531

1134


「セラ」


「む? 誰か危ない?」


 外でデカい音がしてから数分ほど経った頃、セリアーナに名を呼ばれた。

 状況を考えたら、そろそろウチの誰かに被害が出たってところかな?


「ええ。甲板に毒を投げ込まれたのでしょうね。1人こちらに運ばれて来るわ。幸い甲板では近づき過ぎないように、それぞれ距離を取っていたから、今のところその1人だけのようだけれど……。それにしても、警戒している中でそこまで近づけるだなんて大したものね」


 と、感心半分呆れ半分な様子でセリアーナがぼやいていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。


「はいはい、ちょっと待ってねー」


 ◇


 部屋に俺を呼びに来たのは、護衛の無事だった1人だった。

 彼女は甲板での戦闘には参加せずに、船内での伝令のようなことをやっているそうだ。


 それが彼女の仕事なのかどうかはわからないが、もし突発的なことが起きたとしても対処出来る実力があるし、船員や使用人に任せるよりはずっといいかな?


 さて、それはさておき……彼女が俺を呼びに来たのは、オーギュストの指示だ。

 その用件は、セリアーナと話していた通りで、毒の魔道具の被害にあった兵の治療だ。


 賊を迎え撃つために甲板に出ていた兵たちは、互いに距離を取り合って、一網打尽……なんてことが無いように気を付けていたそうだが、件の彼はたまたま甲板に投げ込まれた魔道具の落下地点にいたらしい。

 足元に落ちた魔道具は、甲板に落下すると同時に発動して、回避が間に合わなかったんだとか。


 ちなみに毒の被害を受けたのはウチの兵で、ついてないとしか言えないよな……。


「んで、どんな感じなの?」


「はい。症状は私の仲間たちに表れたものとほぼ一緒でした。異常を感じて、何とか船内まで下がって来ましたが、そこで動けなくなったそうです。発症が即時だったのはそれだけ毒性を高めているからでしょう」


「ほぅほぅ……それはちょっと危険だね」


 港で受けた毒は、発症の時期を遅らせるために敢えて毒性を弱めていたようだったが、今回のは違うようだ。

 まぁ、それはある程度分かってはいたことだったが、ウチのタフな連中でもすぐに動けなくなるレベルなのは、正直危険な代物だよな。

 俺が治療を試した物よりも強い毒に、どれくらい【祈り】が通用するかはわからないが、とりあえず急いで治療をした方がいいだろう。


「あそこです」


 廊下を早足で進む彼女は、上の甲板に出る階段の手前の曲がり角に差し掛かったところで、手で示しながらそう言った。


 横たわっている者とその周囲に数名の気配があるが……降りてすぐの場所で応急処置をしているのか。

 あんまり余裕は無いみたいだな。


「りょーかい!」


 俺は返事をすると、腕をグルグル回してアップを始めた。

 発動そのものにアップは関係ない気もするが……まぁ、気持ちの問題だ。

 前を行く彼女が少々怪訝な表情を浮かべている気もするが、そこは無視だ無視!


「お待たせ! どうよ……ってひどそうだね。さっさと始めるね」


 角を曲がった俺は、まずは周囲の者にどんな様子かを聞いてみようと思ったんだが、横たわっている兵の顔色のひどさに慌てて治療を始めることにした。

 もしかしたら症状を詳しく聞いてからの方がいいのかもしれないが、オーギュストが俺を呼んだってことは、彼が俺の治療で問題無いって判断したんだろう。


 とりあえず今は早さが大事だよな?


 ◇


【祈り】による治療を開始して数分ほど。

 治療の効果は思ったよりもはるかに早く表れた。


「……ちょっとはマシになって来た?」


「ああ、もう何ともないな。すぐにでも戦闘に復帰出来そうだ」


 俺の言葉に、横たわっていた彼は起き上がりながら答えた。


 いくら何でも早すぎるし、「そんなまさか……」と言いたかったが、先程までは青ざめるどころか青白かった顔色に赤味が差しているし、本当に大丈夫そうだよな。


「どうしよう……?」


 どうしたもんかと周りの者たちを見ると、彼の周囲にいた者たちは困ったような表情を浮かべるだけで、何も言ってこなかったが。


「毒に気を付けさえしたら構わないと思います。指示はオーギュスト団長が出してくれるでしょう」


 俺の後ろにいた護衛の彼女が、そう口にした。


1135


 思った以上に回復が速かった彼は、まだ【祈り】の効果で体を光らせたままの状態で、戦闘に復帰するべく階段を駆け上がっていった。


「なんていうかさ……元気だよね。大丈夫なのかな?」


 俺の目から見ても回復しているように見えたし、元気にはなったんだろうが、それでも、先に発症していた他の連中のことを考えたら、ここまですぐに動いて大丈夫なんだろうかと心配になって来る。

