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「ん?」
場所を移動してすぐに、何やらリーダーがチョイチョイっと手を動かして、何かの指示を出しているのがわかった。
彼女は今、こちら側のスペースにある窓から外を見ていたんだが……何か見つけたのかな?
どうかしたのかと訊ねようとしたが、その前に護衛が口を開いた。
今のハンドサインは彼女への合図だったみたいだな。
「セリアーナ様」
「襲撃ね」
「はい。少々揺れが起きるかもしれません。私もこちらで待機しますがよろしいでしょうか?」
「ええ。お願いするわ」
彼女はそう言うと、窓とは反対の通路側の壁へと移動していった。
先程まではもう一つ向こうのスペースの壁側に立っていたが、こちらの生活スペース側に留まるようだ。
これで、窓側のリーダーと合わせて、俺たちの両サイドを守られていることになった。
船の外からの攻撃も、どうにかして船内に入り込めたとしても、そう簡単には俺たちに攻撃は届かないだろう。
等と考えているその時。
「……おや?」
微かにだが、部屋の棚の上に置かれた調度品等がカタカタと小さく揺れていることに気付いた。
先程まではそんなことは無かったんだが……外側から何か力でも加わったんだろう。
……ってことは?
「始まったようね」
「みたいだね」
どうやら戦闘が始まったらしい。
音はまだ聞こえてこないが、船が揺れる程度の魔法は使われているようだ。
2人が側にいるから、セリアーナからどんな状況なのかを聞き出すことは出来ないし、ちょっと外の様子が気になるな。
だからと言って、外に見に行くわけにもいかないし、窓辺に張り付くのも邪魔になるだろうし……よし。
「ねーねー」
外を見ていたリーダーは、俺の声に振り向いた。
「どうされました? セラ様」
「あ、そのままでいいよ。今さ、外ってどんな風になってるのかな?」
「はっ……。上流で起きた事故の救助に備えて船足を落としています。ただ、まだその救助対象はいないようで、救助艇を下ろしたりはしていないようです」
「ほぅほぅ……」
「それと、ここからでは全てが見えるわけではありませんが、明らかに転覆船や破材とは違う物に、火を持った者が乗っているのは見えました。先程の振動はそれに対して撃ち込んだ魔法の余波でしょう。威力を考えたらもう少し揺れが大きくてもおかしくはないのですが、救助待ちの者から離れた場所に撃ち込んだのかもしれません」
賊の襲撃が起きているのは確かなんだろうけれど、どうやら船から落ちた者たちの側から突っ込んできているようで、直撃は狙えていないみたいだ。
確かに、救助を見送るだけならともかく、止めを刺しちゃいくら何でもダメすぎるよな。
「そっかぁ……。船まで来そうかな?」
離れた場所に撃ち込んだ理由は理解出来たが、それだと牽制にはなってもダメージにはならないよな?
倒す事は難しいし、このままなら船に取り付かれて、乗り込まれるかもしれない。
まぁ……賊程度に後れを取るウチの兵たちじゃないとは思うけれど……。
「このまま何もしなければそうなるでしょうが……恐らくオーギュスト団長が手を打つはずです。私たちに指示を出した際には詳細までは聞かされませんでしたが、自分が対処するとおっしゃっていましたし、心配いりませんよ」
「……ほぅ」
別に心配しているわけじゃ無いんだが……彼女が言うようにオーギュストが何とかするってんなら多分大丈夫なんだろう。
向かいに座るセリアーナを見ると、今の俺たちの話には興味が無いような顔で本を読んでいる。
ただ、時折数秒目を閉じている時間があるし、恐らく加護を使って船の周囲を探っているんだろう。
今の話の間も何度か小さく船が揺れているが、それでもセリアーナが何も言っていないし……今のところはこのままで大丈夫なんだろうな。
それじゃー、とりあえず俺もこのままここで大人しくしておこうかな?
