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「それでは、そのように……」
どういう手順で船に向かうかの話をしていた2人だが、それも終わり、そろそろまたオーギュストは倉庫の方に向かうのかな……と思ったのだが、馬車から離れずに「セラ殿」と何故か俺の名を呼んだ。
このタイミングで俺に用が何かあるとも思えないんだが……なんだろう?
「どしたの? またどこか見て来る?」
俺に頼むとしたらこれくらいだよな?
そう思いオーギュストに顔を向けると、一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに「フッ」と笑い、右手を閉じたままこちらに差し出した。
「借りていた恩恵品だ。お陰で随分早く処理することが出来たよ。賊連中が、我々があの倉庫の処理を最後まで見届けることを想定していたとしたら、その予定を大幅に狂わせることが出来たはずだ」
「あぁ……弓ね」
確かに倉庫を壊し終えた以上、【ダンレムの糸】をオーギュストが持っていても使わないし、報告ついでに返しに来たのか。
それじゃー受け取ろうと、俺も手を伸ばしたが……。
「う?」
その手をセリアーナが降ろさせた。
「待ちなさい。それはまだ貴方が持っておいて頂戴」
セリアーナは、どうやらまだオーギュストに持たせておきたいようだ。
「……まだ何かありますか?」
「わからないわ。でも、必要になった時にわざわざセラの下まで来るのも面倒でしょう?」
「……確かにそうですね」
その必要な時ってのがどのタイミングなのかはわからないが、セリアーナと一緒の時は大抵一番奥にいるし、単独行動の時は、歩いて来られないような場所にいる事がほとんどだ。
大体前線に立っているオーギュストが、俺の前に来るのはちょっと難しいよな?
「ふむ……」と頷いていると、こちらを見ている2人と視線が合った。
俺の返事待ちかな。
まぁ、オーギュストに貸す事には何の問題も無いし……。
「うん、いいよ。団長がこのまま持っててよ」
俺は快くセリアーナの意見に乗った。
「そうか……わかった。それではこのまましばらくお借りする」
そして、オーギュストは俺に見せるように、首に提げたネックレスのような物を引っ張り出した。
タグのような物が付いているし、身分証みたいな物かな?
それで何をするんだろう……と見ていると、発動していない髪飾りの姿の【ダンレムの糸】を通すと、また服の中に仕舞った。
「……うん? ああ、私はセラ殿のように髪が長くないからな。無くしてしまうと大変だろう?」
「まぁ……無くされたら泣きわめくかもね。大変だね? 団長も」
恩恵品はただの小物でさえひと財産なのに、彼が今持っているのは【ダンレムの糸】だ。
高性能の遠距離攻撃可能な武器で、しかも持ち主は俺。
発動したら持ち運びは簡単に出来ないようなサイズの弓だし、かといってそうしなければ、髪にはめる環で、俺のように髪が長くないと、無くさないように持ち運ぶのは困難だ。
冗談めかして言ったものの、実際無くされたら当分立ち直れない気がするし……短髪の彼が身に着けるにはああするしかないんだろうな。
「大したことでは無いさ……。それでは、また後程。失礼します」
そう言って、オーギュストはドアを閉めてまた戻って行った。
セリアーナの無茶ぶりに俺への気遣い……彼も色々大変だなぁ。
等と、閉まったドアを見ながらしみじみ考えていた。
◇
「団長も大変だねぇ」
「そう? 彼の役割を考えたら、あれくらいの備えは必要でしょう」
「……まぁ、そうかも知れないけどさ。それよりも、団長がまだ弓を使う必要ってありそうなの?」
自然な話の流れではあったし、俺も別に不満なんて無いが、俺もオーギュストも無視して決めていた気がする。
普段だと、セリアーナの中では決定していたとしても、割と俺たちにも「どう?」とか聞いてきたりするんだけどな。
「どうかしら?」
俺の問いかけに、セリアーナは短く答えた。
話す気は無いか。
ってことは、何も無いかもしれないただの念のためか、あるいは……咄嗟に思い浮かんだことだったとか?
