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 1発、2発、3発……。

 セリアーナの風の魔法が、白い柱目がけて飛んで行っては弾けてを繰り返す。


「……ぉぉ。勝手にあの形に戻るんだと思ったけど、ちゃんと散らせはするんだね」


 1発では柱の半ばに穴を空ける程度だったが、それが続くことで途切れていき、上から徐々に下に向かって散り散りになっている。

 屋根の上だからということもあったかもしれないが、相当な高さだったし、ずいぶん遠くからでも見えただろうけれど、これならもう狼煙の役割は果たせないだろうな。


「お前はアレをなんだと思っていたの……?」


「いやさ、何か普通に残ってたから、そういうもんだと思って。ほら、向こうも残ってるでしょ?」


 セリアーナは、俺の言葉に首を傾げながら尋ねてきたが、それに答えながらもう一つの倉庫を指した。


「オレが向こうの屋根にいた時は気付かなかったけど、いつの間にか出来てたんだよね」


 向こうも狼煙だとか風の魔道具だとかは使っていたんだ。

 屋根が燃えたりとか、ド派手なことは起きていないからわかりにくいが、それでも薄っすらと細く白い柱が上っている。

 まぁ……あれじゃー、遠くからはおろかすぐ近くからだって見えないだろうし、気にすることは無いのかもしれないが、昼間ならしっかりと狼煙になっていただろうな。


 ただ投げて巻き上げただけであれってことは、何かそういう性質でもある様な気がするんだが……ちゃんと散らせるならそこまで警戒しなくてもいいんだろう。


「……気づかなかったわね。ふっ!」


 セリアーナはそう呟くと、向こうの柱にも魔法を撃ち込んでいく。


「向こうも無くなったね」


「ええ。放っておいても、屋根の上の賊を捕らえに兵が上った時に気付いたでしょうけれど……」


 と、そこで言葉を区切り、何やら難しい顔をしている。


「どしたの?」


「もし、この倉庫の炎がもっと手が付けられない状況になったら、あの程度の細い狼煙でも、炎に照らされて遠くから見えていたでしょうね」


「ぬ……」


 俺も特に気にしていなかったし、セリアーナも言われなければ気づいていなかった。


 屋根上の賊をどういう意図で配置していたのかはわからないが、目立つこちら側に対して地味に潜む向こう側……むしろあっちが本命か?

 屋根の上なら、地上の戦況に応じて動くことができるだろうし、その気になればどうとでも動けた様な気がするもんな。


 屋根上から倒しに行っていたのは、手を出せない位置からの援護が鬱陶しいからだったんだが……それ以外の効果もあったのかもな。


「地上よりも先に屋根の上から潰されたことが想定外だったのかしら? まあ、どちらでもいいわ。さっさと戻りましょう」


「うん」


 とりあえず、この火をどうにかしないといけないし、調査はもういいだろう。

 さっさと下に行こう。


 ◇


「倉庫の中の人って結構多かったんだね」


 俺たちが屋根の上に行っている間に、燃えている倉庫の中にいる者たちを外へ避難させていた様だ。

 倉庫前には武装した警備員も含めて、十数人が集まっている。


 これだけの人数が中にいたのに、屋根の上が燃えていても大人しくしていたのは、代官が外に出ないようにって命じていたからなんだよな?

 大事になる前に片が付いて良かったよ……。


「ええ。他の倉庫も同じくらい集まっているし、普段からこのくらいの人数で警備しているんじゃないかしら? リーゼル」


「セリアか。上の様子はどうだったかな?」


「セラが言うように、狼煙の様な物が上がっていたわ。向こうの倉庫でも同様ね。狼煙は私の魔法で吹き散らしたからいいけれど……それよりも、屋根の炎上が危険ね。屋根の建材が燃えていて、そろそろ中にまで火の手が届きそうよ」


「そうか……」


 セリアーナはとりあえず早急にどうにかする必要がある、屋根の状況についてリーゼルに伝えているが、それを聞いたリーゼルはちょっと困った様な顔をしている。


 アレをどうにかするってなると、倉庫の中の荷物諸共ずぶ濡れになるくらいの水をぶっかけるか、屋根諸共吹き飛ばすかくらいだもんな。

 いくら公爵様と言っても、この街の責任者ってわけじゃないし、流石に即答は出来ないか。


「旦那様」


 彼の決断を待ってもいいんだが……俺が出来そうなことが一つあるし、それを伝えてみようかな?


