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 パチッと目を覚ました俺は、モソモソとベッドから這い出た。

 そして、サイドテーブルに置かれたケースから諸々の恩恵品や指輪を取り出すと、順々に身に着けていく。

 準備が完了して、ベッドの下に転がしていた【浮き玉】に乗ると、リビングへと向かうことにした。


 リビングから明かりが漏れているし、セリアーナはまだ外には出ておらず、【隠れ家】にいるようだ。


「おはよー」


 リビングにやって来た俺は、ソファーに座るセリアーナに挨拶をしながら時計を見た。

 時刻は10時をちょっと回ったところ。

 まぁまぁ……早いかな?


「お早う。今日は到着だということは忘れていないわね?」


 セリアーナは、俺の様子を見ながらそう口にした。


「うん、大丈夫。しっかり覚えてるよ」


 俺は返事のついでに「ほら」と言いながら、両腕を広げてクルクルとその場で回転してみせた。


【影の剣】から【足環】に至るまで抜かり無しだと、一回転し終わると胸を張ってみせたんだが……。


「結構。着替えを済ませて来なさい」


「……ぉぅ。失敬」


 そう言えば寝巻のまんまだった。


 船に乗っている間は、使用人が部屋に来るようなことはほとんど無かったし、別に見られても特に困ることは無かった。

 リーゼルのお茶会に出席する時には、流石に着替えていたしな。


 起きたら着替えるってことをすっかり忘れていた。

 いかんいかん。


 俺は一言告げると、着替えるために寝室へと引き返した。


 ◇


【隠れ家】から出た俺たちは、一先ず朝食を済ませることにした。

 今日は昼過ぎには船が港に到着する予定だし、昼食のことを考えるとちょっと微妙な時間な気もするが……まぁ、そこはメニューを軽めにするなりなんなり、厨房側で対応してもらおう。


 さて、それはそれとしてだ。

 朝食を終えた俺たちは、毎度のように適当にお喋りをして時間を潰していた。

 今日はもう船を降りるし、あまり量は無いが荷物の梱包に使用人たちがやって来るし、それを待っているんだ。


「ところでさ……なんかコレって怪我してるみたいに見えない? 大丈夫?」


 話題が一段落ついて何となく間が出来たところで、俺はセリアーナに向かって左足をプラプラと見せながら質問をした。


 リアーナ領ならともかく、それ以外の場所だと基本的に俺は【足環】は外している。

 アレの見た目は、傍から見たら鎖が千切れただけの足枷だからな……。

 その鎖は足に巻き付けることが出来て、意外と邪魔にはならないんだが、いくら何でも見た目が悪すぎる。


 だからなんだろう。


【隠れ家】から出る前に、セリアーナは赤い帯を俺の左足に巻き付けていた。

 足首から鎖を巻き付けている膝下までだ。

 お陰で少々凸凹ではあるものの【足環】は隠れている。


 ただ……右足はいつも通りの裸足だけに、左足だけに赤い布を巻いていると、それはそれで目立ちそうなんだよな。

 下手したら、血が滲んだ包帯に見えやしないだろうか?


 俺の言わんとしていることが伝わったのか、セリアーナは「ああ」と呟くと、話を始めた。


「大丈夫でしょう。王都や他所の領地ならともかく、マーセナル領ならウチやゼルキスほどじゃないにしても、お前のことも知られているでしょう」


「まぁ……そうかな?」


 ご近所さんだし、直接訪れた事もあるもんな。

 俺はセリアーナに頷いた。


「そうよ。だから、お前の恰好を一々気にするようなことは無いはずよ」


「……ほぅ」


 それは、俺が妙な恰好をしているのが当たり前って思われているんだろうか……と、口に出そうとしたところ。


「そもそも、両手の全ての指に指輪を嵌めて爪を黒く塗って、妙な玉に乗って移動しているんだし、今更でしょう」


「ぬ」


 言われてみれば、普段の俺は大分パンクな格好だった。

【足環】のように、周りの人間を驚かせるようなことが無ければ、このままでいいかな?


