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「うわー……ぉ。綺麗に半分無くなってるね」


 上から見る倉庫は、今言ったように綺麗に半分が消し飛んでいた。

 もちろん何もかも消滅……なんてことは無くて、壁の半ばと床は残っているんだが、それがあまりにも綺麗にえぐり取られていて、いまひとつリアリティーが感じられない。


「柱も壁も残っているし、あの分なら倉庫が崩壊するような事態は防げるわね。それよりも、私の目からは倉庫の火は消えているように見えるけれど、お前からはどう?」


「む? ……そうだったそうだった」


 倉庫の変わりように驚いて、何のためにここに来たのかを忘れてしまっていた。

 慌てて下を見る。

 まぁ……【祈り】で視力を強化しているくらいで、特にセリアーナと違いがあるわけじゃないんだが……ダブルチェックだな。


「えーと…………うん。消えてるよね。延焼したのは隣の倉庫だよね? そっちもちょっと焦げ跡は残っているけれど、火は消えているし……」


 延焼していた隣の倉庫は、焦げたり塵を被ったりと、無傷とは言えなかった。

 それでも、すぐ隣をぶっとい光の矢が貫いたにもかかわらず、屋根にも壁にも大きな破損は見られないし、こちらの倉庫の惨状と比べたら無傷みたいなもんだな!


 2メートルも離れていないのに……俺だったら発射の際に振り回されて、どっちの倉庫もボロボロにしてしまう自信があるな。


 ともあれだ、もう倉庫に問題は無いだろう。


「うん。大丈夫っぽいね。それに、街から兵も来てるし、もう何かあっても任せて大丈夫じゃないかな?」


 さらに、港には街から応援の兵がやって来ている。


 何だかんだで、火が起きてから1時間くらい経ってるもんな……。

 この街の騎士団がどれくらい兵を持っているのかわからないが、本職が来ているんだし、後の事は任せても良いんじゃないか?


「……そうね。お前、街の様子をどう見て?」


「へ?」


 街の様子……ね。

 そう言えば、港と代官の屋敷を往復した時は真っ直ぐ目的地に突っ込んでいたし、周りを見たりはしなかったな。

 精々足元くらいだ。


 ってことで、セリアーナが言うように街へと視線を向ける。


「うーん……なんか全体的に暗い気がするけど……夜だしこんなもんなのかな?」


 港と代官の屋敷や、中央通りを始めとした街の通りには街灯が灯っているが、それ以外の……例えば店の明かりなどは見えなくなっている。

 それに、俺が移動していた時には、港の様子を見ようと通りに人が出ていたが……それもいなくなっているな。


 かと言って、別に街全体に人がいないってわけじゃないんだよ。

 建物越しにだが、人の気配は見えている。


 ふむむ。


 魔道具じゃなくて蝋燭がメインなのか光量は弱いが、それでも建物の2階や3階に小さい光は窓から漏れている。

 リアーナやゼルキスの領都だったり、王都に比べると少々寂しい光景ではあるが、こんなもんじゃないのかな。


 それを伝えると、セリアーナは小さく首を横に振った。


「ここは外から王都に繋がる港を擁する街よ? 街の周囲に魔物の危険も少ないし、この時間ならまだ街には人が出ているはずなの。当然店だって閉めたりはしないわ」


「……そういえば」


 リアーナの領都で、一般住民の夜間の外出が少ないのは、街のすぐ外に魔物がたくさんいるからだ。

 もちろん、簡単に街中に入って来たりは出来ないが、万が一の際には、戦い慣れていない住民が外にいては邪魔になる。

 だから、基本的に夜は自宅で大人しくして、外を出歩いているのは冒険者がほとんどだった。


 リアーナもゼルキスも領都にダンジョンがあるし、それ抜きでも冒険者が多い領地だ。

 だから、住民が外を出歩いていなくても、外を出歩く者の数は結構多いんだが、その場所はダンジョンがある冒険者ギルド周辺に偏っていた。

 だから、俺はそこまで違和感を感じなかったんだが……確かにそうだよな。


 中央通り周辺は護衛の冒険者だったり傭兵がいるとして、セリアーナの言う通りなら、本来なら街にはもっと人がいてもおかしくないのかな?


「でもさ、人いないし店も閉まってない?」


「ええ。港にもいくらか兵が寄こされているけれど、彼等で全部じゃないわ。街の各地を見て回っている兵がいるの。その彼等が、店を閉めさせたり、出歩く者を家に戻させたりしているのね」


 騎士団のお偉いさんが、港の状況からただ事じゃないって判断したのか。

 戒厳令みたいなものかな?


