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 王都を発ってからなんだかんだで色々あった。


 安全なはずの王都圏で、本来なら魔物ですら襲ってくることはないであろう規模の移動にもかかわらず度々襲撃を受けたり、王都圏の玄関口である港でも襲撃を受けたり、出港してからしばらく経って海上でも襲撃を受けたり……盛りだくさんだ。


 今回の王都行きは、俺がミュラー家へ養子入りするための手続きをすることが目的だったんだ。

 肝心のそれにはなんの問題も起きなかったんだが……いやはや、帰りでこんなに大変な思いをするとは思いもしなかったな。


 とはいえ、陸地でならともかく、海上でそう何度も襲撃を受けるわけもなく、あの夜の襲撃を防いだ後はのんびりと出来ている。


 変化があったことと言えば、短い時間ではあるが、毎日リーゼルの部屋でお茶会をするようになったことだろうか?


 もっとも、お茶会と言っても優雅にお喋りを楽しむんじゃなくて、他の船からの報告を、オーギュストを介して聞くことがメインになっている。


 件の賊たちは、俺たちが乗る船の南に付けている船で捕らえられているが、その様子は毎日報告を受けている。

 とはいえ、この船ほど医療体制が調っているわけではないので、襲撃時に大分ボコボコにされていた傷はまだ癒えておらず、残念ながら碌な情報は引き出せていないらしい。


 本格的な尋問は、マーセナルの領都に着いて向こうに引き渡してからになるだろうし、とりあえず現状は厄介者を引き受けているだけって感じだな。


 ◇


 ってことで、今日も今日とてリーゼルの部屋でのお茶会が開かれているんだが。


「今日の報告もいつも通りだったようね」


 部屋に集まっていつもの位置に着くと、セリアーナはオーギュストの報告を待たずにそう切り出した。


 消耗も大きいだろうから、襲撃を凌ぎ切った今はセリアーナは加護の範囲を船とその周囲だけに狭めていて、他の船の状況まではわからない。

 それでも、この船に他の船から伝令がやって来て、同じような滞在時間で帰還していったのなら、報告内容に変わりはないってことは予想出来るよな。


「そうだね。まあ……船の上だし治療技術が急に向上するわけじゃないから、仕方がないよ」


 リーゼルも先に聞いていたんだろう。

 苦笑しながらそう返している。


「ただ、いつもと変わりはないってことは、異常も無いってことだよ。どうやら向こうの船長は、賊と繋がりのあった船員を無理に探し出すつもりは無いそうだけれど、その連中も無理に行動に出たりせずに大人しくしているようだし……それでいいのかもしれないね」


「船内の人事に関しては、一々私も口を挟むつもりは無いし、そこは好きにしてもらって構わないわ。南以外の船も変わりはないようね。少しくらいは不満が出て来るかと思っていたのだけれど……この分なら予定通りにいくのかしら?」


 と、セリアーナは今度はオーギュストを見た。


「はっ。幸か不幸か雨季も迫っていますし、他の船も時間を無駄にしてまでも追及する気は無いようです。もちろん、到着してからは商業ギルド経由で何かしら査察が行われるかもしれませんが、今航海中はこのままでしょう」


 他の船からしたら、南の船の不用心さが原因で、自分たちもとばっちりを食らったようなもんなんだろうが、敢えて揉めるようなリスクを負ってまで問い詰めたりはしないようだ。


 寛容だなー……とは思うが、理由はオーギュストが言ったように時間的なものもあれば、別に自分たちがやらなくても、商業ギルドなり騎士団なり、いずれかの組織がしっかりやってくれると考えているんだろう。


 まぁ、今回は船団を組んでいる関係で一緒に行動しているが、毎度毎度一緒になるってわけじゃないだろうし、他所は他所って感じなのかな?


「問題が起きないのなら、それはそれでいいことだよ。そう言えば、負傷したウチの兵たちはどうなっているんだい? 通常の治療にセラ君の加護の力も合わせて、経過は良いようだけれど……」


「部下は問題ありません。大事を取って休ませていますが、もういつでも動けるでしょう。船員も傷自体は塞がっています。後は体力の回復ですが……万が一に備えてポーションの使用は控えているので、そちらはもう少しかかるようです」


「そうか……。訓練は積んでいても流石に本職とは一緒に出来ないね。無理はしなくていいと伝えておいてくれ」


「はっ」


 口を挟むタイミングがなくて、ただ彼等が話すのを眺めているだけになっているが……どうやら航海は順調らしい。


 船を離脱した際のこととか、色々備えていたが……このまま予定通り進みそうだな。


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【蛇の尾】を試した後は、【猿の腕】も同様に剣を持たせて振るってみせた。


