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 オーギュストの放った矢は、軌道こそ綺麗な直線だったが、角度が違う。

 地面に水平にではなくて、斜め上に向けられて発射された。

 そして、その矢は倉庫の手前の壁から屋根にかけてを、ごっそりと抉っていく。


 もしそれを人の手で再現しようとしたら、コツコツ解体していって、最後に柱を壊す……それくらいだろうか?

 魔法でなら近いことは可能かもしれないが、半端な威力だったら、手前から崩落していくだろう。

 単に壊す事が目的じゃなくて、中の荷を火から守るために、崩すことなく壊していくっていう離れ業を行わなければいけない。


 見事にそれが出来ているし……流石の威力ってところか。


 ウチの兵たちは、俺がアレを使っているのを見たり聞いたりしたことがあるのか、驚くような素振りは見せていないが、港にいる他の者たちは違う。

 この街の兵たちもだ。

 作業の手を止めて、ざわつきながらオーギュストと倉庫に、視線を行ったり来たりさせていた。


「私は滅多に目にする機会が無いけれど……大した威力ね。お前はアレをちゃんと使いこなせているの?」


 言葉の内容とは違い、全く驚いたようには思えない声で、セリアーナが訊ねてきた。

 俺が【ダンレムの糸】を使いこなせているかどうか……。

 難しい質問だな。


 俺が万全の状態で撃っても威力に振り回されるし、狙ったところに確実に当てられるかって言うと疑問ではあるが……何気に外した事って無いよな?


「ま……まぁ、なんとかね!」


 嘘ではないんだが……少々決まりが悪い様な気もする。


「あ、まだ撃つみたいだね」


 セリアーナへの返答をはぐらかすわけではないが、撃ち終えたオーギュストが構えを解かずに、2発目を構えていたので、そちらに顔を向けた。


「また同じ所に撃つのかな?」


「いや、少し角度を前に倒すはずだよ。どう進めるかはオーギュストに任せているが、壊す箇所を徐々に後ろに下げていく方が無難だろうね」


「なるほど……」


 などと喋っている間に発射可能になったのか、オーギュストは2発目をぶっ放した。

 1発目に比べると、矢を構えてから発射までの時間が随分と短くなっているのは、何かコツでも掴んだからだろうか?


「お前よりも上手なんじゃない?」


 見事に先程より少し奥を貫いていった矢を見て、感心したような声でセリアーナがそう漏らした。


「かもしれない」


 ……領地に戻ったら教えてもらおうかな。


「こればかりは技量ではなくて、体格の差じゃないかな? おっと……塵がこちらにも来るね」


 オーギュストがぶっ放した矢は、綺麗に倉庫のカベやら屋根やらを貫いているが、かといって、その建材を消滅させたわけじゃない。

 細かい塵に粉砕されて、下に積もっていたんだろう。

 そして、1発目で発生して下に溜まっていた塵が、今の2発目の余波で舞い上がって、こちらに向かって流れてきた。


 リーゼルはマントを前に寄せて、下がろうとしているが……。


「あ、オレの風があるから、大丈夫ですよ」


 炎の熱を遮るために、俺たちだけじゃなくてリーゼルもしっかりと範囲に収めている。

 瓦礫でも飛んで来たらわからないが、あの程度の塵なら何も気にしなくていい。


「ああ……君の風か。確かに熱も感じないね……。ありがとう」


 礼を言ってきたリーゼルに、俺は「いえいえ」と返事をして、前を向いた。


 程なくしてこちらに塵が流れて来たが、周りにいる者たちがそれに巻き込まれたんだろう。

 そこかしこから悲鳴らしき声が聞こえてくる。

 怒声が聞こえてこないのは、兵がいる事が上手く抑えになっているからかな?


「セリア、どうかな?」


「何もおかしな動きは無いわね。範囲を広げてみたけれど……街も同じよ」


 リーゼルは「そうか……」と呟くと、腰に手を当てて何やら考え込んでいる。

 この2人は最近悩みっぱなしだな。


 たくさんの人が一箇所に集まっているし、防いでこそいるがこの粉塵は視界を遮るし……襲ってくるにはいいタイミングだ。

 このまま何もしてこないんじゃ、ただただ街を騒がせるだけだし、今しかない……とでも思ってるのかな?

 でも、何もしてくる気配が無くて、困惑……ってところかな?


