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1108 side 甲板の人々 その2


「……我々は疎まれているのでしょうか?」


 オーギュスト団長の突き放すような態度が気になったんだろう。

 離れていくオーギュストを見ながら、もう1人の冒険者が、いつの間にか背後に来ていたリアーナの兵士に、そっと小声で訊ねた。


「疎んでいるわけじゃないが、領主夫妻やミュラー家のお嬢様を抱えた状態で慣れない場所で戦うんだ。人間性はともかく、能力面で信用出来ない者に戦闘は任せられないな。団長はアンタらの恰好を理由にしたが……実際のところはそこだろうな」


 兵士はそう言うと、甲板の縁に向かって歩き始めた。

 彼女たちもその後ろをついて歩いて行くが、兵士の言葉に納得出来ないのか、不満げな表情を隠そうとしない。


「失礼ですが、我々は腕では引けを取っているつもりは無いのですが……」


「リアーナは、騎士団も冒険者も人間より魔物を相手にすることを想定しているし、アンタたちとは根本的な考えの違いがあるんだよ。まあ……アンタら本来は奥様の護衛なんだ。道中は副長がいるからいまいち働けていなかったんだろうが、ウチの奥様は使えないって判断したら、追加の依頼をするような人間じゃねぇよ。それで十分だろう?」


「…………ええ」


「それよりも仕事だ。団長の船が下りたら合図を出す。そうしたら、向こうの救助待ちの連中の先頭に向けて、照明の魔法を撃ってくれ。それで賊との区別がつくはずだ。その後は俺たちがやる。不満かもしれないが……堪えてくれよ?」


「仕方が無いですね。残念ながら、我々がこの戦闘に加われない理由はわかりました」


 宥めるような兵士の言葉に、彼女は嘆息しながらそう答える。

 兵士はその様子に安心して肩の力を緩めていたが、何か大きな物が水に落ちるような音を聞くと、表情を引き締めた。


「団長が下りたようだな。俺たちも位置につこう」


「……わかりました」


 冒険者の2人はそう答えると、顔を見合わせて仕方が無いと一つ溜息を吐いて、前を歩く兵士の後ろを追って行った。


 ◇


 船上からところ変わって、水面に下りた舟の上。

 オーギュストと操船をする船員の2人が乗る舟は、賊の視界に入らないように元の船の陰に隠れている。

 まだロープで繋がれたままで、自分で漕がずに船に引かれているため、余計な波も立っておらず、まず気付かれることは無いだろう。


「うん? ああ……オーギュスト様、船上から照明の魔法が撃たれていますよ。そろそろ行きますか?」


 周囲の索敵を行っているオーギュストの代わりに、甲板の様子を窺っていた船員が甲板の動きに気付き、オーギュストに報告をした。


「そうだな……そろそろ頃合いだ。あの魔法や賊が手にしている松明の範囲に入らないように、外に膨らみながら行ってくれ」


「わかりました」


 船員はそう言うと、静かにオールを漕ぎ始めた。


 ◇


 そして、漕ぐこと数分。

 丁度、賊とリーゼルたちが乗る船の中間程の位置に来たところで、オーギュストから舟を止めるように指示が出た。


「舟の向きはこれで構いませんか?」


 彼の視線の先には、船を目指す賊の集団がいる。


 これまで盾代わりにしていた救助待ちの連中は、既に救助を待つよりも賊から離れるために、手前の岸への移動を開始していた。

 そのため、救助待ちの一団と賊とで完全に分離している上に、上からの照明の魔法の効果もあって、見分けることも容易になっている。


「ああ、構わない。私が矢を放った後はすぐに船を目指してくれ。間延びしていて一射で全滅させることは出来ないが、上からも仕掛けるだろうからこちらを狙う余裕は無いはずだ」


 それだけ言うと、オーギュストは大きく足を開き、矢を放つ構えを取った。

【ダンレムの糸】は発動と同時に光を放つため、まだ発動していないが、先程港で何度も射ってきた感覚が残っている。

 発動からの即発射でも、狙い通りに撃てるだろう。


 オーギュストはその構えのまま賊を睨み続けていたが、賊の先頭が船までもう僅かの距離に到達したところで、【ダンレムの糸】を発動した。


「揺れるぞ」


 そして、一言だけ船員に告げると、縦に間延びした賊の列目掛けて、矢を放った。


1109


 戦闘が開始してからどれくらい経ったかな?

