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【祈り】を発動してから20分程が経つが、俺はその場に留まっていた。

【ミラの祝福】と違って、【祈り】は特に何かをする必要が無いから、発動さえしてしまえばもう部屋に戻っていてもいいんだが……まぁ、気になるもんな。


 治療中の彼は、王都から港までの道中で、能力向上目的の【祈り】を受けてはいるが、リアーナではしっかり治療目的でも受けているし、治療の有無での体調差を比較出来るだろう。


 ってことで、治療を施した彼に向かって、何か体調に変化はあるかどうかを訊ねることにした。


「どんなもんよ?」


「ああ……大分マシになっているな」


「まぁ……顔色も良くなってるしね。どんな感じだったの? 一応護衛の冒険者の人たちの症状は聞いてるけど……」


 重たくは無いけれど、発熱と倦怠感が続いていて、まともに起きて動くことが出来ずに戦う事は無理……そんな感じのことを言っていた。

 彼女たちの基準がよくわからなかったけれど、よくよく考えると結構重たい症状だよな。

 それに比べると、彼はそこまで重たくはなさそうだったが……。


「俺の症状か……」


 そう呟くと、何やら考え込んでしまった。

 普通の風邪とかと同じような症状なら、こんな風に考えこむそぶりは見せないと思うんだが……やっぱり違うのかな?


「普通の風邪とかとは違うの?」


「違ったな。体調も悪いことは悪いんだが、それよりも魔力がひたすら抜けていくような……そんな感じだった。俺は大した魔力を持っていないし症状も軽かったから、あの程度で済んだが、もっと魔力が多い者だと消耗も激しいんじゃないか? 詳しくは聞いていないが、向かいの連中はまだ起き上がれていないんだろう?」


 彼は、壁の方を見ながらそう言った。

 俺もほとんど魔力を持っていないが、それでも魔法を使い過ぎたら大分体がだるくなるし、何となくではあるが彼の言っていることは理解出来た。


 小さく頷きながら返事をする。


「みたいだね。んで、今はもういいの?」


 具合はこの短い時間でも大分良くなっているのか、話しながら立ち上がって体を捻ったり軽く動かしている男を見て、そう訊ねたんだが……。


「……ああ。どういう仕組みなんだ?」


「……どういう仕組みなんだろう?」


 体調不良に関しては、体内に入った毒物が魔力に反応して何か効果が表れているのはわかる。

 ただ、治るのは……。

 俺が外から魔力を送ることで、何か毒物の機能にエラーでも起こさせたんだろうか?


「まあ、治ったんなら何でもいいさ。外の状況はまだ何も変わりは無いのか? 襲撃が起こる可能性が高いと聞いていたんだが……」


 一通り体の具合を確かめ終えたのか、彼はベッドに座り直しているが……もう警備に復帰でもする気なのかな?


「そろそろって雰囲気は感じたけれど、今のところはまだ何も起きてないね。もう動けそうなの? まだ休んでたら?」


「流石に今すぐはしねぇよ……。とりあえずメシを食ってからだな」


「……食事してないの?」


「この揺れの中で食う気にはならねぇよ……」


 彼は苦笑を浮かべながら答えているが……なるほど。

 ついつい忘れがちだが、今この船は結構揺れが激しい海域を通っているんだよな。

 具合が悪くて臥せっている時だと、食事なんか食べる気にならないか。


「護衛の人たちも食べてないのかな……?」


「どうだろうな? お偉いさん専門の護衛だろう? 俺よりは馬車や馬に乗る機会はありそうだし、揺れには強いとは思うが……」


「元気な時ならともかく、具合悪い時には関係ないかもね。もしかしたら、彼女たちが今も臥せってるのって、食事がまともに食べられないから体力が回復出来ていないとかなんじゃ……?」


 魔力が抜けて消耗しているうえに、食事をとらないから体力も回復せず……加えて具合が悪い中でこの船の揺れ。

 じわじわ体力と気力が削られていってもおかしくないよな。


「確か向こうの連中がなってから……3日か? それはあるかもしれないな」


「なるほどー」


【祈り】を彼女たちに使うことになるかどうかはわからないが、とりあえず消耗の理由の一つは見つけたかもしれないな。

 考えてみればもっともなことではあったが……セリアーナに伝えておくか。


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【祈り】を発動して、それなりに治療の成果があることがわかった俺は、話を切り上げると部屋を出ることにした。

