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「ウチの兵には発症した者はいないと言っていたでしょう?」


「うん? ……うん。魔力の量がどうのって言ってたね。ウチの兵は強いことは強いけれど、魔法は使わないもんね」


 セリアーナに、護衛の彼女たちに【祈り】を使わなくていいかを訊ねると、何故かウチの兵たちのことを話し始めた。

 とりあえず合わせてみるが……何か関係があるのかな?


「妙な顔をしているけれど……別に難しいことではないわ」


「む」


 俺の様子がおかしいのか、セリアーナは軽く笑いながら話を続けた。


「例の毒物がどれくらいの期間体内に残っているのかはわからないけれど、今は何ともなくても、ウチの兵ももしかしたらこれから発症するかもしれないでしょう?」


「うん? これからって……。あぁ、まだ発症するだけの魔力が毒物に溜まってないってこと?」


 魔法を使わないからといっても、別に魔力がゼロってわけじゃない。

 体内の魔力の量だったり、魔道具だったりと、日常的に魔力を使ったりしているかどうかでも、発症までの差があったりするかもしれないな。


 セリアーナを見ると頷いているし、どうやらその考えは合っている様だ。


「ウチの兵たちもあと数日は様子見をした方がいいわね。お前の【祈り】は多少は魔力が動くけれど……外から作用するし、不味い結果になるとは思わないわ。だから、使用する分には問題無いはずよ」


「……ん?」


 使わないのは【祈り】が何か悪い方に作用するからなんじゃ……?


「少なくとも、海上で発症することを想定していたのなら、簡単には治療出来ない代物のはずよ。毒が治療出来るかもしれないことは、まだ隠しておきなさい」


「……むむむ。まぁ、わかったよ。そう言えば旦那様とか団長は、あの時外に出てたけど大丈夫なのかな? 2人も魔力は結構あるでしょう?」


 今のところ、向かいの部屋で何かが起きている気配は無いし、大丈夫そうではあるけれど……。


「魔力量で発症時期が変わるのなら、4人との差はそうないはずだし今頃向かいの部屋が騒がしくなっているはずよ」


 向かいの部屋はさっき来た2人から報告を受けているはずだが、静かなもんだ。

 セリアーナが言うように、リーゼルたちに異常は表れていないんだろう。


「なるほど……なら、大丈夫そうだね」


「ええ。それに……あの2人のことだし、襲撃があると分かっている以上は、お前の加護ほど強力じゃないでしょうけれど、毒を防げる程度の軽い風の膜を常時張るくらいなら出来るでしょう……フフ」


「ご機嫌だね?」


「そう? ……そうかもしれないわね。今回の毒に関してはよく考えられているわ。私かリーゼルのどちらかが動けなくなっていたら、それだけで兵の動きも制限されるでしょうし、そのまま船が沈められる可能性も高まっていたでしょうね。お前のおかげよ」


 何やら機嫌よく笑うセリアーナを見て、ついついそのことを指摘してしまったが、どうやら思った以上に機嫌が良いようだ。

 セリアーナは、ニヤリ……とたまに見せるおっかない笑みを浮かべている。


「……ぉぅ」


 まぁ、セリアーナの言うこともよくわかる。


 別に狙ってやったわけじゃ無いんだが、面倒くさそうな海上での襲撃の際の仕掛けを、上手く潰すことが出来たんだ。

 俺たちの身の安全こそほぼ確実に確保出来ているが、リーゼルたちを含む他の連中に関しては、相手の狙いを読み切れずにいたから、どうなるかわからなかったもんな。


 それを潰すことが出来たんだ。

 機嫌くらい良くなるかな?


「今日は……もういいわね。明日にでもリーゼルに話しましょう」


 そう言うと【小玉】を浮き上がらせて、寝室へと向かって行った。

 もう寝るつもりなんだろう。

 リビングに置かれた時計を見ると、もう大分いい時間だし寝ること自体には俺も賛成なんだが……【祈り】で治療出来るかもって情報を何故隠すのか……とか聞いておきたかったかな。


「何をしているの?」


 まぁ、今度でいいか。

 俺も眠いし、さっさと寝る用意を済ませよう。


「今行くー」


 俺はセリアーナの言葉に返事をすると、リビングの明かりを消して、寝室へと飛んで行った。


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 護衛たちが体調を崩した報告を受けた翌日、俺たちはリーゼルの部屋に向かい、話をするついでに彼等の体調も確認しておいた。


