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 どうやら俺は彼女やその仲間に恨まれることはなさそうだと、ホッと一息ついたその時、再度水面を叩くような大きな音が船内に響いたかと思うと、船が大きく傾いた。


「ぉぉぉ……団長かな?」


「くっ……そのようですね」


 時間もちょうど10分くらいたっているし、次弾を撃てるようになったんだろうが……先程よりも賊は船に近づいていたのか、着弾音から船が傾くまでの時間が短い。

 彼女も不意を突かれたのか、転倒こそ避けたが壁に手をついてしまっている。


「セリア様は……大丈夫かな?」


「部屋に戻られますか? また何かあればお呼びしますよ?」


「うーん、ちょいと待ってね」


 セリアーナがいる方を見ると、壁越しにではあるがフワフワ浮いた姿の彼女を捉えることが出来た。

 セリアーナは【小玉】があるし大丈夫だろう。


 ついでにリーゼルの部屋も見ると、椅子かソファーに座ったリーゼルと、壁にもたれかかっている使用人の姿が見えた。

 使用人は少々危なっかしい気もするが、こっちも大丈夫そうかな?


「大丈夫そうだし、このままここにいるよ。それにしても、随分近かったよね? 船は大丈夫なのかな?」


「揺れは大きいですが、船体が破壊されるような音はしませんでした。オーギュスト団長もそんなへまをするような方ではないのでしょう?」


「それもそっかー」


 彼女が言うように、オーギュストならそんな失敗はしないだろう。

 しかし、ひとまず船体が無事であることはわかったが、賊の船にそこまで近づかれていることが気になるな。


「ねー……って、おや?」


 後ろから誰かが近づいてきた気配を感じ、尋ねることを中断してそちらを振り向いた。

 もっとも、振り向く前に見た彼女の驚くような表情で、それが誰かはわかるんだが……。


 ◇


「どしたのさ、セリア様」


 つい先ほどまで部屋で待機していたセリアーナだが、ちょっと目を離した隙に部屋から出てこちらにやって来ていた。

 何か見えたのかな?


 とりあえず、セリアーナの後ろに回り込みながら、彼女が範囲に入るように【風の衣】を張り直した。


「大したことじゃないわ。随分大きな音がしたし、賊がそれだけ接近しているのでしょう? それならお前と固まっていた方が次の行動に出やすいわ」


「ほむ……状況はオレもわかんないけど、何か近づかれてはいるっぽいよね」


 セリアーナも、賊が接近していることが気になっているようで、念の為こちらに来たんだろう。

 今のところ大きな被害は出ていないようだが、オーギュストをはじめ甲板からではあるが警戒している中で、船体にここまで接近してこれるのは、確かに侮れないよな。


 しかし、次の行動って脱出のことかな?

 今のところそこまで切羽詰まった雰囲気は感じないけれど、そこまでの相手なんだろうか?

 彼女なら外の様子をしっかり把握出来てはいるだろうけれど……。


 セリアーナから外の賊の動きを詳しく聞き出すには側に人がいるし……と迷っていると、「よろしいでしょうか」と、護衛の彼女が一言断り、話に加わってきた。


「おや? どうしたの?」


「構わないわ。何かしら?」


「はい。海で漁をするための小船には、高波を越えたり魔物に襲われた際に急発進するための魔道具を積んでいるタイプの物があります。私は甲板に出ていないので直接見ていませんが、先程のリアーナの兵を運んで来た者に聞いたところ、賊が乗った船は波を越えて真っ直ぐ向かって来たそうですし、恐らくそのタイプの船を使っているはずです」


 エンジンみたいな物を積んでいるってことなのかな?


「ほぅ……予想より速くて迎撃が間に合わなかったってことかな?」


 それなら手漕ぎの船よりは速度はずっと出るだろうし、こちらの準備が間に合わなかったりしても不思議じゃない……のかな?


