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 賊による海上での船への襲撃があったその日。


 俺も参戦した甲板での戦闘も終わり、一旦落ち着くまでリーゼルの部屋で集まっていたんだが、オーギュストがやって来たところで解散となった。

 俺としては、少々モヤモヤが残っていたんだが、それが何か自分でもいまいちハッキリしてなかったんだが、その後しばらくして部屋にオーギュストが報告に訪れた。


 そして、その時に簡単にだが賊の処遇を教えてくれた。

 どうやら、この船に拘束しておくわけではないそうだ。


 それを聞いて、ようやく俺は自分が何が気になっていたのかってのがわかった。

 明らかにこちらに敵意を持っている連中を、いくらボコボコにしているとはいえ、同じ船に乗せるってのは落ち着けなかったんだ。


 初見で俺の不意打ちにそれなりに対応出来るような腕を持っているんだし、もし回復するような手段を持っていたら、何をされるかわからないもんな。


 預けられる先は、南の船になるそうだ。


 あそこの船員が賊と繋がっていて、そこまで直接的ではないものの協力した結果が、今回の俺たちが乗る船への襲撃に繋がった訳だし、謂わば禊みたいなものなのかな?


 途中でどこぞの街や村に下ろすってことも出来なくはないだろうが、この規模の船団を受け入れられる港は途中には無いそうだ。

 それをやるには一旦沖で停泊して、そして小船で何度も往復しながら運ぶことになるし、時間がかかりすぎるらしい。


 流石に一日停泊したり……なんてことは無いだろうが、一度襲撃があった訳だし次も無いとは言い切れないと、各船の船長たちから意見が出た結果、このままこの船団の目的地であるマーセナルの領都まで、ノンストップで進むことになった。


 南の船の船長も気の毒なことだよ……。


 まぁ……是非とも何事もなく乗り切って欲しいもんだ。


 ◇


 襲撃から一夜明けて、俺はセリアーナの部屋から1人離れて別の場所へ出向いていた。

 頼まれごとを一つ片づけるためだ。


 もう大丈夫そうではあるが、セリアーナを1人部屋に残していくのもどうなのかなと思わなくもないが、そんなに手間取るようなことでも無いし、何よりセリアーナを連れて行くような場所でもないしな。


 ってことで、サクッと片付けてきた。

 いやー……実は気になっていたことだけに、無事片付けることが出来て実にスッキリした気分だ。

 そして、その晴れ晴れしい気分のまま部屋に入ると、中にいるセリアーナに向かって挨拶をした。


「ただいまー!」


 特に意識したつもりはないんだが、部屋に入る際の声もいつもより大きくなっている気がする。

 部屋にいたセリアーナは、【小玉】に乗りながら本を読んでいたようだが、手元の本を膝に置いて顔を上げると、苦笑しながら口を開いた。


「ご苦労様。その様子だと上手くいったようね」


「まーねー。3人とももう大丈夫そうだよ」


「それは結構。どんな様子だったか聞かせて頂戴。私も報告こそ受けてはいたけれど、詳細までは知らないのよね……」


「うん。思った以上にキツそうだったよ」


 セリアーナの元へ行くと、見てきた様子を伝えることにした。


 ちなみに、俺が頼まれた用事は護衛の彼女たちの治療だった。


 伝染るような代物では無さそうだったが、それでも病人の側に近寄るのもよろしくないってことで、彼女たちの発症以来、俺は近付いたりはしていなかった。

 とりあえず激しい症状ではない……とだけは聞いていたんだが、いざ部屋に入って彼女たちの顔を見てみると……。


「げっそり痩せこけてたね。まぁ……何日も碌に食事が出来ない体調だったし無理もないんだろうけれど……」


 治療前の彼女たちの様子を思い出しながら答えるが、いやはやアレはひどかった。

 多少マシになってもアレだってことを考えると、放置してたらそのうち衰弱死でもしてたんじゃないかな?


「毒その物はあくまで弱らせるためのものでしかなく、明確な治療手段は無い。面倒な毒よね。無事凌ぐことが出来てよかったわ」


「本当だよね……怒ってなくてよかったよ」


「お前は気にし過ぎなのよ。まあ……いいわ」


 セリアーナは、改めて「ご苦労だったわね」と言うと、膝の上の本を開き、読書を再開した。


 彼女らしい淡白な態度だが、まぁ……確かにあんまり気にしすぎても疲れるだけかもな。

 とりあえず、俺も悩みの種が片付いたことだし、残りの期間はのんびり過ごそうかな?


