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 中々話始めないなー……と思いながら3人を離れて見ていると、オーギュストが小さく目を動かして周囲を探っていることがわかった。

 そういえばリーゼルたちは昨晩も部屋に来ていないし、この部屋の安全を自分たちでは確かめられていないんだよな。


 ってことで、そのまま見続けること数十秒。

 どうやら満足したのか、オーギュストが口を開いた。


「旦那様、問題はありません」


「ご苦労……。悪かったねセリア」


 そう言うと、リーゼルはこちらをちらりと見て、次いでセリアーナへと視線を移した。


「セラ君がいるから不要だとは思うんだが……押しかけておきながら部屋を探るような真似をして」


「構わないわ。貴方たちもその方が落ち着いて話が出来るでしょう? それで、わざわざどうしたの? 今日は私がそちらに出向くつもりだったのだけれど……」


「ああ、そうだろうと思って、それなら僕らがこちらに来た方がゆっくり話せると思ったんだ。君も、セラ君が確かめた部屋じゃなければ、長居しようとは思わないだろう?」


「……そこまで神経質なつもりは無いけれど、まあいいわ。さっさと話を進めて頂戴」


 セリアーナは、少々強い口調で話を先に進めるようにリーゼルに言ったが……多分図星だったんだろうな。

 口調に反して、ちょっと気まずそうな表情をしているのがここからでもわかる。


 ついでに、それを隠したいのか俺に向かって手招きをしているし……こっち来いってことかな?


「そうしよう」


 リーゼルもセリアーナの様子をわかってはいるんだろうが、しっかりスルーして話題を切り替えた。

 本題に入るっぽいな。


 それじゃあ、俺もあっちに行こうか。


「もう間もなく、先行していた船団と合流が出来るそうなんだ。予定通りだね。その後は補給をせずにマーセナル領まで向かい、到着したら船団を解散。そして、僕らは領地へ……だね。道中何も問題が無ければ20日前後で到着出来るそうだ」


「そう……まあ、そんなものよね」


「こっち来る時もそれくらいだったよね」


 生活スペースからふよふよとやって来た俺は、セリアーナの背中に取り付くと、挨拶も兼ねて適当に会話に交ざることにした。


 リアーナまで大体20日前後か。

 俺が単独で、尚且つ全速力で飛び続けたのなら、その何分の一の時間で帰還することも可能なんだが、まぁ、これでも十分早いよな。


 しかし、これは別に分かっていることだし、わざわざリーゼルが伝えに来るようなことじゃないだろう。

 ここから続きがあるのかな?


「そうだね。船団の構成次第では多少の変更はあるが、王都とマーセナル領を経由する東部までの、船での移動時間は概ねその辺りに落ち着くようになっている」


「……航路のどこかで待ち伏せがあるのかしら?」


「ああ。あるとしたら、丁度どこからの援護も届きにくい、航路の中間あたりと予測しているけれど、襲撃は是非とも早めにあって欲しいね……」


 と、リーゼルは力なく笑っている。


「何かあったのかしら?」


 まぁ……いつまでも警戒し続けるのも面倒だし、さっさと来てくれた方がハッキリしてスッキリするんだけれど、それでも、是非、それも早めにとまで言うなんて、ちょっと気になるな。

 俺もセリアーナの言葉に、彼女の後ろで頷いている。


「船長とも話してみたんだが、この船は問題無いんだ。魔物も海賊も……昨晩のような、正気とは思えないような連中との戦闘にも耐える事は出来るだろうね」


「……そうね。船員もリアーナで経験を積んだ者たちだし、他所の人間よりは気丈な者が多いでしょう」


「そうだね。ただ、船団の他の船はどうだろう。襲撃があるかもしれないことや、仮に仕掛けてくるとしたら、どの様な者たちなのか……。それは合流した際に伝えておく必要があるんだ。そして、その情報は当然船内で共有されることになるだろうけれど」


 リーゼルは、そこで一旦区切って軽く息を吐くと、話を再開した。


「船長曰く、他の船の船員は、魔物やただの賊になら対処は出来ても、あの連中の様な異常者にはどうなるかわからないそうなんだ。良くて船内の暴動で、最悪の場合は、僕たちを排除しようと動くかもしれない」