「予測はしていたけれど、賊の位置を特定してから仕掛けるまでに接近され過ぎたという方が近いかもしれないわね。まあ、それならこちらの攻撃を防ぎきったわけでも無いし……。警戒のし過ぎだったかしら」


「し過ぎ……ということは無いと思いますが、船の速度を含めても、オーギュスト団長は対処出来ているようですし、まだ想定内だと思います」


 セリアーナの言葉に、護衛の彼女はそう続けた。


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「むっ!?」


 話の途中だったが、護衛の彼女が不意に階段の方へと向き直った。

 セリアーナとも話している最中だったのに、体ごと向こうを向くような真似をするなんて、よっぽどのことだよな。


 剣は抜いていないし、セリアーナにも動きはないから敵が乗り込んできたってわけじゃ無さそうだが……。

 周りに人がいるこの場所では加護のことは隠しているし、俺に指示を出すわけにもいかないから、セリアーナも黙ったままなんだよな。

 とは言え、ある程度内容の予測は出来る。


 護衛の彼女はセリアーナが動かなければ、ここを離れる気は無さそうだし、俺が直接見に行こうかね。


 ってことで、ヒョイと角から顔を伸ばして、何やらざわつき始めた階段前を覗き込んだんだが。


「うーん? ……あららららっ!?」


 予想外の光景に、俺は思わず声を上げながら慌ててそちらに向かった。


 先程は強力な毒を食らって、症状こそ中々きついものがあっただろうが、ビジュアル面ではそこまで大したことはなかった。

 精々顔色が悪すぎるってくらいだな。


 だが、今回は中々どうして。

 運ばれてきていたのは、ウチの兵が1人とこの船の戦闘員2人だったが、どちらも体が血に染まっていて、一目でわかるくらいの重傷だ。

 通路に広げられた厚い布で作られたマットのような物の上に、負傷した3人とも寝かされているが、何があったんだ?


「だっ……大丈夫!?」


「くっ……ああ……、なんとかな」


 船医に体を支えられながら、なんとか俺の声に答えるウチの兵。


 どう見ても大丈夫じゃなさそうだが、他の2人は息こそあるが横たわったまま呻き声をあげるだけだし、まだこれでもマシなんだろうか……?


「セラ様、どうしますか? 私共はポーション類は用意していますが……」


「へ? あ……あぁ……。えーとね」


 えーと……リアーナだったら重傷の場合は、まずはフィオーラか誰かが回復魔法を使っていたが、このメンツでこのレベルの怪我に効果があるような回復魔法を使える者がいるかどうか……どうしよう。


「まず傷を洗って、それからポーションを使いなさい。通常の治療と同じ手順で構わないわ」


 想像以上の重傷具合に少々狼狽えていると、俺のその様子を見かねたのか、いつの間にか後ろにやって来ていたセリアーナが、代わりに指示を出した。

 セリアーナの指示を聞いて、船医たちは即座に動き出している。


 服を破いて傷口を露出させて、魔法で生み出した水で傷口を洗って……そして、傷口に何かを見つけたのか、脇に置いている治療用の道具が入った箱からペンチのような物を取り出すと、傷口に突っ込んだ。

 そして、呻き声をあげながら暴れようとするウチの兵を無理矢理抑え込んで、グリグリと……麻酔抜きだもんなぁ……アレは痛いぞ。


「……ぉぉ、痛そう」


 邪魔にならないように口元を手で押さえながら、ついつい声が漏れてしまった。


「鏃でも残っているのかしらね? それよりも、残りの2人の処置が終わったらお前の出番よ。いつでも使えるようにしておきなさい」


 セリアーナはこの光景に動じていないようで、傷口を見ながら俺にも指示を出してきた。

 いやはや、冷静なもんだ。


「……ん、りょーかい」


 とりあえず、俺も【祈り】をちゃんと発動できるように、深呼吸でもして落ち着いておこうかね……。


 ◇


 さて、何とかかんとか処置は無事に終わり、3人は横になりながら俺の【祈り】を受けている。

 通常の効果に加えてポーションも併用しているから、傷も塞がり、3人の様子も運び込まれてきた時に比べると、ずっと良さそうだ。


「そんで、何があったの? あ、喋れる?」


 とりあえず、状況を把握しようと思い、ウチの兵に話を聞いてみることにした。


 傷口グリグリは1度では終わらずに何度も繰り返されたため、大分消耗しているようだが、それでも他の2人に比べるとまだまだ余裕はありそうだし……大丈夫だよな?


「……ああ、喋る程度ならな。なんてこたーない……船の前面から乗り込んできた賊に投げつけられた金属の筒が、俺たちの側で破裂しただけだ。その破片が、俺や側にいたこの2人に刺さった……それだけだ。そういう魔道具だったのかもしれないな」


 だが、俺の心配とは裏腹に、少々苦しそうではあるものの、思ったよりもはっきりした声で話し始めた。

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