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「恩恵品って【ダンレムの糸】だよね?」
リーゼルの言葉に、俺はそう返した。
俺の手持ちの恩恵品で倉庫を破壊するってんなら、それくらいだよな?
「ああ。それをオーギュストに使わせて欲しいんだ」
「団長に? あぁ……なるほど」
一応すぐ側に川が流れているから、人手を集めてバケツリレー……って方法もあるにはあるが、時間がかかるだろうし、倉庫の中身もえらいことになってしまう。
それなら、屋根や壁を吹き飛ばしてしまえってことか。
もう、まともな手段で消火する事は諦めたんだろう。
魔法でやれない事も無いかもしれないが……アレと同等の威力を出せる者が今この場にいるかどうか。
一発だけで済むとも思えないし、【祈り】込みでも厳しいよな。
それを考えたら、安定して高威力を出せる【ダンレムの糸】がベストだ。
オーギュストに貸す理由もわかる。
俺があれを使う時は今は【隠れ家】に置いている【足環】とか、尻尾とか腕とか……色々同時に発動しながらだからな。
こういう、俺の事をよく知らない者だらけの場所じゃ使いづらいんだよ。
別にリーゼルでもいいんだが……まぁ、渡すならオーギュストだよな。
「どうかな? オレはいいと思うけど」
「お前が構わないのならそうしなさい」
一応隣のセリアーナにお伺いを立ててみたが、どうやら問題無いらしい。
それならってことで、俺はリーゼルに頷いた。
◇
さてさて。
俺はリーゼルの後について、オーギュストのもとへと向かったのだが、彼は今、忙しそうに炎上中の倉庫の中身を運ばせる作業の指揮を執っていた。
俺が戻って来た時はまだ倉庫の外の事にかかりつきだったが、許可が下りたから、倉庫の中にも手を出せるようになったんだろう。
何でオーギュストがって気もするが……緊急事態だし街の兵でもいいけれど、倉庫の関係者だって公爵領の騎士団団長様の方が安心出来るもんな。
何を扱っているのかはわからないけれど、自分たちに関係が無い火災が原因で、倉庫の荷物に被害が出るところだったんだ。
ホッとしている事だろう。
「オーギュスト!」
倉庫の前にいたオーギュストは、リーゼルの声に振り向いた。
燃えている倉庫の側にいたってのに、涼しい顔をしている。
心頭滅却とかそういうアレなのかな……?
ともあれ、オーギュストはリーゼルのすぐ側にいる俺とセリアーナを見て、俺からの借り受けが上手くいったことがわかったんだろう。
「ここは任せた。作業を急がせろ」
そう周りに指示を出して、足早にこちらに向かってきた。
そして、俺たちに向かって「お待たせしました」と一言。
「ご苦労、オーギュスト。セラ君から恩恵品を借り受けることにしたよ」
「はっ。セラ殿、よろしいか?」
「うん。使い方はわかる?」
俺は髪から【ダンレムの糸】を外しながら、コレの使い方がわかるかを訊ねた。
威力が威力だけに、意外とコツがいるんだよな……コレって。
「試射の場や、君が使っているのを何度も見ているからな。魔物を狙うのなら別だが、私が射るのは動かない的だ。問題無い」
「そか。はいどーぞ」
手渡すついでに、彼にも使用出来るようにする。
アレクやジグハルトには下賜していたけれど、オーギュストにはしていなかったよな?
確か試射の時は、リーゼルと一緒に見学に徹していた気がする……。
滅多にすることじゃないから、いまいち感覚がわからないんだよな。
「【祈り】はどうする?」
オーギュストの体格や筋力なら十分扱えそうな気もするが……重量も威力も凄いからな。
外で周囲を気にせずぶっ放せるのならともかく、ここは場所が場所だ。
彼は、動かない的なら……とか言っていたけど、念を入れるに越した事は無いはずだ。
「……そうだな。頼もう」
「はいよ……ほっ!」
【祈り】を発動すると、オーギュストは両手を閉じたり開いたりして、感触を確かめている。
それを二度三度繰り返して満足したのか、「失礼します」とだけ言って、再び倉庫の前へと戻っていった。
「屋根にドカーンって撃つのかな?」
「中央から? それだと屋根が崩落しそうだし、端の壁からじゃないかしら? どうなの? リーゼル」
セリアーナと共にリーゼルの方を向くと、苦笑しながら肩を竦めている。
セリアーナの考えが合っていたのかな?