 そんなに経っているとは思わないんだが……時折、「ドカン」とか「パーン」とかの、何かが破裂するような音が微かに聞こえてくるが、特に船が揺れたりするようなことも無かった。


 もっとも、俺もセリアーナも浮いているから、船がひっくり返るレベルの揺れでもない限り、何の問題も無いんだが……ともあれ、警戒具合の割には何とも静かな時間が過ぎていた。


 ただ、そんな中ふと外の様子に変化が出た事に気付いた。


「何か魔法の間隔が短くなった?」


 先程までは魔法は間を置いて放たれていたにもかかわらず、今はほぼ間髪入れずに音が聞こえてくる。

 確か、救助待ちで川を漂っている連中を巻き込まないように気を付けながら、少し離れた位置を狙っていたはずなんだけれど、何か変化が出たのかな?


「全体を見れたわけではありませんが、甲板から救助や避難につかうための小型船が下ろされたのを確認出来ました。先程まで上から垂らされたロープに繋いで、この船に曳かれていましたが、そのロープを切り離していますね……。そちらの団長殿が仕掛けるつもりなのかもしれません」


「ぬ」


 窓辺に立つリーダーが、今の状況の推測を伝えてきた。


「ってことは、そろそろ……」


 オーギュストが動いたってことは【ダンレムの糸】でドカンと行くのかな……と言おうとしたそのタイミングで……。


「っ!?」


 弾けるようなバカでかい音が、船の後方……俺たちの部屋がある反対側の方だな。

 ともかく、バカでかい音がそちら側から聞こえてきて、慌ててそちらを見た。


 さらに、今まで俺に返事をする時ですら、体は窓の外を向いたままで顔だけ軽く向ける程度だったリーダーも、流石に今の音には驚いたのか、体ごと音がした方を向いている。


「おおぉぉぉ…………これってやっぱ団長が弓を撃ったんだよね? すごい音したけど……」


 ダンジョンの壁とか地面に撃ったことはあっても、水面に向けて撃った事は無かったからな……。

 あんな音がするのかな?


「恐らく矢が水面に直撃したのでしょう。相当な水柱が上がっているはずですし、水面は大分荒れるはずです。すぐに揺れが来るかもしれません。お2人は大丈夫だと思いますが、気を付けてください」


 俺の言葉に答えるリーダー。

 程なくして、ゆっくり大きく船全体が揺れ始めた。


「……ぉぉぉ」


 リーダーが言うように、浮いている俺たちには関係無いが、部屋の中の色んな物が傾いたり滑ったりしている。


 この部屋の家具は、地上と違って元々揺れることが前提の船の中に設置されているわけだし、揺れ程度じゃ落下したり倒れたりはしないようになっているが、それでも部屋のあちらこちらから色んな音が聞こえてくると、中々どうして。


「ねーセリア様、これ大丈夫?」


「連続で撃つ事は出来ないでしょう? 一度だけなら大丈夫よ」


 セリアーナは、音や揺れにも我関せずといった感じで本に目を落としていたし、適当に流されるかと思ったが、本を閉じて顔を上げるとそう答えた。

 まぁ……別に本を読んでいたわけじゃ無くて、周囲の索敵をするために本を読んでいるフリをしていただけだし、ちゃんと用があれば応えてくれるか。


「それもそう……かな?」


 確かにセリアーナが言うように、単発だけならこの船なら大丈夫か。

 小船は……どうだろうな?

 オーギュストならそう無茶なことはしないだろうけれど、救助待ちの連中は大丈夫かな?


 等と、外の状況を気にしている俺を他所に、セリアーナの話はまだ続きがあるらしい。

 リーダーに視線を向けると、話を続けた。


「それよりも、そろそろ片が付く頃だと思うけれど、貴女たちはここにいて大丈夫なの?」


「ええ……。甲板の戦闘では私たちがやれることは無いはずです。やる事といえば、精々リアーナの兵士の仕事の補助でしょう。それならあの2人だけで充分ですし、私たちはこのままここで万が一に備えておくべきかと思います。構いませんか?」


「そう? 貴女たちがそれでいいのなら、私は構わないわ」


 セリアーナはそう言うと、話は終わりだとばかりに、閉じていた本を開いて再び読書の姿勢へと戻っていった。


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