1145


 王都を発ってからなんだかんだで色々あった。


 安全なはずの王都圏で、本来なら魔物ですら襲ってくることはないであろう規模の移動にもかかわらず度々襲撃を受けたり、王都圏の玄関口である港でも襲撃を受けたり、出港してからしばらく経って海上でも襲撃を受けたり……盛りだくさんだ。


 今回の王都行きは、俺がミュラー家へ養子入りするための手続きをすることが目的だったんだ。

 肝心のそれにはなんの問題も起きなかったんだが……いやはや、帰りでこんなに大変な思いをするとは思いもしなかったな。


 とはいえ、陸地でならともかく、海上でそう何度も襲撃を受けるわけもなく、あの夜の襲撃を防いだ後はのんびりと出来ている。


 変化があったことと言えば、短い時間ではあるが、毎日リーゼルの部屋でお茶会をするようになったことだろうか?


 もっとも、お茶会と言っても優雅にお喋りを楽しむんじゃなくて、他の船からの報告を、オーギュストを介して聞くことがメインになっている。


 件の賊たちは、俺たちが乗る船の南に付けている船で捕らえられているが、その様子は毎日報告を受けている。

 とはいえ、この船ほど医療体制が調っているわけではないので、襲撃時に大分ボコボコにされていた傷はまだ癒えておらず、残念ながら碌な情報は引き出せていないらしい。


 本格的な尋問は、マーセナルの領都に着いて向こうに引き渡してからになるだろうし、とりあえず現状は厄介者を引き受けているだけって感じだな。


 ◇


 ってことで、今日も今日とてリーゼルの部屋でのお茶会が開かれているんだが。


「今日の報告もいつも通りだったようね」


 部屋に集まっていつもの位置に着くと、セリアーナはオーギュストの報告を待たずにそう切り出した。


 消耗も大きいだろうから、襲撃を凌ぎ切った今はセリアーナは加護の範囲を船とその周囲だけに狭めていて、他の船の状況まではわからない。

 それでも、この船に他の船から伝令がやって来て、同じような滞在時間で帰還していったのなら、報告内容に変わりはないってことは予想出来るよな。


「そうだね。まあ……船の上だし治療技術が急に向上するわけじゃないから、仕方がないよ」


 リーゼルも先に聞いていたんだろう。

 苦笑しながらそう返している。


「ただ、いつもと変わりはないってことは、異常も無いってことだよ。どうやら向こうの船長は、賊と繋がりのあった船員を無理に探し出すつもりは無いそうだけれど、その連中も無理に行動に出たりせずに大人しくしているようだし……それでいいのかもしれないね」


「船内の人事に関しては、一々私も口を挟むつもりは無いし、そこは好きにしてもらって構わないわ。南以外の船も変わりはないようね。少しくらいは不満が出て来るかと思っていたのだけれど……この分なら予定通りにいくのかしら?」


 と、セリアーナは今度はオーギュストを見た。


「はっ。幸か不幸か雨季も迫っていますし、他の船も時間を無駄にしてまでも追及する気は無いようです。もちろん、到着してからは商業ギルド経由で何かしら査察が行われるかもしれませんが、今航海中はこのままでしょう」


 他の船からしたら、南の船の不用心さが原因で、自分たちもとばっちりを食らったようなもんなんだろうが、敢えて揉めるようなリスクを負ってまで問い詰めたりはしないようだ。


 寛容だなー……とは思うが、理由はオーギュストが言ったように時間的なものもあれば、別に自分たちがやらなくても、商業ギルドなり騎士団なり、いずれかの組織がしっかりやってくれると考えているんだろう。


 まぁ、今回は船団を組んでいる関係で一緒に行動しているが、毎度毎度一緒になるってわけじゃないだろうし、他所は他所って感じなのかな?


「問題が起きないのなら、それはそれでいいことだよ。そう言えば、負傷したウチの兵たちはどうなっているんだい? 通常の治療にセラ君の加護の力も合わせて、経過は良いようだけれど……」


「部下は問題ありません。大事を取って休ませていますが、もういつでも動けるでしょう。船員も傷自体は塞がっています。後は体力の回復ですが……万が一に備えてポーションの使用は控えているので、そちらはもう少しかかるようです」


「そうか……。訓練は積んでいても流石に本職とは一緒に出来ないね。無理はしなくていいと伝えておいてくれ」


「はっ」


 口を挟むタイミングがなくて、ただ彼等が話すのを眺めているだけになっているが……どうやら航海は順調らしい。


 船を離脱した際のこととか、色々備えていたが……このまま予定通り進みそうだな。

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