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隣の生活スペースに移ると、セリアーナがベルを使って使用人を部屋に呼んでいた。
「お前の朝食を運ばせるわ。もう少し遅く起きると思ったけれど、早かったわね」
「あ、そうなの? 今は何時くらいなんだろう……?」
頭も体もスッキリしているし、熟睡したつもりなんだが、朝食を運ばせるってことはまだ昼には遠いってことだよな?
時計は……どこだっけ?
「10時を少し回ったところね」
時計を探してキョロキョロしていると、セリアーナがさらに奥の入り口近くの壁を指しながら答えた。
「ぉぉ……早い!?」
昨晩寝たのが何時だったかはわからないから、一体何時間寝たのかはわからないが、この体の快調さを考えると相当深く眠ったんだろう。
街への道中や街に入ってからの戦闘での疲労が影響していたのかもしれないな。
やはり程よい運動は大事なんだろうか?
そう感心していると、セリアーナが呆れたような声で続けてきた。
「……早くはないわね。お前が起きる直前に、船内で航行の合図に使う鐘が鳴ったし、その音で目を覚ましたんじゃないかしら?」
「航行……あぁ、もう船は出発してるんだよね。他の船とはもう合流したのかな?」
「まだよ。今日の昼頃には合流する予定らしいけれど……やはり、昨晩の遅れが響いているようね。幸い救助者の引き渡しで問題が起きるような事は無かったけれど、その分時間がかかってしまったし、仕方が無いことよ」
そうして、セリアーナは苦笑を浮かべている。
「あらら……。まぁ、そんなこともあるよね」
結局、あれから出発までどれくらい時間がかかったのかはわからないが、朝の合流予定からは色々ズレてしまっていたようだ。
とは言え、何か問題が起きてってわけじゃないし、そこは気にしなくていいんだろう。
何はともあれ、ようやくまともに出発できたわけだ。
俺はそのことにホッとして肩の力を抜いていると、その様子を見たセリアーナが口を開いた。
「さて……と、セラ。食事が運ばれてくる前に、お前は着替えを済ませておきなさい」
「む……?」
セリアーナの言葉に、自分の恰好を見直してみると……寝巻だな。
そりゃ、着替えていないし当たり前か。
別に俺の恰好を今更気にする必要もない気もするが……船員や使用人に寝巻の女って印象を持たれるのもなんだし、ちょっとは取り繕うか。
船に乗った昨晩は、碌に顔を合わせる間もなく下がらせたし、実質今日が初日みたいなもんだもんな。
「りょーかい。それじゃ、ちょっと着替えてくるね」
セリアーナの言葉に頷くと、俺は就寝スペースへと引き返すことにした。
朝食が運ばれる前に、さっさと着替えてしまおう!
◇
朝食を終えた俺は、腹ごなしも兼ねて部屋の中を漂っていたが、ふと窓の外が気になり眺めることにした。
しばらく窓に張り付いていたのだが、俺と違って、セリアーナはその俺の様子が気になったのか声をかけてきた。
「何か面白い物でも見えて?」
「んー? いや、むしろ何も無いなって思って……。もう少しすれ違う船とか、陸地で川沿いに移動している人たちとか居たような気がしたんだけど、何も無いよ? こんなもんだっけ? それともこの時間がそうなのかな?」
今俺は【妖精の瞳】も発動しているから、陸地まで距離はあっても人がいるかどうかはある程度は見えている。
この辺の空や地上を移動したことは無いが、川沿いに街道が敷かれているはずだし、誰か歩いていてもおかしくはないと思うんだけどな……。
「陸地を移動する者が少ないのは、時間的なものじゃないかしら? 昼をまわりでもしたら狩りに出ている者だったり、近隣の村へ移動する者だったりも通るはずよ。船は……どうなのかしら? 昨晩の港の件は今頃はもう周辺にも伝わっているはずだし、今日は運航を見合わせるんじゃないかしら?」
「あぁ……船の残骸とかで港がまだ使えなかったりするのかな?」
「そうかも知れないわね」
港の一件は、事が起きたのは辺りが真っ暗な夜遅くだ。
港の倉庫の火事は、オーギュストが【ダンレムの糸】を使って処理したが、川の方は船の残骸やら何やらがまだまだ残っているはずだし、いざ港に到着しても、船着き場が利用出来ない……なんてことが無いとは言えない。
事前に知らされていたのなら、ある程度片付けが進む時刻まで、到着を遅らせるように出発時間を調整するだろう。
「なるほどなー……」
色々あったからちょっと俺も神経質になっていたのかもしれない。
気を抜くのもダメだが、気にしすぎもダメだよな。
程々に気を付けよう……そう決めて、俺は窓から離れてセリアーナの向かいの席へ戻っていった。
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朝食を食べた後はしばらく部屋の中を漂ったりしていたが、特にやる事も無く、セリアーナに倣って俺も座って本を読んだりしていた。
そして、時間が経ったら昼食を食べて……ゴロゴロと。
乗船してそうそうに普段以上にだらけてしまっているが、よくよく考えると船旅ってそんなもんだよな?