 もう少し残って経過を見たりしてもよかったんだが……彼も食事をしたいだろうしな。


 俺は俺で、効果があったことをセリアーナにも伝えたかったし、真っ直ぐセリアーナの部屋に戻っていった。


「ただいまー。試して来たよー……おや?」


 セリアーナの部屋に入ると、就寝スペースではなくて、生活スペースの窓辺に浮いて、外を見ているセリアーナの姿が目に入った。

 いくら【琥珀の盾】を発動しているとはいえ、安全面を考えると、セリアーナが外から見える位置に立つってのはあまりいいことではないんだが……それくらい彼女も分かり切っているだろうし、それでもいるってことは、何か気になることでもあるのかな?


「……【祈り】を試してきたけど、外で何か気になることでもあったの?」


「今はまだないわ」


 俺に言葉を返しながらセリアーナは振り向いたが、目を瞑っている。

 船の外を探っていたんだろうが……範囲は普段より広げていたのかもしれないな。


 さらに、ソファーに移動しながら話を続ける。


「まあ、いいわ。ご苦労だったわね。お前が出て行ってからもう30分以上経っているし、成果は予想出来るけれど……報告を聞かせて頂戴」


「ん、りょーかい」


 俺もセリアーナの向かいに移動すると、報告をすることにした。


 ◇


「そう……」


 一通り治療に関しての報告を聞いたセリアーナは、小さく一言だけ呟くと、何やら俯いて考え込んでしまった。


 治療に関しては、俺もあんまり正確に把握出来ているわけでもないし、特に省略したり私見を挟んだりせずに、一先ずわかったことだけを伝えることにしたんだが……悩ませることになっちゃったかな?


 ともかく、そのまま見守ることしばし。

 考えがまとまったらしいセリアーナは、顔を上げるとふわりと浮き上がった。


 そして、俺に視線を向けると。


「セラ、リーゼルの部屋に行くわ。お前も来なさい」


「お? ……ぉぅ」


 返事を待たずに移動を始めたセリアーナを、俺は慌てて追いかけた。


 すぐ向かいのリーゼルの部屋に向かうと、すぐに警備の兵に中に許可を取らせて俺たちは部屋の中に入った。

 部屋の中にはリーゼルとオーギュスト、そして使用人がいたが、リーゼルは入ってきた俺たちを見てすぐにその使用人を下がらせる。


「つい先程、倒れていたウチの兵が回復したと報告に来たよ。セラ君が治療をしてくれたのかな?」


「あー……はい。一応」


 件の彼は食事をしに食堂に向かっていたから……ドアの前で警備をしていた兵が来たのかな?

 この話し方だと、回復したことだけで詳細は伝えていないっぽいな。


「ありがとう。可能だとは思っていたが、しっかりと回復させることが出来るようだね。それで……セリア。君たち二人が来たってことは、その件についてかな?」


 リーゼルは俺から視線をセリアーナに移すと、俺たちが部屋を訪れた用件を訊ねてきた。


「それもあるわ。とりあえず聞いて頂戴」


 リーゼルは「わかった」と即答すると、執務机に向かって行った。


 ◇


 さて、リーゼルは自分の席に着き、そして、俺たちはその机の前に浮いている。

 セリアーナはリーゼルとオーギュストに、先程俺が話した内容をさらに要点を纏めて話しているが、俺はそれに加わらずにセリアーナの後ろで浮いていた。


 そして、何となくリーゼルとオーギュストを眺めていたんだが……それでふと気づいた。

 もう夕食を終えて後は寝るだけだろうに、2人とも戦闘時に鎧の下に着る、厚手の服装になっている。


 船上で落水時に危険だからと鎧は着ないようにしているが、それでもその服なら通常の服よりは多少は防御力が上のはずだし、戦闘には向いているだろう。


 2人揃ってその恰好ってことは……。


「セラ」


「う?」


 リーゼルたちの恰好から、これは今夜来るのか……と考えていると、セリアーナが右手を俺に突き出してきた。

 手のひらを上に向けているし、何かを寄こせってことだろう。


「……これかな?」


【妖精の瞳】を耳から外しながらセリアーナに渡すと、セリアーナは「結構」と一言呟いて、自分の耳に嵌めてすぐに発動した。

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