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 オーギュストのデカい1発の後は、しばらく大きな揺れが続いた。

【ダンレムの糸】は1発だけだったが、揺れが収まる前に、細かい魔法でも撃っていたのかもしれない。


 とは言え、部屋まで響くような大きな音はしていなかったし、揺れも徐々に弱まっていき、そして……。


「揺れが収まったね。終わったのかな?」


 さらに10分ほど経った頃、完全に揺れは収まっていた。


 大っぴらにセリアーナに聞くことが出来ないから、外の状況がよくわからないんだよな。

 相変わらずリーダーは窓の外を見張っているし、もう1人はセリアーナの背後を守っているし……護衛の彼女たちの様子も変わらないから、どうなってんだか。


 まずは向かい浮いているセリアーナに顔を向けたが、本を読んでいるフリをしたまま「どうかしらね……」と、気の無い様子で呟いただけだった。


 まぁ、ハッキリとは言いにくいってだけなんだろうけれど、全く何の参考にもならなかった。

 周りに人がいる状況で、セリアーナに情報を聞くのは駄目だな。


 それなら……と、セリアーナの後ろにいる護衛に視線を向けると、それに気付いた彼女は、視線を俺の頭の上を越えて窓辺のリーダーに向けている。

 それを追って、俺も後ろに頭を向けると、こちらを見ているリーダーと目が合った。


 何やら考え込むような素振りを見せているが、体ごとこちらを向いているし、もう窓の外をそれほど気にしていないようだ。


 やっぱり外の戦闘は終わったのかな?


 リーダーの顔をそのままじーっと見ていると、彼女は小さく頷いて、「セラ様」と口を開いた。


「まだ戦闘の気配は残っていますし、続いているはずです。ですが、もうほぼ形勢は決まっているはずです。恐らく先程のオーギュスト団長の一撃で賊の半数以上を減らせているはずですし、分断も出来ているはずです。その後に続いた魔法の連射は、逃がさないように賊の行動を制限するためのものでしょう」


「……ほぅ?」


 接近してきた賊に、オーギュストがドカンとやったってのは何となく想像がつくが、逃がさないために魔法で賊の行動を制限か……。

 冒険者の2人はあくまで援護がどうのって話をしていたし、それのことかな?


「船に取り付かせずに、逃げもさせない……魔法で牽制しながら賊を動かして、そちらの兵たちが弓か槍で仕留めているはずです。オーギュスト団長が後方に回っているのも大きいですね。あの恩恵品は短時間での連射は不可能なようですが、賊にはそれはわからないでしょう。下手に船から離れたらまた撃たれると思うでしょうし……なにか隠し札でもない限りは詰みでしょう」


 ウチの兵は魔物相手が基本だし、魔法を使えない連中でも弓だったり投げ槍だったり色々出来るからな……。

 隠し札があるのかどうかはわからないけれど、甲板の上から一方的に攻撃を続けるだけだろうし、何事もなく片付きそうだな。


「なるほどねー。そりゃ、賊からしたらもうどうしようもないか。ありがとね」


 俺はリーダーに礼を言って話を終えた。


 ◇


 リーダーからの解説が終わってさらに10分ほど経った頃。

 部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 ちなみに、この部屋だけじゃなくて向かいのリーゼルの部屋にもだ。


 特に慌てた様子もなく、落ち着いた足取りで通路を歩いてきていたし、緊急事態ってわけじゃ無いんだろう。

 戦闘終了のお知らせかな?


