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 出港してから今日で……10日目くらいかな?

 あまりメリハリのない生活をしているから、いまいち今日が何日目なのかとかが曖昧に……いかんな。

 何だかんだでこの船旅も、一昨日の冒険者たちが賊の毒を発症したことを除けば、特に問題は起きていない。


 まぁ、その一点が大問題と言えばそうなんだが……。


 うーむ……と唸りながら部屋の中を漂っていると、不意にセリアーナが声を上げた。


「セラ」


「うん?」


 振り向くと、彼女の視線は壁に刺さっている。

 リーゼルの部屋か廊下かあるいは……と俺もそちらを見ていると、部屋のドアを叩く音と共に、いつもの護衛の声が部屋に響いた。


「入りなさい」


 セリアーナが許可を出すと、外の彼女はすぐにドアを開けて中に入って来た。

 そして、足早にセリアーナの前へと。


 表情こそいつも通りだけれど……わざわざ部屋に来る辺り、緊急事態かな?

 俺はいそいそと、セリアーナの後ろに回り込んだ。


「失礼します。急ぎ報告することが出来ました」


「ええ。構わないわ。話しなさい」


「はっ。リアーナの兵の1人に、軽くはありますが私共の仲間と似た症状が出ました。恐らく港での戦闘の影響かと思われます」


「あらま」


 昨日の今日ではあるが、やっぱりウチの兵にも出ちゃったか。

 ただ、どうやら症状は軽いらしい。


 発症したのも1人だけらしいし……魔力量の差かな……と、ウチの兵のことを考えている俺を他所に、セリアーナは彼女に向かってさらに続きを促している。


 立て続けに体調不良者が出ているが、幸い船員たちに混乱は見えないらしい。

 港での戦闘を見ているし、中々タフな連中らしいしな。


 他所の船だったらわからなかったが、この船は大丈夫だろう。


 ふむふむ……と、頷きながら聞いていた。


 ◇


「貴女のところの他の3人はどうなの?」


 さて、話は進んで行き、一通り聞き終えてそろそろ終わるというところで、セリアーナは彼女に他の仲間たちの体調はどうかを訊ねた。

 発症してから3日目だったかな?


「……は? はっ。多少は動けるようにはなりましたが、まだまだ全快には程遠く、仮に襲撃を受けたとしても戦闘に参加するのは難しいと思います」


 セリアーナが護衛の体調を気にかけているのが意外だったのか、彼女は一瞬だけキョトンとしたような表情を見せたが、すぐに引き締めるとそう答えた。


「そう……悪化していないのならそれでいいわ。他にはまだ何かあるかしら?」


「今は何も起きていません。甲板にはオーギュスト団長自ら立っています。何か異常があればすぐにでも報告に来るはずです」


「結構。ご苦労だったわね。行っていいわ」


 セリアーナの言葉に彼女は短く答えると、部屋を出て行った。


 何となく彼女が出て行ったドアを見続けること数十秒。

 セリアーナもそちらを見て黙り込んだままだったが、もういいだろうとセリアーナの前に回り込むと、彼女の顔を覗き込んだ。


「話聞いて、何かわかった?」


「とりあえず、船内に体調を崩している者たちがいるという事だけは伝わっているようね」


「うん、そう言ってたね。……漏れたりするのかな?」


「ウチの兵が倒れたのは今日からだし、さほど重くは無いようだけれど、そのままだと体を動かすような作業には参加させられないわね」


「……まぁ、そうだね」


 作業とか言っているが、要は戦闘のことだな。

 陸地で大したことの無い魔物とかが相手なら、多少の不調は無視してでも参加させて問題無いだろうけれど、不慣れな海の上だ。

 無理は禁物だろう。


「【祈り】を試しとく?」


 セリアーナたち曰く、【祈り】は効くかはわからないが、少なくとも悪くはならないだろうってことだし、早いうちに治療を試しておいた方がいい気がするが……。


「……いえ、まだいいわ。夜まで待ちましょう」


「はーい。……大丈夫かな? 色々と」


 まだまだ不調の冒険者に、新たに加わったウチの兵士。

 賊側にその情報が伝わらなくても、先に襲って来た連中と連携していたのだとしたら、効果がどれくらい続くかってのが把握出来ているかもしれないし、そろそろ危うい気がするんだよな。


 だが、気になってそう口にした俺に対して、セリアーナは余裕があるような態度で笑っていた。


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 夜である!