 我ながら中々器用に扱えているとは思うが、まだまだ使い道はありそうなんだよな。

 特に腕の方は。


 尻尾はなんだかんだで最大サイズにすると相当な長さになるし、直接叩きつけたり巻きつけたり……力も強いから引っ張ったりと、色々な使い方が出来ているつもりだ。


 ただ、腕はな……。

【ダンレムの糸】を射る際に支えたり、あるいは何かを投擲する際に使ったり……今のところはそれくらいだ。


 戦闘でなら、それこそシンプルに相手を殴ったり掴んだりも出来そうだし、それ以外でなら作業の補佐とかかな?

 ちょっと、俺が手を使うような作業をする姿は思いつかないが、もう少し色々使い道があるような気がするんだよな。

 まぁ……要研究だ!


 ともあれ、尻尾と腕を別々にだったり同時にだったり、ともかくアレコレと普段の戦闘では使わないような使い方を見せたが、どうやら彼女の満足いく結果だったらしい。


 頷きながら「結構」と呟いている。


「セリア様から見ても問題は無さそうだね。オレも別に使い心地とかが変わったりはしてないし……とりあえず尻尾と腕はこれで十分かな? 他にやることも無いでしょう?」


 特に体力や魔力を消耗するような物でもないんだが、如何せん俺の意思に反応して動き出すから、地味に気を使うんだよな。

 好きに振り回せる屋外ならともかく、屋内なら。

 ましてや、セリアーナが側にいる状況だと特にだ。


「そうね……戻していいわ」


「はいよ」


 俺は短く答えると、尻尾と腕を解除した。


「ふぅ……。それで、【足環】とか他の恩恵品も試すんだよね?」


「ええ。【蛇の尾】と【猿の腕】と、お前が持つ他の恩恵品とはまた使い方が違うでしょう? 丁度いいから確かめておきなさい」


「ほいほい」


 俺はさらにセリアーナから距離を取ると、まずは【影の剣】を発動した。

 スッと爪から伸びる黒い刃。


 外でだとそこまで違和感は無いんだが……屋内だとどうにもこうにも……。

 とりあえず、伸ばしたり縮めたりしてから、ブンブンと振るってみた。


「どうかな?」


「いつも通りね。まあ、ソレに関しては今更言うようなことは無いわね」


「発動だけなら失敗はまずしないね! ずっと使ってるからねぇ……。ちゃんと使いこなせているかはわからないけれど、少なくとも武器として扱えているとは思ってるよ」


 珍しく俺は自信を持って言い切った。


 もちろん【影の剣】だけじゃない。

【浮き玉】や【緋蜂の針】もそうで、完璧に使いこなしているかはわからないが、それらは少なくとも俺に合った使い方は出来ているつもりだ。

 使い方にそこまで技術がいるタイプの恩恵品じゃないしな……。


「【緋蜂の針】も同じよね。発動しなくていいわ。お前もここでは使いづらいでしょう」


 セリアーナも同じ認識かな?

【浮き玉】に関しては言うまでも無いってところか。


 問題は……。


「【琥珀の剣】も何度か出し入れするだけでいいわ。それよりも【足環】ね」


「【足環】ねー……。掴むくらいしか出来ないんだよね。弓を撃つときには使ってるけど、それ以外だとね……」


【足環】は発動したら鳥の足のような見た目と機能のブーツみたいな物になるんだ。

 握力は強く、そこまで硬くない岩なら砕けるくらいの力を持っている。

 ついでに、その足の裏に触れたら勝手に動くし、俺が反応出来なくても掴みそこなうようなことは無いだろう。


 発動前の見た目はアレだが、性能自体は中々優秀だ。


 ただ、それをどう使うか……なんだよな。


 何かに掴まったりとかも出来ることは出来るが、それは精々デカい魔物が相手の時くらいだ。

 色々試しているけれど、それをぶつける相手は多分人間なんだよな。

【足環】を使えるくらい接近するんなら、【緋蜂の針】で蹴った方が手っ取り早い気がする。


 道中で襲って来た連中と同じくらいの腕だとしたら、1発2発蹴っても死んだりはしなさそうだしな……。


「何かに使うかもしれないし、適当にそこら辺の槍でも掴んで振り回してみなさい」


「はーい……」


 まぁ、何かに使うかもしれないし、その機会が無いなら無いで別に悪いことじゃない。

 とりあえず、セリアーナが言うようにしてみるかね?


「よいしょっと」


 俺は足がしっかりと槍の柄を掴んだのを確かめると、ゆっくりと振り始めた。

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