 ましてや、動くといってもただ運動するだけじゃなくて戦闘だ。

 だんだん不安になって来たな……。


 そんなことを考えながら階段の先を見つめていると、護衛の彼女が声をかけてきた。

 彼女も、彼の回復力というかバイタリティーに驚いてはいるようで、声に若干その色が混ざっている。


「症状こそ激しかったですが、まだ消耗しきる前だったのでしょう。その原因を取り除くことが出来たのなら、大丈夫なはずですよ」


「あ……そうなんだ」


 そう言えば、結局他の人たちが臥せっていたのって、じわじわ体力が消耗していってたのが原因ぽかったしな。

 発症が早かったうえに、すぐに俺が治療を開始したからまだまだ体力に余裕があったんだろう。


 それにしても、思い切りがよすぎる気もするが……そこは、まぁ……ウチの兵ってことなのかな?


 と、何となく納得していると、先程まで彼を介抱していた船員たちがこちらを見ていることに気付いた。

 白衣を着ているわけじゃ無いが、船医だよな?


「ぬ? どうかした?」


「はっ……その、我々はどうしたらよいでしょうか。このままこちらで待機しておきますか?」


「む……船長さんとかから何も聞いてないのかな?」


「船長からは、戦闘員が負傷して下がってきた際の治療をと命じられたのですが……」


「……あぁ、オレがやっちゃったもんね。うーん……特にこの場に留まることに問題が無いのなら、このまま待機しておいてよ」


 今のシーンだけを見ると、自分たちが手に負えなかった負傷者を、俺がちょっと加護を発動しただけで治したように見えただろうし、どうしたらいいかわからないよな。


 俺の【祈り】は、今回の毒にはたまたま効いたけれど、本来は精々治癒力や回復力を高めたりする程度で、傷を一気に回復させたりは出来ない。

 治療においては、ポーション類と組み合わせることで効果を発揮するタイプの能力だ。


【祈り】の詳細は省いたが、その旨を彼等に伝えると納得してもらえた。


 それに、俺がこの場にいるのは一時的なものだし、何も無かったりセリアーナから呼ばれたら、また部屋に戻るもんな。

 彼等が居た方がいいに決まっている。


 その場から廊下に下がりながら階段の前で待機する彼等を見て、俺は「うむうむ」と頷いた。


 さて……彼等のことはこれでいいとしてだ。


【浮き玉】を停止させて、その場で後ろを振り向いた。


「どうかしましたか?」


 振り向いた先には、廊下に下がる俺と一緒に下がってきた護衛の彼女がいるが、その彼女がどうしたのかを訊ねてきた。

 首を傾げてこそいるが、その表情にも雰囲気にも何も変わった様子は無い。


 無いんだが……。


「いやさ……なんかごめんね? お仲間さんのこと」


 彼女の仲間は程度が軽いとはいえ、同じ毒の症状で苦しんでいたんだよな。

 んで、俺はそのことを聞かされていたわけなんだが……今しがた目の前で簡単に治療を済ませたことをどう思っているんだろうか?


 だが。


「ああ……それは仕方が無いことですよ」


 俺の危惧を他所に、彼女は何でもない様子でそう答えた。

 さらに声を潜めて続ける。


「曲がりなりにも戦力として計算できる我々を放置していたのは、治療する手立てが無いことを示すためなのでしょう? 船内に賊と通じる者がいないとも限りませんし、賊が仕掛けてくる際に、手法を限定させるためには仕方が無いことです。幸い命には別状はありませんし、快方に向かっていますから。それに、我々はあくまで雇われですし、リアーナの兵とは立場が違います」


 と、苦笑している。


「ぉぉ……」


 治療をされなかった事情とか狙いとか……説明しなくてもしっかりと伝わっていることに感心して、ついつい声を漏らしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る