 リーゼルから治療の要請は来ないまま何だかんだでこの時間になってしまったが、夕食も終わり船内は静かになっている。

 一応、船員だったり使用人の目に触れないようにってことで、治療は後回しにしていたんだが、そろそろ俺も動いてもいい頃合いだ。


「それじゃー俺は【祈り】を試しに行って来るけど、セリア様はこのまま部屋にいるのかな? それとも旦那様の部屋に行く?」


 この部屋でも問題無いとは思うが、俺が離れると彼女を守るのは【琥珀の盾】一枚になってしまう。

 それならいっそリーゼルの部屋に行っておけば、そのまま彼とその護衛も加わるし、守りは厚くなるんだが……。


「私はこのまま部屋にいるわ。治療を試したら戻って来なさい」


 まぁ、そう言うだろうな。


「うん、りょーかい。それじゃ、行って来まーす」


 俺は小さく頷きながら答えると、セリアーナに手を振ってドアへと向かった。


 ◇


 部屋を出て廊下をふよふよ進んで行くと、向かい合うそれぞれの部屋のドアの脇に立つ、ウチの兵と護衛の冒険者の姿が目に入った。

 互いに剣は帯びていても鎧は外しているからか、廊下を挟んで互いに向き合っていても、圧迫感というか迫力は感じられないな。


 両者とも船内の警備も仕事に含まれているんだが、発症して体調を崩している者たちがいるし、今はどうしてるのかな?


「副長か」


「セラ様? どうかされましたか?」


 2人はほぼ同時に俺の接近に気付いたのか、こちらを見た。

 ウチの兵の方がちょっと早いのは、俺の移動の仕方に慣れているからかな?


 ともあれ、返事だ。


「お疲れ様ー。今はどんな感じ?」


「私共は、まだ3人とも部屋で臥せっています。悪化はしていませんが、動き回るのは難しいでしょう。そのため、船内の警備はリアーナの皆さんが引き受けてくださっています」


「ほぅほぅ」


 まぁ、そもそも船内の警備はウチの兵の仕事でもあるし、妥当なところではあるな。

 ちらりと向かいのウチの兵士に目をやると、肩を竦めて苦笑している。


「大したことじゃないさ……。ウチの方は、聞いているかもしれないが1人が昼間から臥せっているな。副長が来たのはそれ絡みか?」


「そうそう。別に感染ったりするような物じゃないし、ちょっと様子を見ておこうと思ってね……。お邪魔するよ?」


「ああ。話せないほどじゃないし、症状の説明くらいは出来るはずだ」


 そう言うと彼は、小さくドアを開いて部屋の中を指さした。


「はいはい。それじゃー失礼して……」


 2人に断ると、俺は中へと入ることにした。


 ◇


 部屋に入った俺は、キョロキョロと室内のあちらこちらに目をやった。


 部屋は2段ベッドがいくつも並んで置かれていて、俺たちやリーゼルの部屋に比べると大分窮屈な造りになっている。

 部屋の片隅にはテーブルと椅子が2セットずつ置かれているが、調度品と言えるような物はなくて、何とも殺風景な感じだ。


 んで、その殺風景な部屋のベッドに1人臥せっていた男が、俺の入室に気付いてモゾモゾと体を起こそうとしている。

 顔色なんかはそこまで変わっていないが、動きがノロノロしているし、具合はいまいちっぽいな。


「無理しなくていいよ」


 話を聞かせてもらえばいいだけだし、とりあえずそのまま横になっておいてもらおうと、体を起こす彼に向かってベッドを指しながらそう言った。


「ああ……悪いな」


「具合はどんな感じよ」


「どう言えばいいんだろうな……体全体に力が入らない感じだ。丁度魔力を使い果たした後のような……。原因は団長から聞いているが、魔力を吸収しているんだろう? それが原因かもしれないな」


「なるほど……要は怠いってことだね?」


 この毒は、体内から魔力を吸収して発動するタイプの物らしい。

 元々魔力の少ない彼には、毒の症状に加えて、魔力の欠乏もダメージになっているんだろうな。

 症状はどちらも重くはないようだけれど、どうにも怠そうに見える。


「まあ、そうだな……。それで、副長は何か用か? 感染るような代物じゃ無いそうだが、奥様から離れるのはアンタらしくないな」


「セリア様は心配いらないよ……。それよりも、ちょっと試したいことがあって来たんだ。もしかしたら体調が良くなるかもよ」


 それを聞いた兵士は、体を起こすと「本当か!?」と、こちらを見てきた。

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