何事かな……と、俺もそちらに視線を向けたそのタイミングで外から大きな汽笛の音が響いて来た。


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 先頭の船から順々に港に入っては停泊していき、一番最後に俺たちの船が港へと入っていった。

 そして、係留して後は降りるだけで、すぐに呼びに来ると思っていたんだが……なんだが、いざ停泊してから中々進展しない。


「時間かかってるけど、なんかあったのかな?」


「私たちが降りるのは一番最後よ。この船団が、安全に航海を済ませるためだけに集まっていたのならその必要は無いけれど、今回は違うでしょう?」


 俺たちが船を降りる一番の理由は、ひっ捕らえた賊を引き渡すことだしな。

 まずは賊を収監していた船が停泊して、賊を船から降ろすのを待たないといけないんだろう。


「外で待たせるよりかは中で待たせた方がマシってことなのかな?」


「ええ。どちらでも時間は変わらないでしょうけれど、私たちを外に立たせておくわけにはいかないでしょう?」


「それもそっか……」


「それと、時間がかかっているのは事前に連絡をする事が出来なかったからでしょうね。先に港の警備に連絡をして、そこから騎士団本部を経由して領主のもとまで話が上る。そこで決裁を仰いでどう動くかが決まるわ。もっとも……私たちが想定していた通りの流れになるでしょうけれどね」


「まぁ……向こうはいつも通りなんだし、あんまり変わったことは出来ないでしょう」


 セリアーナが今言ったのは、ごく一般的な手順だ。

 むしろ、日を置かずに真っ直ぐ領主のもとまで話が届くことを前提にしているし、割と甘い算段と言ってもいいんじゃないかな?

 まぁ、ウチの名前を使えば別なのかもしれないけれど……。


「ええ。お前を使えたら、直接領主のもとに話を持って行けたのだけれど……仕方がないわね」


「しかたがないしかたがない」


 確かに俺なら直接持って行けるだろうし、ついでに返事も持って来れるだろう。

 ただ……それをやっちゃったら、公式にセリアーナたちをもてなさないといけなくなるかもしれないし、互いに時間を取られることになるからな。


「そのうち呼びに来るでしょうし、このまま待ちましょう」


 苦笑しながら言ったセリアーナに、俺は頷きながら同意した。


 さて、しばしの間部屋でボーっとしていると、ドアを叩く音と共に通路からウチの兵の声が響いた。


「失礼します。セリアーナ様、外の用意が出来ました」


 もちろん、彼が部屋に近づいて来ているのはわかっていたし、いつでも行ける準備は出来ている。


「行きましょう」


「はいよ」


 俺はセリアーナに返事をすると、彼女と共に部屋を出ることにした。


 ◇


「ぉぉ……」


 甲板に出た俺は、そこから見えた光景に少々驚き、声を漏らしてしまった。


 港には共に船団としてここまでやってきた船が停泊していた。

 ただ……どの船も商会が大量輸送するために用意した船だけあって……とてもデカい。

 俺たちが乗っていた船も、決して小さいわけじゃないんだが、何倍も差があるだろう。


 この船とは接舷場所が違って、距離は離れているんだが……それでもデカい船が何隻も固まっているのを明るい場所で見るとド迫力だ。


「大きい船よね。流石にあのサイズはウチの領地までは来れないわね」


「そうだよねー……何人くらい乗ってるんだろう?」


「1隻につき400人弱ってところかしら? コレが多いのか少ないのか……。まあ、今更気にしても仕方がないし、さっさと降りるわよ」


「はーい」


 そりゃー……あのサイズの船にそれだけの船員がいたら、船長も全員の動きを把握するなんて難しいだろう。

 大丈夫とは思うけれど、改めてあのデカさを目の当たりにすると、船から離れるのがちょっと不安になって来るな。


 セリアーナに返事をして、彼女のすぐ後をついて行きながらも、俺は船をそのまま眺めていると、すぐ側を歩く護衛の1人が声をかけてきた。


「港には多くの兵の姿があります。彼等が船の監視も行っていますし、そちらの兵も何名か残っているのでしょう? 我々が離れている間の船の守りは大丈夫ですよ」


「ぬ……気にしてるように見えたかな?」


 まったく気にしていないってことはないし、間違っちゃいないんだが……そんな風にあからさまに見えちゃったのかな?

 彼女の方を向いてそう訊ねると、苦笑しながら頷いていた。


 うーむ……それじゃー、他の連中にはそう気付かれないように気を付けないとな。

 俺は気合いを入れ直して、表情を引き締めることにした。

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