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 屋根上での戦闘を片付けた俺は、とりあえず下に向かうことにした。


 完勝ではあったけれど、何だかんだで結構集中していたから、どれくらい時間が経っているかわからないんだよな……。

 そこまで長時間戦っていた気はしないんだが、どうなってるかな?


 俺が上に上がって来る前は、リーゼルもオーギュストもどちらも戦闘を続けていたんだが……地上に降下する前に確認するか。


「……おや?」


 下を見ると、丁度最後の1人を切り倒したところだった。

 戦闘終了だな。


 ただ、その切り倒したのがオーギュストなんだよな。

 数えてみると、ウチ側の兵の数が多いし……向こうの戦闘は終わったのかな?


 もう降りても危険は無さそうだし、合流しよう。


 ◇


「お疲れさまー」


「セラ君か、怪我は無いようだね」


 声をかけながらリーゼルの少し前に降りると、彼は俺の様子を見てそう言った。

 ちなみに他の面々は、賊の捕縛に回っている。


 俺のように基本殺さないように加減をする戦い方と違って、結構容赦なく攻撃をしているから、中々凄惨なことになっていて、命があるのは果たして何人いるのか……。

 おっかない。


 と、俺が戦闘跡を眺めているのに気付いたんだろう。

 リーゼルが苦笑しながら口を開いた。


「君が上の賊を引き付けてくれていたから、随分とスムーズに片を付けられたよ。増援に備えて、オーギュストたちが早く終わらせるために、加減無しで戦ったから少々相手の損傷が大きくなったかな?」


「あー……まぁ、仕方ないですよ」


 肩を竦めるリーゼルに適当に相槌を打っていると、「セラ」とリーゼルの後ろから近付いてきたセリアーナが、俺の名を呼んだ。


「上は片付いたようね。それよりもアレは何かしら?」


「上?」


 リーゼルはセリアーナの言葉に首を傾げているし、ここからじゃまだ見えないようだ。

 セリアーナは【小玉】で浮いている分、リーゼルよりももう少し視線が高いところにいるから気付けたのかな?


 ともあれ、アレの事について指示を仰ぎに来たんだし、さっさと話してしまおう。


「賊の魔法とか魔道具で屋根が燃えてるんだよね。火が結構強いかな? オレじゃ消せないから、どうしたらいいか聞きに来たんだ。あそこで弓を使う訳にもいかないでしょう?」


 火を消すだけでいいのなら、【ダンレムの糸】の矢の勢いで炎を消し飛ばせそうな気もするが、倉庫の大部分も消し飛ばしちゃいそうだからな……。


「火付けをしたのかい……? 賊が?」


「うん」


「ふむ……まあいい。君! 来てくれ」


 話を聞いたリーゼルは首を傾げつつも、オーギュストについて来ていたらしい街の兵を呼ぶと、屋根が燃えている倉庫の状況説明を始めた。


 聞こえてくる感じ、どうやら街から兵を呼ぶ様だ。

 避難させたり消火させたり……ついでに俺が倒した分も含めて、転がっている賊を捕らえたり、俺たちだけじゃ手が足りないもんな。

 この規模まで広がったら、ウチの問題というよりは街の大事件って感じだし、もう街の兵に任せた方が良いだろう。


「ふむふむ」と彼等を眺めていると、ふっとセリアーナが耳元に口を寄せてきた。


「セラ。私も上を見るから少し付き合ってちょうだい」


「む。屋根の上にはまだ賊がいるよ? 意識は無いかもしれないけれど……」


「ええ。お前を付けたらいいでしょう? リーゼル! セラと上を見て来るわ」


 兵たちに指示を出していたリーゼルは、「ん?」とこちらを振り向くと、一瞬悩むようなそぶりを見せたが、すぐに首を縦に振った。


「結構……。セラ、来なさい」


 セリアーナは俺の肩に手を回すとそのまま前に引き寄せた。


「りょーかい。盾は?」


 前に収まった俺はそう訊ねた。


 倒しはしたけれど、弓とか魔法を使う連中だからな……。

 俺の【風の衣】だけだと、俺1人ならともかくセリアーナも一緒だとちょっと不安なんだが、その事はちゃんと心得ている様だ。


「使っている」と一言だけ答えると、護衛の冒険者たちに指示を出した。

 この状況で突っ立たせておくだけってのも、勿体ないもんな。


「貴女たちはリーゼルの指示に従いなさい」


「はっ。お気をつけて……」


「ええ。それじゃあ、行くわよ」


「ほいほい」


 俺はセリアーナとタイミングを合わせて、その場で上昇を開始した。


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「ああ……見事に燃えているわね」


「あらぁ……本当だ。思ったよりも広がってるね……」


 セリアーナの声に、俺も間の抜けた声で返事をしながら頷く。


 屋根の高さまで上がったところで、屋根の炎上具合が俺が下に降りてきた時よりも進行していた。

 これは早くどうにかしないと、屋根どころか倉庫丸ごと燃えちゃいそうだ。


 しかし……いくらあの倉庫が木製だからといってここまで一気に燃えるかな……?