澄ました顔をしているが、意外とそっちの方が正しいかもな。
それなら、これ以上聞いても仕方ないか。
それに……。
「そろそろね」
「うん」
船の方から何人かこちらにやって来ているし、中の調査が終わったんだろう。
港に着いてからもなんやかんやあったが、ようやく船に乗る事が出来そうだな。
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「よいしょっと」
座席に寝転がっていたが、体を起こすと、お腹の上に転がしていた【浮き玉】に乗っかり浮き上がった。
首や肩を回したり、腰を捻ったりして体の調子を確かめるが、異常無し。
それを見ていたセリアーナが口を開いた。
「疲れは無さそうね」
……寝転がってゴロゴロダラダラしていたってのもあるし、体の疲れは【祈り】で回復出来るしな。
対人戦闘でのメンタル面の疲労も無いし、絶好調だ!
「うん。大丈夫だね。まぁ……船に乗った後は寝るだけだし、別に少しくらい疲れが残っていても構わないんだけど……」
「中には船員たちもいるでしょう。お前は馬車に乗っているだけで疲れ果ててしまう人間だと思われたいの?」
「……それはちょっと避けたいね」
俺が疲れていたのは、別に馬車での移動が理由じゃない。
街の外に代官の屋敷に、つい今さっきまで戦ったり動き回ったりしていた港の件が理由なんだが……。
「外で異変が起きていることは、船の中の者たちもわかっているでしょうけれど、それにお前が関わっているのまではわからないでしょう? 見た目も最低限は気を付けるようにしなさい」
「だよねぇ……」
今の気を抜きまくった姿を、護衛の冒険者たちには見られた気もするが……それはまぁ、それとして、どんな事情があっても、他所の人間にみっともない姿を見せるのは駄目だよな。
「髪に跡とかついてないかな……?」
顔も服も大丈夫だが、髪はどうかな?
自分じゃわからないしセリアーナに訊ねると、彼女は小さく手招きをした。
「横が跳ねているわね……後ろを向いて祝福を使いなさい」
「お願ーい」
俺は言われた通りその場で【ミラの祝福】を使いながら、クルっとセリアーナに背中を向けた。
どれくらいしっかり跡が付いているのかはわからないが、兵が呼びに来る前に終わるかなー?
◇
「奥様」
馬車の中に、窓を叩く音と御者の声がした。
髪の寝癖直しをセリアーナに任せて数分ほど。
丁度完了したところだ。
無事間に合って良かった良かった。
「開けなさい」
セリアーナの声に、御者が前の窓を開けると顔を覗かせた。
「はい。ただいま兵が参りました。船へ移動しますが、よろしいでしょうか?」
「構わないわ。やって頂戴」
「はい。それでは……」
御者が顔を引っ込めて窓を閉めると、すぐに馬車が動き始めた。
ガタゴトとゆっくりと車輪が回る音がするが、特に異常は感じられない。
乗ってきた馬車はどれもあらかじめ俺たちから離してはいたが、とりあえず戦闘に巻き込まれるような事は無かったようだな。
さて、その無傷の馬車だが、ゆっくりと進み始めてそろそろ加速するか……というところで、ガタンと大きく揺れると停止した。
船の前に到着したんだろう。
「おっと……もうか」
元々停車位置は船のすぐ側だったし、そこから乗船口前に移動するだけだもんな。
こんなもんか。
「乗船口前に行くだけですもの。飛んで行った方が速いわね」
セリアーナも苦笑している。
護衛付きで移動したのが、数十メートルだもんな。
ちょっと、大袈裟だったよな。
とは言え、それは空を飛べる俺たちだから言えるんであって、他の貴族のご婦人方じゃーな……わざわざ自分の足で移動したりしないし、短い距離でも馬車で移動するのが常識だったりもする。
まぁ、気にせずに降りる準備をしよう。
「普通は飛ばないからね……。剣はオレが持っていいんだよね?」
前の席に横に置かれているセリアーナの剣を取るために、【猿の腕】を発動しようとしたが……。
「ええ。ちゃんと自分の手で持つのよ」
発動する前にセリアーナに止められてしまった。
まぁ、俺が腕3本生やして現れたら、慣れていない人にはちょっと刺激が強すぎるよな。
「ぬ、了解。よいしょっ……と」
腕を伸ばして片手で剣を持ち上げた。
うむ。
振り回したりせずに持つだけなら片手で余裕だが、ちょっと俺には大きいかもな。
両手で抱えておこう。
セリアーナはそんな俺を見て「フンッ」と鼻で笑っていたが、ドアを外から叩かれると、またいつもの澄まし顔に戻った。
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