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 屋根の上で立っている最後の男は、蹴り飛ばされて落ちて行ったもう1人を目で追っていたが、すぐに俺へと視線を移した。


「くそっ…………ええいっ!!」


 そして、飛び降りるのを諦めて、剣を構える。


「ぉぉ……やる気だね」


 飛び降りている間は無防備だし、着地をしてもすぐには動き出せないだろうから、それならまだ万全の状態のここで俺を迎え撃った方が、助かる可能性は高いもんな。


 それに、時間を稼ぐ事さえ出来たら、数は減っているが、屋根上に転がっている他の連中が起きてくるかもしれない。

 元々コイツ等って時間を稼ぐ事も狙っていたような節があったしな……。


「アイツらは不意を突かれてやられていたが、俺にはそう上手くいくと思うなよ!」


 そう言って正面を向いて剣を構えている。


 しかし、勇ましいことを言っている割には、随分と防御よりの構えだ。

 これは、やっぱり時間稼ぎか……。


「ふーん……」


 俺は男を観察しながら、スススッと屋根の外側に回り込んだ。


 確かに屋根上だけじゃなくて、この港での戦闘で倒した相手の大半は、どさくさに紛れての不意打ちでやったものだ。

 いざ1対1で正面から戦うとなったら、その戦い方は出来ない。

 尻尾も腕も見せちゃったしな。


 コイツも腕は悪くないっぽいし、俺の今までの動きを見た上で、自分なら凌ぎ切れるとでも考えているのかもしれない。


 だが……それはちょっと俺の事を甘く見過ぎだな。


 数秒睨み合ったところで、俺から仕掛けることにした。


「たぁっ!」


【緋蜂の針】を発動した右足を突き出す、いつものスタイルでの突撃だ。


「うおおおおっ!!」


 男は雄叫びと共に剣を俺の右足に叩きつけてきた。

 靴裏と刃がバチバチと音を立てながら押し合っているが……なんだかんだで持ちこたえている。

 先程倒した男同様に、コイツも俺の蹴りを受け止めるだけの実力があるようだな。


 それだけじゃない。


「へっ……ソレが何の恩恵品かはわからないが、剣で止められるのはさっき見たからな。どうせこの後腕を狙ってくるんだろう! お前の動きは全て見ていたぞ!」


 と、多少表情を強張らせながらも、挑発めいた言葉を吐いてきた。


 中々余裕があるじゃないか。


 それに、さっきの相手にチラっとだけ見せたやり取りもしっかり頭に残っているようで、【影の剣】についても備えているようだ。

 俺の右手の動きにも注意を払っている。


「……ふん」


 この分じゃ、【影の剣】での攻撃を当てるのは難しいだろう。

 警戒されている状況で接近するのは危ないし、ソレは無しだな。


 まぁ……ちょっと思っていたよりもコイツの実力は高いようだ。

 それは認めてやる。


 ただ、仕掛ける前に俺がこちら側に回り込んだのは、コイツに蹴りを受け止めさせるためだ。

 反対側だと屋根から落ちるし、躱されかねないもんな。

 当然勝算があっての事。


 蹴りを受け止めさせることで足止めさせて、【影の剣】で腕を切り落とす……二手で倒すという当初のプランは崩れてしまったが、それなら、もう一手追加したらいいだけだ。


「ほっ!」


 俺は右足を一旦強く押し込んで相手を突き放した。

 そして……。


「たっ!」


 男の側面のどこでもいいから当たるようにと、コントロールしながら尻尾を振るった。


 俺の無駄な練習の成果だな。

 尻尾は狙い通り、大きく弧を描くように回り込みながら男の頭部目掛けて襲い掛かるが……。


「馬鹿がっ! 見たと言ったろう!!」


 当たる寸前で、フッと上体を倒して横からの一撃を躱してみせた。


 今のはほとんど視界の外からのはずなんだが……コイツ、口はあんまりよくないが、本当に腕はいいな。

 そして。


「お前の風も、これだけ内に入りこめば意味はない! もらったぁっ!」


【風の衣】の性質も何となく把握出来たんだろう。

 体当たりをするようにして風の内側に入り込んでくると、勝ち誇ったような顔を見せながら、俺めがけて両手で持った剣を突き刺してきた。


 うむ。

 思い切りがいい。


 だが、折角ここまで詰め寄ったのに申し訳ないが……やはり所詮は何となくであって、ちゃんとは把握出来ていないようだな。


「っあっ!?」


 俺は【風の衣】を張り直して、男を一旦弾き飛ばした。


 男は、目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。

 今の流れは自信があったんだろうな……。


 すぐに張り直せるし、そもそもそんなことしなくても、追い出せるんだ。

 残念だったな。


 それじゃー、決めにかかるか。


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【風の衣】に弾き飛ばされた男は、後ろによろめき転倒しかけたが、何とか踏ん張り堪えている。

