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 戦闘も終わった以上、通路で立ち話をするのもなんだしってことで、俺たちはリーゼルの部屋に場所を移すことにした。


「…………んで、後は団長とかに任せて、俺は戻ってきたよ」


 そして、そこで俺は甲板で起きた戦闘についてのことを一通り話し終えた。

 皆は黙って聞いていたが、概ね予想通りの結果だったのだろう。

 特に反応を示すようなことはなかった。


「そうか……。負傷者については、通路で待っている間に話を聞いたけれど……次の被害が出なくて良かったよ」


 と、リーゼルが「ふう……」と息を吐きながらそう言うと、表情を緩めた。


「魔道具を複数用意するだけの余力が無かったのか、それとも、小船に積んで持ち運ぶことが難しかったからなのか……。まあ、どちらにせよ余力が無くなっていたのは間違いないわね」


「……そうだね。確実にこの船団と接触して、その中に入り込むのなら、同規模ではなくてもいいから、複数の船で航行しておいた方がいいだろうに、それをせずに小船でとなると……」


 賊の余力がもう無いと言うセリアーナの言葉に同意するリーゼル。


 まぁ……どこぞの漁師さんの船を盗んでって行為は、今までの賊の行動に比べたら少々グレードダウンしている感は否めないけれど……それでもあれだけの腕の連中を揃えられたんだし、余力が尽きたってことは無いような気がしないことも無いような……。


 話をしているセリアーナたちを他所に、1人考え込んでいたのだが。


「…………あいたっ!?」


 隣のセリアーナからこめかみをピンッと突かれてしまった。


「どうせ、どうでもいい様な細かい事を気にしているんでしょう?」


「ぬ……まぁ、そうかな?」


「それは後で聞いてあげるから、今はこちらの話も聞いておきなさい」


「はーい……」


 今のそのやり取りがおかしかったのか、リーゼルはこちらを見て笑っていたが、俺と目が合うと「続けよう」と言って話を再開した。


 ◇


 話はあの後10分ほど続いたが、甲板での作業を完了させたオーギュストが、部屋にその報告にやって来たことで終了し、解散となった。


 今後の簡単な打ち合わせだったりと、もう何回か繰り返したことで、大した内容ではなかったんだが……。

 あの場にいたのは、話をすることよりも戦力を集めて守りを固めておくことが目的だったみたいだし、あんな感じでよかったんだろう。


 ってことで、俺たちは部屋に戻って来たんだが……。


「……それで、お前は何を気にしていたの?」


 セリアーナは先程の話の際に、俺が考え込んでいたことを聞くつもりらしい。


「ぬ……うん、大したことじゃないかもしれないんだけどね?」


 改めて間を置いてみると、あんまり大したことじゃない気がしてきたんだよな。

 話す様なことなのかな……?


「出発するまでの暇潰しよ。気にしないで話しなさい」


「……ぉぅ。そんじゃーね? 甲板での戦闘って俺も一応参加したんだよね」


「ええ。誰も倒す事は出来なかったようだけれど……牽制程度は出来たんじゃないかしら?」


 セリアーナだけ他の者と一緒に残っているあの状況では、加護で甲板の様子を把握するのは難しいだろうに、割と正確に把握出来ているな。

 ……把握というよりは、予想かな。


「その通りなんだけどさ……。その牽制なんだけどね? 結果的にそうなっただけで、オレは普通に倒すつもりで仕掛けたんだよ」


「……防がれたのかしら?」


「いや、避けられた。2ヵ所に分かれて戦っていたんだけど、最初の1ヵ所目は正面から突っ込んだからまだわからなくもないんだけど……。2ヵ所目の方は、船外から回り込んで背後から仕掛けたんだよね」


「それも避けられたのね?」


「うん。ついでに他のヤツ目掛けて尻尾を振り回したけど、それも躱されたよ。まぁ……結局それで体勢崩したところを潰されてたけど」


「それなりに使える者たちだったようね。使い捨てにされるにはおかしい。まだ終わらずに、何かがある……とでも思ったのかしら?」


「そこまではっきりしてるわけじゃ無いけど……」


 何となく気になるってだけだし、どうにも答え辛いな……。

 そう返答に困っていると、セリアーナは小さく頷いた。


「後はあるとしたら、港に着いて船から降りる時くらいよ。少なくとも、今この船は安全なのは間違いないから、安心していいわ」


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「……アレでよろしかったのでしょうか? セラ殿は何かを怪しんでいたようですが、どの様な話をなさっていたので?」


