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「それでは、私たちは馬車の周囲で警備を行いますので、お二人はどうぞゆっくりお休みになってください」
「ええ。お願いするわ」
護衛の冒険者たちに守られながら、俺たちは馬車の中に入り込んだ。
そして、外からドアが閉められたのを確認すると、座席に飛び乗った。
外で【浮き玉】から降りるのは久しぶりだな。
2度3度座席で跳ねた後に座り込むと、手足をグッと伸ばして大きく息を吐いた。
「……ふーっ。つかれたつかれた」
「ご苦労だったわね。前を通るわよ?」
「お?」
座席に寝転がる俺のすぐ上をセリアーナが通っていく。
反対に座るのかなと、そのまま見送っていると、セリアーナが窓のカーテンを閉めていた。
働かせちゃったな……。
「うん……って、カーテン閉めるんだね?」
「ええ。もう開けている必要は無いでしょう」
「それもそっか」
ここまでの移動中に、狙われると分かっていながらも馬車のカーテンを開けていたのは、すれ違う民衆へのアピールのためだったが……。
これだけ、賊を倒したり消火活動でリーダーシップをとったり……アピールは十分過ぎるくらい出来ているし、俺たちが今更カーテンを開けて、オープンっぷりをアピールするような事は無いだろう。
それじゃー、遠慮なく……。
俺は寝転がると、隣に座るセリアーナの膝に頭を乗せた。
「お前……別に構わないけれど、気を抜き過ぎじゃないの?」
「うーん?」
セリアーナは、完全にダラける体勢に入った俺に呆れたような声でそう言ってきたが、押しのけたりせずにそのままにしているし、このままダラけていてもいいんだろうな。
「昨日も戦闘はあったけれど、今日の方が頭を使いながらだったし、色々疲れたんだよね。オレはあんまり周りを気にしながら戦うのは向いてないのかもね」
向いていないのかも……って言うより、絶対に向いていないよな。
【ダンレムの糸】は倉庫を見たらわかるが、発射さえしてしまえば大抵の建物をぶち抜いてしまう。
それに、【緋蜂の針】だって壁に穴を空けるくらいなら出来るし、余程余裕を持って戦える相手じゃない限り、街中を穴だらけにしてしまいかねないだろう。
俺の言葉を聞いて、セリアーナもその光景が浮かんだのかもしれない。
小さく「フッ」と笑っている。
「まあ……お前の戦い方だとね。お前自体は大したこと無いし、恩恵品はどれも加減が難しいし……。街中や人間相手は向いていないわね。どのみち領地に戻れば魔物くらいしか相手しないんだし、それでもいいんじゃないかしら?」
「そうだねー……」
右手の【影の剣】が見えるように手のひらをかざしながら、俺はセリアーナの言葉に返事をした。
こっちでのダラダラした生活も悪くはないんだが、ちょっと刺激がね……。
体を動かすだけなら騎士団の訓練場とかも使えるが、俺が鍛えたところでたかが知れているし、やっぱり折角色々持っているんだ。
恩恵品も加護も使って戦いたいよな。
んで、それ等を人間相手……それも同じ騎士団の仲間に使う訳にもいかないし……ってなると、俺のやる事は街の外やダンジョンでの狩りになる。
普段は屋敷でゴロゴロしつつ、数日に一度、フラッと狩りに出かけて稼いで来て、たまーにセリアーナやリーゼルのお使いを果たして……これまで通りだな。
俺にとっては慣れた暮らしだし、代わり映えはしないが……何だかんだでそれが俺にとってのベストな環境なんだろうな。
「何かおかしい事でもあったの?」
そんなつもりは無かったが、どうやら笑っていたらしい。
ちょっと気が緩みすぎたかな?
「なんでもないよ。もうすぐ帰るんだなーって考えててね」
「ああ……こちらに来て以来、お前も色々人と会ったり慣れないことをしていたものね。ご苦労だったわね……と言いたいけれど、ちゃんと屋敷に帰りつくまで気を抜かないで頂戴」
もう後は船に乗って出港するだけってところまできたが、セリアーナはまだまだ気を抜く様子が無い。
俺からしたら、流石にもう何かが起きるってことは考えにくいんだが……セリアーナもそう言っているし、しっかりと付き合わないとな。
「うん。大丈夫」
返事をしながら、俺は袖や襟からヘビたちを外に出し、周囲を探らせることにした。
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俺たちが馬車の中に入ってしばし経ったが、少し外の雰囲気に変化が出た事に気付いた。
それまでは屋根が燃えていた倉庫の中身を運び出したりで、大きな声が飛び交っていて、割と騒々しかったんだが……。
「何か静かになったね?」
ヘビたちに探らせてはいるが、ここから見える限りでは人の動きに大きな変化は無いんだよな。
異常事態って事は無いと思うんだが……どうしたんだろう?