「魔法と魔道具を使っていたのよね? それなら、何か燃焼を促進させるような素材でも使っていたのでしょう」


「屋根を燃やす事が目的だったのかな?」


「どうかしら?」


 と、肩を竦めるセリアーナ。


 まぁ、煙幕と火の魔法ってあんまり組み合わせとしては考えにくいよな。


「でも……倉庫を燃やすつもりかはわからないけれど、火を起こす事は予定にあったかもしれないわね。見なさい」


 そう言ってセリアーナは指を前に伸ばしたんだが……正面ではなくて少し上を指している。


 そちらを見てみると、白い靄の柱の半ばまでが、火で赤く染まっているのがわかる。

 俺が降りる前は根本あたりまでだったんだが……これなら相当遠くからでも見えそうだな。


 ……そのためか?


「狼煙みたいなもの?」


「もし目的があるのならソレでしょうね。アレなら夜でも遠くから見る事が出来るでしょう? 向こうへ行くわよ」


 そう言うと、セリアーナはゆっくりと屋根に向かって移動を始めた。


「ぬ……りょうかい。倒してるけど、屋根の上にまだ何人かいるからね」


「わかっているわ。ついでに、倉庫のすぐ脇にも転がっているわ。お前が落としたの?」


「む……生きてるんだ。腕を切ってから蹴り落したんだけど……しぶといね」


 腕を切り落としてから蹴り落したんだけどな。

 別に積極的に殺そうとは考えていなかったけれど、アレだけやって死なないのか……コイツ等って。


「……【影の剣】を使ったのね。そこまでの相手だったの?」


「尻尾と腕も使ったよ。後、魔法も。なんか上手く連携をしていたし、あまり冒険者っぽくは無かったけれど、普通にいい腕してたんじゃないかな?」


「冒険者ぽくないね……。傭兵かしら? まあ、外で襲って来た連中と繋がりがあるのならそうでしょうね。全く……」


「はぁ……」と、長い溜め息を吐くセリアーナ。


「下の方はどうだったの?」


「リーゼルたち? 大したこと無かったわ。お前が上に向かってすぐに、自分が受け持つ敵を倒したオーギュストもやって来たし……すぐに片付いたわ。こちらの賊は特に妙な素振りを見せなかったけれど、何かを仕掛ける余裕が無かっただけかもしれないわね」


「あぁ……それもそうか」


 気合いの入ったオーギュストとウチの兵たち。

 ほぼ同数で相手をしながら何か小細工を行うってのは、ちょっと難易度が高すぎるだろうな。


「まあ、捕らえた賊は街の兵に引き渡すし、どんな背景があるのかは彼等が調べるでしょう。何かわかれば報告くらいはウチにも来るでしょうし、今気にしても仕方が無いわね」


「それもそっか」


 どうやって吐かせるのかはわからないけれど、捕らえてすぐにってのは難しいだろうし、時間もかかるよな。

 気にはなるが、流石にそこまで付き合えないか。


 などと話をしていると、もう屋根だ。

 賊の姿はあるが、皆まだ倒れている。

 幸い……と言っていいのかはわからないが、まだ火の手は届かない位置だし、放置でいいかな?


「さあ、降りるわよ」


「はーい」


 ◇


「……ひどいね」


 さて、屋根の側まで降下してすぐに火の根本付近まで向かったが、そこには結構な大穴が空いていた。

 屋根が焼けてしまい、倉庫の中までは見えないが、屋根裏と言っていいんだろうか?

 それが見えている。


 このまま放置していたら、直にそこにも火が回って、内部にも広がってしまうだろう。


「どうしようね?」


「どうしようもないわね。初期なら魔法で消火が出来たかもしれないけれど、ここまで広がると、下手に手を出したら崩してしまいかねないわ。余所者がする事では無いわね」


 俺の質問に、首を横に振りながら答えるセリアーナ。


 まぁ、ウチじゃないもんな。

 それも街の兵たちがどうにかすることだ。


 それじゃー、見るものは見たし引き返すのかな……と、思ったのだが。


「とりあえず、アレだけどうにかしましょう」


 セリアーナはそう言うと、狼煙に向けて手を突き出した。

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