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 俺は1人の賊に目を付けると、そいつ目掛けて突っ込んで行った。

 そいつ自身や他の者も魔法で俺を止めようとして来るが……コイツ等程度の、来ると分かっている魔法を躱すのは簡単だ。


「くそっ!? 当たらねぇ……だっ……駄目だ!」


 飛んでくる魔法を躱して、横から突き出してくる剣や槍を弾きながら接近して、俺は男めがけて蹴りを放った。


 男ももう躱す事は出来ないと悟ったのか、剣を盾代わりにして身を守っているが……コイツはさっきから魔法を使っているからな!

 他の場所で戦っていた者たちは、戦闘中はしっかり防具に魔力を通して、俺の蹴りに耐えられる程に防御力を高めていたんだが、コイツからは魔力を感じられない。


 無防備な人間相手にまともに蹴りを当てるのはこれが初めてな気がするな!


「いけーっ!」


 当たる寸前に、軌道の修正と最後の一押しとばかりに加速させた。


「ぐっ!? ……うあっ!?」


 男は剣の腹で俺の蹴りを受け止めて、何とか耐えることに成功したが、それも数秒の事。

 このレベルの者が使っている剣だし、決して悪い物じゃ無いんだろうが、それでも加速付きの【緋蜂の針】の蹴りをまともに受け止めるには、頑丈さが大分足りていなかったようだ。

 剣身にヒビが入ったかと思うと、一気に砕けてしまった。


 そして、受けとめ損ねた男は俺の蹴りをまともに食らい、豪快に吹っ飛んでいく。

 今まで俺の蹴りを受けた相手は、似たような事になっていたが……コイツはちょっと違う。


 宙を飛んだ以上は当然落下するんだが……屋根に落下した後、2度3度バウンドしたかと思うとゴロゴロと転がっていき、ようやく止まったかと思うと、ピクリとも動かなくなってしまった。


 転がった距離も含めると10メートルは優に超えている。

 余程の大ダメージだったんだろうな。

 その証拠に……。


「ぉぉぅ……」


 男は辛うじて息はあるようだが、蹴りを受けた腕が、本来折れちゃいけない箇所が折れていたり、折れちゃいけない方向に折れていたりしていた。

 弾け飛ぶようなグロイことにこそなっていないが……こりゃエグイ。


 自分でやったにもかかわらず、その様を見てついつい呻き声をあげてしまった。

 ドン引きだよ……。


 だが、それは俺だけじゃなくて賊たちも同様だ。

 いや、むしろこいつらは自分が食らうかもしれないし、俺以上か?


「…………はっ!?」


【緋蜂の針】の威力を目の当たりにして、俺も賊たちも動きが止まってしまっていたが、今は戦闘中だしここで止まってちゃいけないんだよな。

 ってか、相手も止まってるし今が仕掛けるチャンスなんじゃ!?


 賊たちよりも先に我に返った俺は、とりあえず誰でもいいやと、特に狙いを付けたりせずに突撃を再開した。


 ◇


「……っ来るぞ! 重ならずに散らばるんだ!」


「魔力は無駄遣いするな! 機が来るのを待て!」


 突っ込んでくる俺を見て、先程までと同様に互いに注意をしあっているが、なんというか緊迫感が違う。

 動きも変わってきているのは、俺の蹴りの威力を目の当たりにしたからかな?


 最初の混乱から立ち直って以降は、蹴りや風はもちろん、尻尾も躱そうとしていたし、反撃の隙を窺うような動きだったのに、今はとにかく俺の軌道上に入らないようにしている。

 ついでに、魔力を自身の防御に回しているのか、魔法も飛んでこない。


 どうやら、多少の消耗は覚悟して、とにかく俺の動きを見切る事に専念しているんだろう。

 俺だって初見の魔物と戦う時は似たような事をするし、その動きは間違っちゃいない。


 しかし……。


「色々考えているみたいだけど……無駄ー!」


 俺は尻尾を振り回しながら賊の間を突っ切るように飛び込んだが……ある1人の横を通過しかけたところで、軌道を真横に変えた。

 俺が通過したことで、ほんの僅かに警戒が緩んだのかもしれないが、男が構えていた剣の位置が下がったのを見逃さなかったぞ。


 魔法や矢や投槍……どれも一旦手から離れたら真っ直ぐ飛んで行くもんだが、【浮き玉】は違うんだ。

 俺の意思に従って自由に軌道を変えられる。


「なあっ!?」


 まさか来るとは思っていなかったのか、驚愕の声を上げる男は慌てて俺へと向き直り、頭部と腹部の急所だけは何とか守ろうと、両腕でガードしているが、俺の狙いはそこじゃない。