 まぁ、あの燃えている倉庫を起点に港全体が大炎上して、そのきっかけがウチだってなったら、リアーナやリセリア家の悪評を広める事は出来るのかもしれないが、ちょっと回りくどすぎるし効果があるかどうかも分からないよな。


 考え過ぎかな……と、2人に倣って俺も首を傾げていると、塵が落ち着いて視界が晴れるのを待っていたオーギュストが、3発目の準備にかかっていた。


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 オーギュストは3発目を撃つと、2発目の時同様に粉塵が収まるのを待っているようだ。

 まだ続けるつもりなんだろうな。


 倉庫から避難している者たちも、3度目ともなると慣れてきたのか、塵がこちらにやってくるタイミングに合わせて、口や目を隠したり。地面に伏せたりして対処をしている。


 そして、周りが静かになってきたのもあって、セリアーナはさらに広範囲の索敵も行っていたが、やはり妙な動きをする者はいないんだと……。

 俺もヘビたちの目を使って周囲を探ってみるが、皆大人しくしているし、少なくとも今のこの港に危険は無い……様な気がする。


「気にし過ぎなのかなぁ……?」


 ふーむ……と首を傾げながら、隣に浮いているセリアーナに声をかけた。

 セリアーナもリーゼルも、賊はまだ何かを隠しているはずだと考えているようだし、俺だってそう考えている。


 何回か同じような事を考えたが、別にフラグってわけじゃ無いだろうに、その都度ひっくり返されたけれど、王都からここまでの道中での待ち伏せからの襲撃に、街に入ってからは代官屋敷での襲撃に、船に乗るために来た港での襲撃に……いい加減ここを凌げば打ち止めだろう。


 セリアーナが探った限りでは、まだ街には俺たちに敵意を持っている連中が残っている。

 俺が上空を移動中に見た連中もその一部だな。


 だが、街とは違って港にはもう敵はいないらしい。

 てっきり倉庫の中に潜んでいて、隙をついて仕掛けてくるとでも思っていたんだが……。

 おあつらえ向きに、こんな風に視界を遮られるタイミングもあるしな。


 でもなー……流石にここまで来たら、もう何も出来ないよな……?


「セリア様?」


 返事が無かったのでもう一度訊ねると、「ふう……」と小さく息を吐く音がした。


「あまり考えたくは無いのだけれど……」


「うん?」


 中々続きを言わないセリアーナに、俺だけじゃなくて、正面を向いていたリーゼルも気になるのか振り返っている。

 セリアーナは、俺たちの視線を受けてもしばらく黙ったままだったが、ようやく口を開いた。


「この連中は馬鹿なのかしら?」


「……そうなんじゃない?」


 ついに気付いてしまったか……と、我ながら気の抜けたような声が出た。


 賊側も色々考えたり手間をかけたりしているのはわかるんだ。

 街の外の連中も含めたら、100人以上を動員しているわけだしな。


 セリアーナからしたらそれだけの手間をかけているんだし、初めから終わりまでしっかりと辿り着けるような、綿密な計画を立てているって考えていたのかもしれない。

 基本的に彼女が関わる人間は皆何だかんだで賢い人ばかりだ。


 だから、相手の考えをしっかりと奥まで読もうとするんだろう。

 セリアーナよりは柔軟な考えをしているが、リーゼルも同じようなところがあるかな?


 でもなー……そもそも馬鹿じゃなきゃこんな事はしないだろう。


 個人個人だと、結構優秀そうだし頭も回りそうだったけれど、組織だっての行動となるとな……。

 あまり連携もとれていないし、基本行き当たりばったりだ。


 確かにあの狼煙なんかは何か考えがありそうだけれど……考えすぎても仕方ないだろう。


 これだけ邪魔をされてきたのに、「馬鹿」の一言で片づけてしまうのはセリアーナにとっては認めがたいことなのか、何も言ってこないが……代わりにリーゼルが口を開いた。


「代官の屋敷で襲撃を受けるところまでは概ね読み通りだったんだが、それ以降はね……。もうその場その場で対処するように切り替えた方がいいかもしれないね。あまり警戒しすぎても、このままじゃ今晩出港が出来なくなってしまいそうだ」


 俺とセリアーナは、いざとなればどうとでもなるけれど、船が狙われるのは困る。

 だから、港についてもこれだけ慎重に動いているわけだが、どうやら方針を変更しそうだな。


「……そうね」


 セリアーナもリーゼルの考えは妥当と思ったのか、渋々とではあるがそう答えた。


 ◇


 商会の積み荷を保管するだけあって、ここの倉庫はデカい。

 何と言っても、上でばたばた戦えるくらいだもんな。

 だが、それもようやく終わりを迎えたのか、オーギュストは構えを解いていた。


【ダンレムの糸】4発で倉庫の半分を消し飛ばせるのか……おっかない威力だ。


「終わったのかな?」


「そのようだけれど……上から見た方が早いわね。リーゼル?」


 ……どうやらセリアーナも行くつもりらしく、前に進みながらリーゼルの名を呼んだ。


「ああ。セラ君、セリアを頼むよ」


「はいはい」

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