 それじゃぁ……っと、ドアまで行こうとしたところ。


「私が出ます」


「ええ、お願い」


 俺より先に向かいに立つ彼女がドアへと向かって行った。

 何となくドアを開けるのは俺の仕事ってイメージが自分でもあるんだが、まぁ……彼女は護衛だし、訪問者の対応も仕事のうちではあるか。


 少々手持ち無沙汰な気分になりながらも、そう納得してドアに向かって行った彼女を眺めていると、向かいのセリアーナが小声で呟いた。


「終わったようね」


 その声に彼女に顔を向けると、本を閉じて顔を上げている。


「あ、やっぱり?」


「ええ。後は救助をどうするか……かしら? 船を止めるのか、それともそのままにするか……。まあ、そこはリーゼルが決めることね」


 セリアーナは、そう言うと「ふう」と小さく溜め息を吐きながら、肩を竦めていた。


 流石に今度こそもう何も無いような気がするが、それでも中々出発……とはならないのが面倒だな。


 俺もセリアーナに倣って、小さく溜め息を吐いた。


1111


 戦闘終了の報告を伝令から受けていた彼女が、報告を聞き終えて戻ってきた。

 彼女が報告を受けている間に、向かいのリーゼルの部屋に何人か入っていたが……これから何か話し合いでもあるのかもしれないな。


「セリアーナ様、よろしいでしょうか?」


「構わないわ。なんと言っていたの?」


「はい。外の戦闘は無事終了しました。船員にも兵にも被害はないそうです。ただ、上流での事故で流れてきた者たちを、港からの迎えが来るまで一時的にこの船に収容するそうです。人数は少なく、時間はさほどかからないようですが、それまでこの場に錨を下ろすようです」


「そう。まあ、仕方が無いわね」


 一時的にとはいえ、結局船を止めちゃうのか……と思ったのだが、セリアーナは納得しているようで頷いていた。

 ただ、それで報告は終わりなのかというとそうではなくて、まだ続きがあるようだ。


「それと……その件の報告も含めて、リーゼル様の部屋でオーギュスト団長が今後の予定について話をするので、こちら側からも参加して欲しいとのことです。どうされますか?」


「私たちは予定に特に口を挟むような事は無いわ。そうよね? セラ」


「ほ? う……うん、そうだね」


 唐突に話を振られて、少々間の抜けた返事をしてしまったが、まぁ……セリアーナが言うように、俺もセリアーナも参加したところで特に何かを言うようなことは無いだろう。


 ってことで、参加して欲しいとは言われたが、俺たちは不参加なのかな……と、セリアーナを見れば、何やら護衛の2人に視線を向けていた。


「私たちには必要ないけれど、貴女たちには必要かもしれないわね。2人で行って来なさい。戦闘も終了したしここでの護衛も必要無いでしょう?」


「それは……そうですが」


 彼女はセリアーナの言葉に返事を詰まらせると、リーダーの方に視線を向けた。

 その視線を受けて、リーダーも少々困った様な表情を浮かべている。


 いくら戦闘が終了したとはいえ、船の周囲から完全に賊がいなくなったとは彼女たちじゃ断言できないし、迎えの船が来るまでの間とはいえ、身元が定かではない者を船に乗せることになるわけだ。

 いくらセリアーナの言葉とは言え、護衛って立場を考えたら、セリアーナから離れたくないだろうし、簡単には頷けないよな。


 ってことで、リーダーに判断を任せるつもりなんだろう。


 ところで……全く関係無いことではあるが、勝手に俺はリーダーと頭の中で呼んでいたが、本当にリーダーっぽいな。

 護衛の4人の名前は聞いていないけれど、リーダーである彼女の名前だけでも聞いておこうかな?

 まぁ、それは後でいいか。


 どうするのかな……と、リーダーの顔を見ていたが、どうやら考えがまとまったらしく、口を開いた。


「わかりました。それでは、私たちは部屋を離れますが、安全のために窓辺に近寄らないようにして頂けますか? それと、万が一の際には声を上げていただければ、すぐに駆け付けます。その際に、返事を待たずに踏み込むかもしれませんが、よろしいでしょうか? それと……」


 セリアーナを残したまま部屋から離れるのが不安なのか、真剣な面持ちでいくつかの注意事項を挙げてきた。

 その様子にセリアーナは苦笑しつつも頷いている。


「ええ、どれも了解したわ。こちらのことは気にせず行って来なさい。オーギュストたちも待っているわよ?」


「……はっ。それでは。行くわよ」


「ええ」


 セリアーナの言葉に、2人は互いに目を合わせてそう言うと、足早に部屋を出て行った。


 ◇


 護衛の2人が部屋を出て行き、向かいの部屋に入ってから1分ほどが経った。


「ふう……。セラ、貸しなさい」


 セリアーナは大きく息を吐くと、右手を出してきた。

 相変わらず言葉が足りない気もするが、これが欲しいんだろうな。


「はいはい」


 俺は短く返事をしながら【妖精の瞳】を解除すると、耳から外してセリアーナへと手渡した。

 受け取ったセリアーナは、手慣れた様子で耳に着けるなり発動して、ついでに目も閉じて周囲の索敵を開始した。


 少なくとも、俺がここから見える範囲では特に怪しい物は見当たらなかったけれど、セリアーナだったらどうなるかな?

 折角終わったみたいだし、何事も無いといいんだけれど……。

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