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 港での戦闘が一段落して、倉庫の炎上……と言うよりは火災だな。

 アレをどうするかの話をしていた際に、結局のところ俺たちがこの街や港の管理とは無関係の立場だって事が、消火活動のネックになっていたんだ。


 戦闘は終了したし、後はこの街の兵に任せて俺たちはさっさと出港してもいいんだが、一応あの場で暴れたのは俺たちだ。

 ここまで派手なことになった以上は、責任が無いとはいえ、放棄してしまっては公爵家の外聞が悪いだろう。


 それならと、俺はリーゼルに、代官の元に行って報告と許可取りをしてこようかと提案した。

 俺なら【浮き玉】を飛ばせばすぐだしな。


 リーゼルも少々迷ったようだけれど、すぐに「頼む」と言い、セリアーナも同意した。


 ってことで、俺は代官の屋敷へと、急いで飛んで行くことにした。


 ◇


「おや? おーい!」


 代官の屋敷へと港から一直線に飛んでいる途中で、俺とは逆に、港に向かって移動する一団が目に入った。

 照明を手に、しっかりと武装した騎士一行だ。

 港の騒ぎを聞いて向かっているのかもしれないな。


 もしかしたら代官からの指示を聞いているかもしれないし、話を聞いてみようと、彼等の元に向かった。


「っ!? 貴女は……確か、街のお客人でしたね」


「そうそう。リセリア家にお世話になってる、ミュラー家のセラさんだよ」


 上から降ってきた俺に一瞬身構えたが、すぐに何者か思い当たったようだ。

 だが、この様子だと、彼等は代官の屋敷や、俺たちが街に入る時に門にいた連中とは違うらしいな。

 それなら、指示を受けて……って感じでも無いだろうし、手短に終わらせるか。


「港に行くんだよね? ちょっと向こうで襲撃を受けたんだ。その戦闘自体は終わったんだけど、色々港の中の建物に被害が出てるから、少し片付けを手伝おうかなってことで、オレが代官さんに許可を貰いに行ってるんだ」


「おお……。我々は詰所から直接向かうところなのです……。屋敷でも襲撃があったとは聞いておりますが、御一行に被害などはございますか?」


「いや、みんな無事だよ。それじゃー、オレはお屋敷に行くから……。港に行くのなら、ウチの旦那様が避難の指揮を執っているはずだから、そっちを手伝ってよ」


「……は? はっ。お任せください」


 一方的に言い放つ俺の言葉に、彼はきょとんとした声を上げたが、すぐに返事をした。

 別に俺の指示に従う必要は無いんだろうが……勢いに負けたかな?


 ともあれ、ここでのんびりするわけにもいかないし、彼の返事を背に、俺はすぐに代官の屋敷を目指して飛び立った。


 ◇


「……おー。この辺からでも異変はわかるのかな?」


 兵たちと別れて飛ぶこと数十秒。

 街の中央広場に差し掛かったのだが、この辺りの食堂や宿にいたであろう冒険者たちが、通りに出て港の方を指して何事かとざわついていた。


「うーん……港よりこの辺の方が高い位置にあるし、今はもう消えてるけれど、狼煙もよく見えたのかもな」


 事情が分からなかったら、狼煙ってよりはただの大火事と思ってもおかしくないし、下の連中の反応は自然かな?

 それよりも、野次馬連中はともかく、上にいる俺の耳にも届くくらいざわついているのに、窓から顔をのぞかせようともしない連中が、中央広場付近の店の2階に何人もいるんだよな。


 この状況で何もする気が無いってことは、もうこいつらは無視しても大丈夫なんだろうけれど……それでもやっぱり結構な数がいるっぽいってのは、あまりいい気分はしないよな。


 個人的にはさっさとこの街を離れたいんだが、まぁ……こいつらが仕掛けてくることは無いだろうし、消火とかの港での作業が終わってからでも十分か。


 なんてことを考えていると、あっという間に代官の屋敷が見えてきた。

 やっぱりこの街は、王都やゼルキスの領都のように広くは無いな。


 そこまで速度を出していないのにすぐに到着だ。


 俺たちがいる間に起きた戦闘で大分荒らしたからな……。

 もう夜だってのに、職人だったり兵が屋敷に集まって作業を行っている。


 そして……。


「んー…………ん? 代官も庭に出ているのか」


 その作業の陣頭指揮を執っているのは代官だった。

 こっちの作業に専念して、港の様子には気づけていないのかな?


 彼が出来る事は無いだろうし、兵たちに任せているのかもしれないが……まぁ、いいか。

 表に出ているのなら、目の前に降りて、すぐに話をしてしまえばいいもんな。

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