 俺の追撃を警戒してか、威嚇するように剣を前に突き出して来るあたり、まだまだ冷静ではあるな。


「クソッ……バケモンがっ!!」


 冷静ではあるが……。


 この男は、今までも必死さはあったがどこか余裕があったんだが……消し飛んでいる。

 時間稼ぎに切り替えてはいたが、それでも隙があれば、ああやって決めようとでも考えていたんだろうな……。


 それが失敗した。

 それも、結構もうどうしようもなくなるような感じでだ。

 そりゃー余裕なんて見せられないだろう。


 ただ、それだけになりふり構わず襲ってくるかもしれない。

 俺がひたすら不意打ちに徹していたのも、生身の技量じゃコイツ等に到底及ばないからだし、やはりこういう腕の立つ相手に油断は大敵だ。


 ってことで、もう少し頭を冷やさせるためにも、一旦距離をとることにした。


「……ちっ、余裕だな」


 余裕というよりは慎重って方が正しい気もするんだが……まぁ、わざわざ訂正する必要もないか?

 俺は話を合わせることにした。


「まぁねー」


「…………っ!! だが、俺の攻撃は届かないかもしれないが、お前の攻撃も俺には効かん。お前がミスを犯すまで付き合ってやるよ」


 俺の態度にいら立ったのか一瞬だけ口の端を歪めて、剣を振り上げようとしたが……すぐに平静を取り戻したようで、「ふー……」と大きく息を吐くと、再び剣を構えた。


 コイツの後ろでは、屋根を炎が絶賛延焼中なんだが……気にしている様子は無いな。

 本格的に時間を稼ぐつもりらしい。


 しかし、俺の攻撃が効かない……ねぇ。


「ふむ……まぁ……いいか」


 コイツはもっと長引かせたいのかもしれないが、俺はさっさと終わらせたい。

 コイツも頭が冷えてきただろうし、そろそろ話を切り上げて片を付けるかね。


 俺が仕掛ける気になった事を察したのか、男は迎え撃つために腰を深く落として、構え直した。


「……ほっ!」


 右足を前に突き出す蹴りの姿勢を取ると、軽く息を吐いて突撃を開始した。


「オラァッ!!」


 先程同様に、男は声を上げながら俺の蹴りを剣で受け止めている。

 これが受け止められるのは俺もわかっているし、すぐに次の手に移った。


「たっ!」


 これまた先程同様に、男の側面目掛けて尻尾を振るった。


「当たるかよっ!」


 律儀に反応しながら躱す男。


 尻尾が振り切ったところで、俺は右足を軽く戻した。

 蹴りは終わりだ。


 ここまでもさっきと同じだが、ここからが違うぞ。


 男は先程のように突き放されることに備えてなのか、少し体の位置を変えたり、上体を起こしたりしている。

 後ろに跳ばされた時にバランスを崩さない様にだろうな。


 体を起こしているのは好都合だ。


「ふらっしゅ!」


 体を起こしたことでよく見えるようになった顔目掛けて、俺は魔法を放った。

 俺の挙動を見逃さないように、目を開いて俺を見ていたから、効果は抜群だ。


「ぐああああぁぁっ!?」


 男は仰け反ると汚い悲鳴を上げた。

 特に考えての事じゃなくて反射的になんだろうが、剣を捨てると、空いた手で顔を押さえようとする。


「よいしょ」


 だが、【猿の腕】で顔を押さえようとした片腕を掴むと、ピンと伸ばさせた。


 そして。


「ほっ!」


【影の剣】で腕を刎ね飛ばして、さらにがら空きになった胴体へ蹴りを放った。


「ごふっ!?」


 男は息を吐くと、そのまま吹っ飛んでいきゴロゴロと転がっていく。

 これはもう……動けないだろう。


 わざわざ【猿の腕】と魔法を使ったりせずに、さっきあのまま押し切っていてもよかったかもしれないが、どうせ今の男で最後だったし、出し惜しみする必要は無い。

 まず無いとは思うが、もし怪我でもしたら馬鹿らしいもんな。


「……さてと」


 俺は改めて屋根上を見渡し、もう動く者はいないかどうかを確認した。


「まだ全員生きてはいるけれど……誰も動かないね。完勝か」


 1対7だったが、何だかんだで無傷の圧勝。

 パーフェクトだ。


 ……対人戦闘に関しては。


「それじゃー……これをどうにかしないとな……!」


 相変わらず燃えている屋根に、その炎に照らされて赤く染まる白い靄の柱を見て、俺はそう呟いた。

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