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「それは困るわね。それでも合流するのでしょう?」


「ああ。あの船団は僕たちが入ることを前提に形成しているから、合流が遅れるのは仕方ないにしても、合流すらしないのは駄目だね」


 俺たちが合流することで、ちょっと船団全体が殺伐とした雰囲気になる。

 それなら、合流しなければいいんじゃないかって思うけれど、リーゼルが言ったように、お貴族様が入ることで、全体の指揮権が統一されるようになっているそうだし、それをしない訳にはいかない……と。


「とは言え……流石に僕たちが船団の中央に入るのは避けた方が、お互いのためにもなるだろう。だから、今回は僕たちは船団の最後尾に入ることに決めたよ。提案は船長だけれど、僕も悪くないと思っている。襲撃を受けるとしたら、陸側かすれ違いざまに仕掛けてくるか……どのみち船団の側面を突く形になるだろうからね」


「妥当な案ね。私も賛成よ」


「ほぅほぅ……」


 リーゼルの言葉にセリアーナが肯定して、ついでに俺も後ろで頷いている。

 それにしても、まだ他の船とは合流していないのに、「決めた」って言い切っちゃえるのは、流石は公爵様。


 確かに後ろから追って来ても、陸地と違って簡単には追いつけないだろう。

 一応、貴族が乗った船が真ん中に入る意味はちゃんとあるんだが、こういう理由でならそれを変えさせても仕方が無いよな。


 しかし……。


「それで? 伝えたいことはそれじゃないんでしょう?」


 そうだよな。


 同行する船団内部で敵対しようと考える者たちが生まれるってことも、船のポジションが最後尾に移るってことも、それなりに大事ではあるが、わざわざこの部屋に来てまで話すようなことじゃない。


 本題とか言っていたが……まだ続きがあるのかな?


「まあ……そうだね」


 リーゼルはそう言うと、「セラ君」と俺の名を呼びながら視線を向けて来た。


「うん? なんでしょう?」


「君の加護に、中に荷を運び入れるものがあったね?」


「ええ、ありますけど……」


 詳細は話していないけれど、リーゼルにも【隠れ家】のことは何となくではあるが伝えてある。

 しかし、このシチュエーションで何か使うようなことってあるかな……?


「今その中には、君とセリアの2人がリアーナまで帰還する間の食糧は入っているかな?」


「……入ってますけど」


【隠れ家】には、保存食や現金はそれなりに保管しているし、俺たちの着替えだって用意している。

 2人で外に放り出されたとしても、リアーナなりゼルキスなりに余裕をもって帰還出来るだろう。


 ……俺たちに別行動をさせたいのかな?


 いまいちリーゼルの言いたいことがわからずに、チラッとセリアーナを見ると、何やら深い溜め息を吐いている。

 そして、顔を上げると口を開いた。


「船を捨てて2人で離脱するような事態があるのかしら?」


「無いとは言えないね。もちろん、そんな事態にはならないようにするつもりだけれど、流石に船を狙われてしまったらどうしようもないだろう? 海賊は積み荷を狙ってくるから船を沈めるようなことはしないけれど、僕たちを狙う賊は違うからね。万が一に備えての確認だよ」


 笑ってこそいるが、言っている内容は中々重たいな。

 セリアーナはどう答えるんだろう?


「そう……。まあ、いいわ。もしその必要が出たのなら、船には拘らずにさっさと離脱させて貰うわ」


 俺の不安を他所に、セリアーナは思ったよりもずっとあっさりと言ってしまった。

 そして、リーゼルはそれを聞いて満足そうに頷いていた。


 ◇


「ねー、アレで良かったの?」


 あの後すぐに話は終わり、俺が口を挟む間もなくリーゼルたちは自室へと戻っていった。

 別に2人がいいのなら俺もそれでいいんだが、大丈夫なのかなって気がしなくもない。


「アレって、私たちが船を離脱することかしら? 良いのよ。仮にも指揮官であるリーゼルが離れるわけにはいかないでしょう?」


「まぁ、そうだけど……」


「戦闘自体はこちらが勝つでしょうし、もし周囲の船に反抗されても、この船を捨てさえしたらリーゼルたちなら制圧することは可能よ。私たちは離脱してからそれを見届けて、近くの街にそのことを伝えさえしたら良いのよ」


「伝令役を期待されているってこと?」


「そうよ。私たちを守りながらよりも、先に帰還させておいた方が楽に動けるでしょうしね。そういった事態は避けたいし、そもそも起きるかどうかも分からないけれどね」


 そして、セリアーナの「お前が心配することでは無いわ」の言葉で、この話題は締めくくられた。

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