 俺は頷くと、セリアーナに続きを促した。


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 セリアーナは、もう火が消えた倉庫に興味は無いのか、街の方をじっと見ている。


「気になるの?」


「なるわね。賊……少なくとも、私に敵意を持つ者たちは確かにあそこにいるの。そして、これだけ仕掛ける機会が作られたのに、兵に従って大人しくしているし、そもそも外に出てすらいない者までいる有様よ?」


「……まぁ、大掛かりな事をしている割には、お粗末だよね。でもさ、そこに火を付けた連中は、あてにしたく無いみたいな感じの事を言っていたし、それが的中しただけとかはないかな?」


 結局不発に終わっているが、あの狼煙は街からでもしっかり見えていたし、街に待機している連中への合図だとしたら、俺たちへの足止めと同時に、港に混乱を起こすこの方法は持ってこいだと思う。


「……繋がりはあっても、連携が取れていなかったと言うことね? 結局首謀者は私たちの前に姿を見せていないし、互いに信用していなかったというのなら、この状況も無いとは言えないけれど……」


 そう言って、宙に浮いたまま考え込むセリアーナ。

 賊たちのちぐはぐな行動が余程腑に落ちないんだろうな。


 とはいえ……だ。


「ねぇ、気になるのはわかるけどさ……とりあえず、倉庫の火が消えたのは確認したし、下に戻らない?」


 セリアーナの袖を軽く引き、そろそろ下に降りようと伝えた。


 普段なら夜の上空なんて見ないだろうが、ついさっきまで倉庫の屋根が燃えていて、そこから避難した者たちが港にはたくさんいるんだ。

 セリアーナはわざわざ足元にいる連中を気にしたりなんかしないだろうが、何人かが今も上をチラチラ見ていて、その都度俺と目が合っている。


 その連中が何かをしてくるとは思わないが……俺の【風の衣】もあるし、貸している【琥珀の盾】も発動しているから、そうそう危険な事は無いとはいえ、2人でこの場に留まり続けているのは、目立つし良くないよな。


「ふう…………仕方ないわね。行くわよ」


「うん」


 セリアーナは大きく息を吐くと、俺の手を取り下に向かい始めた。


 ◇


 下に降りてリーゼルのもとに向かうと、彼はまずはセリアーナを見て、続いて俺の顔を見た。

 そして、一つ頷くと口を開いた。


「うん……その様子だと、火は消えていたようだね」


「ええ。倉庫の火は消えていたし、隣の倉庫も被害はほとんど出ていないわね。このまま街の兵たちに引き継いでもいいんじゃないかしら?」


「そうだね……。外に出した荷物の目録作りと、代わりの倉庫への搬入を見届けたらかな? そろそろ僕らの出発の準備も始めさせてもいいだろうね」


 そう言うと、リーゼルは俺たちの肩越しに、背後にある倉庫の前に積まれた荷物の山に目をやった。

 俺たちも彼の視線を追って振り向く。


 身分が確かで位も高いリーゼルが責任者になれば、倉庫の中身を運び出す作業がスムーズになるし、周りも指示に従いやすい。

 あの場ではそれがベストだったと思う。


「面倒見がいいわね」


「ほんとだよね……」


 セリアーナの声についつい俺も頷いてしまう。


 まだ倉庫の中には荷物が残っているが、パッと見た感じ街の騎士団のお偉いさんもやって来ているし、残りの作業は彼等に引き継いでもいいだろうに、最後まで付き合うつもりらしい。


「まだ時間がかかるだろうし、君たちは馬車に戻ったらどうかな? セラ君がいるとはいえ、冷えるだろう?」


 リーゼルが言うようにまだまだ夜は冷えるし、すぐ側にデカい川が流れている。

 あまり、長時間外に出ていると体が冷えてしまうよな。


 それに、この場では俺もセリアーナも似つかわしくないからか、チラチラ視線が……。

 さっき浮いていた時に目立っちゃったからかな?


 セリアーナもそれを感じていたんだろう。

 まだ港や街に気になるところはあるようだが、馬車に戻る気になったらしい。


 チラリと街の方に視線をやったが、すぐに戻して口を開いた。


「……そうね。セラ、行きましょう」


「はーい」


 俺も戦闘やら伝令やら色々働いたからな。

 ちょっと疲れてきたし、馬車で足を延ばしてダラーっとしたくなってきた。


 とりあえず、この場で俺たちが出来るような事はもう無いだろうし、馬車に戻ってゆっくりしよう。

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