「倉庫の近くにいた者たちが離れているわね。つい先程までは荷物を運び出すために中に出入りしていたのだけれど……終わったのかしら? 思ったより時間がかからなかったわね」
「でもさ、全部出した後は別の倉庫に運ぶんでしょう? もっとうるさくなりそうだけれど……」
中に運ぶんなら、やっぱり号令や合図が必要になるだろうし、静まるって事は無いと思うんだ。
顔を上に向けると、セリアーナはより詳しく外の様子を探ろうとしているのか、目を閉じて集中している。
心なしか頭上に浮いている、貸したままの【妖精の瞳】もキョロキョロと……。
っと、目玉についつい気を取られて、少々気が緩んでしまったが、その瞬間。
「おわっ!?!?」
「っ!?」
唐突に轟音が外から響いてきた。
思わず俺は声を上げて、セリアーナは息を呑んでいる。
セリアーナにも不意打ちの事態だったか……。
驚きドキドキとした胸を押さえつつ、何があったのかを確認するために、俺は体を起こそうとしたが、その前に外から馬車のドアをノックする音がした。
ノックはコンコンと一定のリズムで、慌てた様子は感じられない。
ってことは、今の轟音は襲撃とか事故って訳じゃなさそうだな……開けに行くか。
うつ伏せに寝返りを打つと、両手をついて立ち上がろうとしたが、セリアーナが額を手で押してきた。
「ぬ」
セリアーナが行くのかな?
「護衛たちよ……。開けなさい」
開けさせるのか……。
顔だけドアの方を向けていると、セリアーナの声に反応して外から声が返ってきた。
護衛のリーダーだな。
「はっ。失礼します」
◇
「それで、今の音は何が起きたのかしら? 戦闘は起きていないようだけれど?」
「…………失礼しました」
リーダーは、俺を見て何やら唖然としていたが、セリアーナの声に我に返ったのか、外で何が起きているのかの説明を始めた。
燃えていた倉庫だが、まずは壊す右側から荷物を運び出していた。
そして、屋根も壊して完全に鎮火させたところで、反対側の荷物も運び出していた……と。
俺たちはその途中で馬車の中に移動したから、最後までは見ていないんだが、その作業も無事に終了したそうだ。
まぁ、倉庫の中身を運び出すだけだし、騒動が起きるとしたら、精々中身を誤魔化して盗られたりした場合だろうが、そこはリーゼルたちが監督しているし、まず問題なんか起きないよな。
ともあれ、その運び出した荷物は野晒しにする訳もなく、別の倉庫に運ぶ事になる。
ちなみに、その倉庫はどこかの商会所有の物ではなくて、この街の商業ギルドが所有している倉庫だ。
流石にここまでの事態は想定していなかったのかもしれないが、何か港で事故が起きて倉庫が駄目になった時に、一時避難させるためにそういう取り決めがあるんだとか。
んで、その取り決め通りに運ぶんだが……その前に半壊している倉庫を壊す事にしたらしい。
理由は、倉庫そのものに結構なダメージが入っており、作業中に崩壊して、何か事故が起きたら大変だから。
至極もっともな理由だとは思うが……それじゃあ、あの音は事故でも起きたんだろうか?
「アレはその音だったの?」
疑問に思いリーダに訊ねてみると、彼女はすぐに頷いた。
「はい。リアーナの団長殿が、恩恵品の弓を使って先程と同じ要領で撃ったのですが、元々半壊している状態だったので、衝撃に耐えることが出来なかったのかもしれません。とは言え、内側に倒れているので他に被害が出るような類ではありません。ただ、少々音がうるさいので、お二人に説明をして欲しいと言われたのです」
「なるほどー」
薄暗くてはっきりとは分からないが、よく見るとリーダーの後ろには何やら霧のような物が広がっている。
これは霧じゃなくて、倉庫を壊した際の塵なのか。
「話は分かったわ。こちらは大丈夫だから、馬車の周囲は任せるわね」
「はっ。お任せください」
セリアーナの言葉に短く答えると、リーダーはドアを閉めて周囲の守りに戻っていった。
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