「どうしても気になるのなら、右足にも巻いてあげるわよ?」


 予想通り襲撃があった場合、高確率で【緋蜂の針】を発動することになるだろうし、そうなると折角巻いても弾け飛ぶことになる。

 それは【足環】でも同じなんだろうが、こっちは使うことになるかどうかも分からないし、見た目をどうにかした方がいいもんな。


「うーん……そっちはいいや」


 俺はセリアーナの申し出を断り、心配事も解決したってことで、次の話題に切り替えることにした。


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 昼食が終わり、俺たちは今は部屋で待機している。

 俺でもわかるくらい船内が慌ただしくなっているし、そろそろ港が近づいて来ているんだろう。


 荷物の梱包は既に完了していて、使用人の交代と共に荷物の積み替えとかも行うことになっている。

 そして、その間に賊の引き渡しのアレやコレやを済ませる予定だ。

 俺たちは賊の引き渡しに立ち会うことになるから、その際には船を降りるんだが、狙われるとしたらそこだ。


 ただ、そっちはそれなりに対策をしているんだけれど、この船や部屋は大丈夫なのかな?

 まだここからウチの領地まで乗っていくことになるんだけれど……。


「部屋って、俺たちが船を降りている間は誰もいなくなるんだっけ?」


「ええ。積み替えた荷物は別室に置いていて、私たちが戻ってきた後に、改めて搬入することになっているわ。それまでは、船に残したウチの兵が通路を見張ってはいるし、部屋には誰も入らない……いつも通りね」


「ふぬ」


 いつも通り……って事は俺たちは船を利用しないけれど、俺たちが部屋にいない間は他人が入って来ることは無いってのは、確かにいつも通りなのかもしれない。


「まぁ……いいや。それじゃー、部屋は大丈夫ってことだね?」


「賊が侵入しないかってこと? それは大丈夫よ。船の乗船口は向こうの領都の兵が守るでしょうし、海から侵入しようにも魔物がいるから迂闊には近づけないでしょう? ましてや、夜ならともかく今は昼間だし、少なくともこの船は安全よ」


 向こうの領都の守りは俺も見たことがあるし、特に海に対しての備えは厳重だった。

 他領の公爵夫妻が乗る船の周辺は、魔物はもちろん怪しい者は陸からも海からも近付かせないだろう。


「……それもそうだね」


「そうよ。さて……と」


 納得している俺に向かってセリアーナはそう答えると、【小玉】を浮き上がらせた。


「お? 旦那様のところかな?」


 どこかに出かけるようだけれど、このタイミングでどこかに行くとしたら……リーゼルの部屋くらいだよな?


「違うわ。ついて来なさい」


 どうやら違うらしい。

 小さく首を横に振ると、そのままドアに向かって進み始める。


「ぬぬ」


 甲板に出るとも思えないし……どこに行くんだろう?


 首を傾げながら、俺はセリアーナの後をついて行くことにした。


 ◇


「これは、奥様!? どうかされましたか?」


 ウチの兵たちが利用している部屋の前に立つ兵が、通路を進んでくるセリアーナと俺を見て、慌てて挨拶をして来た。


 もうすぐ港に到着するってのに、2人揃って部屋から出てきたら……それも、リーゼルの部屋じゃなくて通路を移動しているんだ。

 何事かと思うよな。


 だが。


「そのままでいいわ。私が用があるのはこちらよ」


 セリアーナは彼に向かってそう言うと、ウチの兵たちが利用している部屋の向かいを指した。

 セリアーナが用があるのは、ウチの兵たちではなくて護衛の冒険者たちのようだった。


 普段ならこの兵のように、彼女たちも通路に1人は立っているんだが、今日はその姿は無い。

 彼女たちは、俺たちに同行して一緒に船から降りるし、その準備なんだろう。


 ともあれ、ここで浮いたままなのもなんだし、何の用があるのかは俺もわからないが、さっさと彼女たちの部屋へ行こう。


「こんにちわー。セラですよー」


 俺は彼女たちの部屋のドアをドンドンと叩くと、ドア越しに中に向かって声をかけた。


「セラ様? どうかされまし……っ!? セリアーナ様!?」


 すぐに中からリーダーによってドアは開けられたんだが、俺の後ろに浮いているセリアーナに気付くと、向かいの部屋の前に立つ兵と同じような表情になった。

 やはり不意打ちのセリアーナは効くみたいだな……。


「えーと……セリア様?」


「ええ。中で話したいことがあるから、入れてもらうわよ」


「は? ……はっ。少々散らかっておりますが、どうぞお入りください」


 リーダーはセリアーナの言葉に、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、すぐにそれを消すと俺たちを中へと案内した。

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