昨晩リーゼルたちがしていた話の内容を、彼から直接確認したりとか、やることが全く無いってことは無いんだが、セリアーナが何も言わないあたり、別に急ぐような事でもなさそうだ。
この船は、今はまだ川を航行している。
海と違って波も立っていないし、俺が【浮き玉】から降りていても、転がってしまうようなことは無いだろう。
……しばらくはこのままダラダラしておこうかね?
そう決めてソファーに寝転がると、再び読書を開始した。
◇
「セラ」
「うん?」
寝転がりながら本を読み進めていたが、ふとセリアーナに名を呼ばれてそちらを見ると、セリアーナは読んでいた本を閉じてドアを指さしている。
「……お客さんかな?」
使用人には、こちらから呼ばない限り来ないようにって言っているから、わざわざこちらに来ることは無いだろう。
護衛の彼女たちにもそう伝えているし、彼女たちも何も無ければ来ることは無いはずだ。
ってことは、リーゼル関連だよな?
それなら。
「開けに行こうかね……」
例によってドアを開けに行こうかと体を起こしたんだが……。
「必要ないわ。そのまま座っておきなさい」
セリアーナに止められてしまった。
「ぬ?」
開けなくていいのかな……と首を傾げつつ、セリアーナの言葉の続きを待っているが、彼女はそれを無視して立ち上がると、本を棚に戻しに行ってしまった。
さて、どうしようか。
「ふぬぬ……とりあえず」
誰かが部屋に来るのは間違いなさそうだし、とりあえず廊下を見てみるかね。
俺は目に気合いを込めると、壁越しに廊下の様子を探ることにした。
「んー……」
今のところ、誰も近付いてくる様子は無いけれど……セリアーナはいったい何を見たんだろう?
「ねー、セリア様……おや?」
セリアーナに誰が来るのかを訊ねようとヘビたちに廊下を任せておいて、俺はセリアーナの方を見たんだが、彼女はこちらには戻ってこずに、応接スペースにある執務机に向うとそのまま座ってしまった。
どういうことだろう……と、もう一度訊ねようとしたんだが。
「お前はそのままでいいわよ」
俺が口に出すよりも先に、セリアーナから指示が出た。
そして、それとほぼ同時にヘビたちが廊下に出てきた者たちを捉えた。
「む……ぬ? って、あれ? 旦那様たち?」
こちらの部屋に向かってきているのは、リーゼルとオーギュストだ。
一応他にもウチの兵たちも付いているが、彼等は部屋には入らずに廊下で待機するはずだ。
部屋に入って来るのは、2人だけだな。
しかし、セリアーナがここまでする相手なんてリーゼルくらいだし、少しは予想は出来ていたんだが……何でこっちに来たんだろう。
まぁ……今日は今後のスケジュールを聞くために、彼の部屋に話をしに行くつもりだったんだが、その手間が省けたと思えばいいのかな?
そう納得していると、ドアをノックする音が部屋に響いた。
◇
部屋に入って来たのは、やはりリーゼルとオーギュストの2人で、彼等は今応接スペースのソファーに座っている。
特に何かを持って来てもいないし、ただ話をしに来ただけっぽいな。
そして、セリアーナは先程から変わらずに執務机に着いたままだ。
このままそこで話をするつもりなんだろう。
この、同じ机を囲む時とそうでない時の違いってのは何なんだろう……。
その時の気分ってことは流石に無いだろうし、何か基準があると思うんだよな。
予定にない訪問とか、そんな場合かな?
ちなみに、俺はそちらには合流せずに、生活スペースのソファーの上で座ったままでいる。
何か用があれば呼ばれるはずなんだが、2人が部屋に入ってきてからも何も言われないし、何となくそのままなんだよな。
……俺も向こうに行った方がいいのかな?
等と、どうでもいい事を考えながら、なかなか話を始めない3人を眺めていた。
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