 セリアーナたちだけでは無くて、船内の状況を把握するために使用人すらも部屋を出て行った中、オーギュストだけはリーゼルの部屋に残っていた。

 出発に向けて、直に始まる他船との協議の場には船長だけじゃなくて、一行の警備責任者である彼が出た方が話がまとまるのが早いのだが、彼の場合はリーゼルの護衛でもあるし、この場に留まることを訝しむ者はいなかった。


 そのオーギュストが、自分が戻ってくる前にどのような話をしていたのかを、リーゼルに訊ねた。


「大したことじゃ無いよ。もう僕たちが襲撃は終わったものと扱っていることに違和感を覚えたんじゃないかな? 詳細を説明してもいいんだが……セリアがそうしなかった以上は、アレで良かったはずだよ」


「ああ……なるほど」


「大分腕は立つ者たちだったようだね。セラ君の話しぶりでは、彼女も本気で仕掛けていたんだろう?」


「はい。もちろん周囲の目がありますし、恩恵品は限られた物しか使用していませんでしたが……それでも手を抜くような真似はしていません。機会こそ少なかったですが、どれも本気で仕留めにかかっていました」


「まあ……ウチの兵なら同じことくらいは出来るだろうけれど、西部の傭兵や冒険者事情を考えると、使い捨てにするには大分もったいない使い方だね。もっとも、それは今回の襲撃全般で言えることかな?」


「ええ。……どれも上手くいけばセリアーナ様に届いたでしょうが、もっと連携を取る事は出来ていたはずです。もちろん王都圏の事情を考えたら、それも容易なことでは無いのでしょうが……」


「倒した賊はどうしたんだい?」


「はっ。二手に分かれていたので、それぞれ1人だけを残して処分をしました」


「それは確実にかな?」


「首を刎ねて、海に捨てました。加護や、強力な回復効果を持つ魔道具を体内に隠していたとしても、まず蘇生は不可能です。残した2人は他の船に送ります」


 そう言うと、オーギュストは南向きに設置されている窓の外に目をやった。

 その視線の先には、微かに別の船の明かりが見えている。


「あの船か。……責任を取らせるのかな?」


 リーゼルの言葉にオーギュストは頷くと、再びリーゼルに視線を戻して話を続けた。


「敢えてこちらから言わずとも、明らかに内部に不審な動きをする者がいるのはわかったはずです。船内の監視も含めて、しっかりと監視役を務めてくれるでしょう」


「可能なら尋問して、何か一つでも情報を引き出せたらよかったんだが……仕方がないか」


「はい。そもそも、仮に何か情報を引き出せたとしても、ここではその真偽を確かめることも出来ません。無理をする必要はないかと……」


「確かにそれもそうか……」


 そこで何かに気付いたのか、「そう言えば」とリーゼルが顔を上げた。


「セラ君に賊の処遇に関して話したかい? 警戒していたようだったけれど、もしかしたらこの船に収監すると思っていたんじゃないかな?」


「ああ……戦闘が終わってすぐに下がらせましたし、確かにそうかも知れません。後で知らせておきましょう」


「そうするといい。一先ず到着するまではもう何もないだろうし、セリアもセラ君も気を張っていたら疲れるだろう」


 リーゼルは大きく息を吐くと、ソファーの背に体を預けた。


「随分お疲れのようで?」


「ああ……領地を発ってからもう大分経つし、流石にね……。戦争に王都に帰還してからは外交外交外交……。中々気を休めることが出来なかったんだ。折角だし、僕ものんびりさせて貰うよ」


 珍しく姿勢を崩すリーゼルを見て、オーギュストは苦笑していたが、船の揺れの小さな変化に気付くと、再び窓の外へ目をやった。

 そして、人を乗せた小船が船から離れていくのを確認すると、リーゼルに向かって口を開く。


「どうやらそろそろ出発のようですね。それでは、私はこれで失礼します。ゆっくりお休みください」


「ああ。君もいい機会だ。たまには体を休めるといいよ」


 リーゼルの言葉に小さく頷くと、オーギュストは「失礼します」と一礼し、部屋を後にした。

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