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「壊すのは右側の屋根からだ。その為に右側の荷から優先して外に出しているんだ。幸い、あの倉庫の荷は、金属や木材のように重たい物ではなく、どれも比較的軽い布製の品だったからね。あの人数でも間に合っているよ」
リーゼルはセリアーナに向かってそう答えた。
倉庫の中身を退避させると決めた時から、どういう風に壊すかも考えていたんだろうな。
しかし右側か……。
「オレが蹴落としたのが右側にいたと思うけど……捕まえた?」
「片腕が無い男だね。君に代官への伝令を任せた直後に、僕たちも倉庫の周囲を探らせたが、倉庫間の通路に積まれた資材の上で意識を失っている所を捕らえたよ。ただ……落下した際にはまだ意識があったんだろうね。何かの薬品の様なものを撒いた形跡があったらしい」
「む?」
あの状況で放置されていても生きていたのか。
しかし、薬品の様なものね……。
ふむ……と考えていると、セリアーナが口を開いた。
彼女は俺が港を離れている間もここに居たし、リーゼルの言葉に何か気付きでもしたのかもしれない。
「そう言えば、兵の動かし方に偏りがあったわね。屋根上のように火の勢いを増すような物なのかしら?」
「いや、それはまだわからない。ただ、もしそうだった場合は、本当に港全体に広がりかねないだろう? それなら多少乱暴だけれど、思い切って建物ごと壊しておいた方がいいよ。幸い、コレもあるしね……」
そう言って、代官の許可証をヒラヒラと顔の前で振って見せた。
「……代官さんもびっくりだろうね」
指揮権を、戦力と身分の両方を持つリーゼルに預けて、思い切り動いてもらいたい……そんな事を考えて渡した許可証なんだろうけれど、まさか倉庫を壊されることになるとは思わなかっただろうなぁ……。
「フッ……自分で動かない方が悪いのよ。サッサと片付くのならそれがいいわ」
リーゼルはそのセリアーナの言葉に「厳しいな」と笑っているが、セリアーナの目からしたら、代官が役割を果たせていないって見えるのかな?
まぁ……常日頃からしっかりと街や周辺に睨みを利かせていたら、こんな事にはならなかったような気はするもんな。
役割を騎士団と分けているって言っていたし、あんまり業務報告とかもしていなかったのかもしれない。
その積み重ねがコレってなったら、自業自得というか……なんというか。
もっとも、セリアーナが王都圏にやって来たことがそもそもの発端でもあるし、リーゼルの反応もわかる。
とはいえ、リーゼルも同情してはいるものの、代官のフォローまではする気が無いらしい。
「まあ……彼にはいい勉強になったことだろうね。今後直接関わる事は無くても、この街が安定してくれないと、僕らも困るからね……。それよりも、倉庫の方をごらんよ」
さて、それよりも……で終わらされてしまった代官の事はさておき、リーゼルの言葉に倉庫の方を見ると、その倉庫の右端に【ダンレムの糸】を発動したオーギュストの姿があった。
オーギュストも結構大柄な男だが、その彼が構えても弓のデカさがよくわかる。
アレを俺が使ったらさぞ目立つことだろう……。
「大分端から撃つのね。その方がまっすぐ撃つだけでいいからかしら?」
「そうだね。アレが普通の弓なら狙い通りに撃つことが出来るだろうけれど、威力を考えるとね……。オーギュストなら抑え込めるとは思うが、セラ君はまっすぐ撃つのに苦心していたし、延焼したとはいえ、隣の倉庫はまだ普通に火を消すだけで間に合う程度だ。それを壊してしまっては、流石に問題になるだろう?」
「アレダンジョンの壁もぶち抜いちゃうからねぇ……。いくら頑丈に建てられてるからって、ただの倉庫じゃ簡単に壊しちゃいそうだよね……お? ぉぉぉ?」
「撃つようね……。セラ、風を」
「ほいほい」
オーギュストを眺めながら話をしていると、オーギュストの方から強い光が放たれた。
【祈り】も効果が続いていて淡い光を纏っているが、またそれとは違うものだ。
弦を引いて矢を出現させたんだろうが……【ダンレムの糸】ってあんなにビカビカ光るのか。
そんな的外れな事をついつい考えながら眺める事十数秒。
周りに被害を出さないように慎重に狙いをつけていたオーギュストだったが、距離のあるここまで聞こえるような掛け声とともに矢を放った。
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