 どうやら、リーゼルとオーギュストもセリアーナが言っていたように、魔法で風の膜を張っていたらしい。

 そのため、港での戦闘や倉庫を打ち壊していた時も彼等は外に出ていたが、拡散された毒物の影響を防げていた。

 もっとも、【風の衣】ほど何でもかんでも防げているわけじゃないから、完全には防ぐ事は出来なかったかも知れないそうだ。

 まぁ、それで吸っていたとしても微量だし、発症するほどじゃないだろう。


 さて、それはさておき。


 俺たちの前に、2人は昨晩既に聞かされていたようで、割と重要な内容ではあるんだが随分とスムーズに進んだ。

 ちなみに、【祈り】の使用に関してはぎりぎりまで控えた方がいいと、セリアーナと同じ結論になっていたらしく、これからウチの兵にも発症者が出た場合でも、使わなくていいと言われてしまった。


「……いいの?」


「ああ。賊の狙いは船を守る戦力を減らすことと、ついでに病人の世話に人手を取らせることだからね。途中までは上手くいっていると思わせた方がいいだろう。ウチの兵たちなら説明したら理解してくれるよ」


「そんなもんなのかな?」


 上からの命令ってことでその場では納得するかもしれないけど、一応俺の場合同僚でもあるんだよな。

 後々気まずくなったりしないだろうか……?


「ぬぬぬ……」と唸っていると、オーギュストが「心配いらない」と、笑って俺の不安を否定した。

 続いて、隣のセリアーナも笑いながら口を開く。


「お前は一々気にし過ぎなのよ。それじゃあ、リーゼル。事が起きた際には貴方に任せたままでいいのね?」


 どうやらセリアーナはこれで話を終わらせるつもりのようで、纏めにかかった。

 俺としては、もう少し聞きたい気持ちもあるが……まぁいいか。


「もちろんだ。セラ君の弓は借りたままでいいのかな?」


「あぁ……そういえば」


 オーギュストに貸したままだったな。

 大丈夫とは思うが、もし俺たちが船を離脱するような事態になったら【ダンレムの糸】が無いと少々心許ない気がする。

 遠距離の攻撃手段がセリアーナの魔法だけになっちゃうもんな。

 大丈夫だとは思うが、土地勘のない場所ってことを考えると、出来れば離脱する際には引き取っておきたい。


 そう伝えようとしたんだが……。


「ええ、そのままで構わないわ。こちらで必要になるようなら、セラに取りに行かせるわ。いいわね?」


 先にセリアーナに言われてしまった。


 なんというか、余程早く話を終わらせたいような感じだな。

 別に2人と話をしていて不味いようなことは無いと思うし、そんな様子は見せていないんだが……この部屋が問題なのかな?

 部屋付きの使用人は外に出しているし、俺たちだけなのに……。


「……うん」


 少々釈然としないままそう答えると、それを聞いたセリアーナは【小玉】を浮き上がらせた。


「話はこれで終わりね。私たちは部屋に戻らさせて貰うわ」


「ああ、わざわざ済まなかったね。もし何か君たちに報告するようなことが出来たら、その時は使用人を部屋に送るよ」


「ええ。セラ、行きましょう」


「はーい。それじゃあ、旦那様と団長。またね」


 俺は2人に手を振って別れを告げると、既にドアの前まで移動しているセリアーナの後を慌てて追いかけた。


 ◇


 さて、話を終えて部屋に戻ってきたはいいが……ちょっと話の終わらせ方が強引に感じたことを伝えることにした。


「ねー、話ってあんなに簡単でよかったの? もう少し色々聞いたり出来たと思うんだけど……」


「問題無いわ。それに、あまり私たちがあちらに長居すると怪しむ者も出るかもしれないでしょう?」


「……船内に賊の関係者がいるの?」


「どうかしら? ただ、他の船と合流した以上は、その気になればどうとでも連絡は取れるでしょう? 毒で倒れた者がいる……それ以上の情報を船内に広げたくはないのよ」


 明確な敵対行為というよりは、船員同士の情報交換みたいなものを警戒しているのかな?

 他の船の内部に関しては、流石にセリアーナもわからないだろうし、そこからさらに広まるかどうかも分からない。

 気を付けるに越した事はないか。

 どうせ、事が起きたとしても俺たちがやれることなんてほとんど無いしな。


「それもそっかー」……と、気の抜けた声でセリアーナに返事をした。

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