「そっかーわかったよ。ありがとうね」
「いえ、問題ありません。もし、万が一この船に火災が起きたり沈没するような事態が起きた場合は、私がこの窓を破りますので、お2人で退避してください」
「お……ぉぅ。了解」
窓をコンと軽く叩きながら物騒な事を伝えてきたリーダーに、少々驚きつつ返事をした。
1107 side 甲板の人々
リアーナ一行が乗る船が出港してから間もなく、港での火災から避難していた小型船が帰港を開始した。
もちろん、各々が勝手に行動するのではなくて、陸地からの信号に従って順番を守って動いてはいるが、緊急事態……それも夜に、あれだけの数で一斉に動いた経験はなかったのだろう。
対岸から移動を開始する船や反転しようとする船なども出ていて、その船たちが一箇所に固まっていたりもしたりと、オーギュストのような船の航法の素人でもわかるくらい、ぎこちないものだった。
そこを賊に突かれてしまったのだろう。
その固まりになった所へ、明らかに衝突することを狙ったような速度の船が突っ込んでいき、結果複数の船が一度に衝突と転覆を起こして、今のこの状況になっている。
◇
「どうだ、見えるか?」
甲板後部の縁から数歩離れた場所に控えているオーギュストが、前に立つ兵士に向かって声をかけた。
リアーナの騎士団の兵だが、武器は手にしているが鎧は身にまとっていない。
彼だけでなくて、オーギュストを始めとしたリアーナの兵みなだ。
「……はい。相変わらず救助待ちの連中の側から離れようとしません。連中も側にいるのが我々を狙っている者だと分かっているだろうし、こちらと合わせて距離を取るなりしてくれたら随分やりやすいんですがね」
「フッ……無理を言うな。彼等はただの商業ギルドや港の職員に過ぎない。昼間に浅瀬での魔物退治ならまだしも、この状況での戦闘参加など出来ないさ」
オーギュストは、苦笑を浮かべながら兵の報告に答えている。
「それもそうですね。とは言え、このままズルズル引きずっていくことになっても、厄介じゃありませんか? 賊が纏わりついているから、他が助けようにも近寄れないでしょうし……」
「問題無い。連中だって賊が側にいたら巻き込まれかねないことはわかっているだろうし、我々の救助を待つよりも、近い向こう岸を目指して移動して、賊から距離を取ろうとしている。分裂するのは時間の問題だ」
「なるほど。そこを団長が仕留めるんですね?」
そう言うと、彼は甲板の脇に置かれた、救助や運搬用の小型船に目を向けた。
オーギュストもそちらを見ると、胸元を軽く押さえながら言葉を続ける。
「ああ。完全に分かれて、盾として使えなくなってしまう前に賊はこちらに仕掛けてくるだろう。だが、速度差もあるし横から見たら必ず間延びするはずだ。そこに私が矢を撃ち込む。流石に全滅はさせられないだろうから、生き残りはお前たちに任せるぞ?」
「ええ……任せてください。それより、奥様が雇った護衛はあのままでいいんですか?」
彼は船から視線を切ると、今度は後部甲板の隅にいる2人の護衛の冒険者に目を向けた。
彼女たちはあの場から牽制に魔法を撃ちこみつつ、船の両側から接近する者を見逃さないように、照明の魔法も放っている。
ただ、彼女たちはリアーナの兵と違って、鎧を身に着けたままだ。
「ああ、十分だ。奥様の許可が出ているとはいえ、あまり働かせすぎるのも問題だろう? それにあの恰好だ。まあ……彼女らは道中での出番が無かったから、ここで挽回しておきたいと考えるかもしれないが、もし参戦しようとしても、抑えてくれ」
「はっ」
苦笑しつつ、彼はオーギュストに返事をした。
◇
さらに10分ほど時間が経った。
相変わらず、賊は救助待ちの一団の側にまとわりついている。
だが、当初は船の真後ろにいた一団も、賊を警戒して徐々に岸近くへと移動をしていて、船との距離が離れつつあった。
「君たち」
オーギュストは前に出ると、冒険者2人を呼び寄せた。
散発的に放っていた魔法を止めると、彼女たちはオーギュストの前へとやって来る。
「そろそろ賊に動きが出るはずだ。私が下に降りて矢を撃ち込む。部下たちが止めを刺すが……君たちはその援護と、取り付こうとする者がいないかを見張っていてくれ」
そして、2人に指示を出すが……。
「……何か不満でもあるか?」
「いえ……。ただ、私たちも戦闘に参加出来ますが、必要ありませんか?」
「少なくとも、水上の戦闘に鎧を着けた者を参加させるわけにはいかないな。下がって援護に努めてくれ」
オーギュストは不満そうな2人にそれだけ言い放つと、小型船を下ろす作業をしている船員のもとに歩いて行った。
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