 さらにもう一度軌道を変えると、男の真横に回り込んだ。


 そして。


「たあっ!」


 ガラ空きの肩目掛けて、蹴りを放った。


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 初めに倒した男のように魔力が尽きた無防備な状態だったわけじゃないが、それでも相手の想定しない位置からの攻撃だ。

 肩という微妙な位置への蹴りではあったが、錐もみ状に回転して、数メートル吹っ飛んでいった。

 ダメージはしっかりあるはずだし、起き上がれるかどうかはわからないが、今すぐには動き出さないだろう。


 ってことで、コイツはもういい。


「次ぃっ!」


 倒れている男から目線を外すと、俺はすぐに次の相手目掛けて突撃した。


 と言っても、誰を狙うのかはまだ決めていなかったりもする。

 だが、今の戦い方が通用するのはわかったし、これでもいいよな?


 残りは5人。

 とりあえず、減らせるだけ減らしてみよう。


「気を付けろ! ヤツは宙を自在に動く」


「魔虫と思え! 抜けられたからと言って気を抜くなよ!」


「あの足もだ。見た目に誤魔化されるな!」


 突っ込んでくる俺の事を、例によって互いに注意し合っているが……なんか失礼な評価をされている気がするな。

 なんだ……虫って。

 まぁ……いい。


 それよりも……!


「たあっ! ほっ! やあっ!」


 まともに蹴りを急所に直撃させる事よりも、相手の構えを崩す事を狙って、とりあえず蹴りを当てていくことにした。


「ちぃっ!? 舐めるなっ!」


【浮き玉】の軌道も一度見られたら対処されるか。

 俺の蹴りは躱されこそしなかったが、それなりに上手く受けられてしまっていた。


 だが、それでも相手の体勢を崩す事は出来ている。

 無理に大振りしての大ダメージを狙うよりも、【緋蜂の針】なら軽く当てるだけでも、それなり以上の威力を発揮してくれるしな。

 魔物相手ならあまり意味はない方法だが、人間相手ならコレで十分だ!

 それに……!


「この距離なら加速出来ないはずだ。逃がすな!」


 俺は、今の攻撃で賊の囲みの中に残ったままだが、それを攻撃する隙とでも考えたのか、攻撃に移る余裕が残っている者たちが、一斉に仕掛けてきた。


 決して加速出来ないなんてことは無いんだが、空を飛ぶ相手が動きを止めたタイミングを狙うってのは悪くない。

 だが、俺の攻撃は蹴りだけじゃないからな。


「ほっ!」


 仕掛けてきた者だけじゃなくて、体勢を崩している者たちも巻き込むように、尻尾をフルスイングした。


「くそっ! 距離を取れ!」


 突撃と蹴りから少し間が空いたから、賊たちに俺の全体像を視界に収めるだけの余裕があったらしい。

 残念ながら今の尻尾アタックは不発に終わってしまったが……それでも賊たちの焦り顔を見るに、今の攻撃は意味があったようだ。


「なんだ……気持ちを切り替えたと思ったのに、結構混乱してたんだね」


 風を纏った突撃と、それと合わせた蹴り。

 さらに、そこから【緋蜂の針】の性能に任せて軽く当てるだけの蹴り。


 確かにどれも面倒な攻撃だと思うけれど、それらにばかり気がとられていて、初めに警戒させていた尻尾の事を忘れていたらしい。

 ちゃんと俺の攻撃の選択肢が増えた状態をキープしてくれないと、色々な攻撃をしている意味が無いじゃないか。


 まぁ、これでしっかりと尻尾の事も脳裏に刻み込んでくれただろう。


 そう思い、賊たちを眺めてみるが……どうやら再び混乱をきたしている様だ。

 流石に口に出して俺に悟られる様な真似はしないが、チラチラ仲間内でアイコンタクトをして、自分たちの立ち位置が問題無いかの確認をしている。


 これはまだまだかき乱せそうだな。


「ふぬ……仕掛けてこないなら、またオレから失礼して……!」


 これ見よがしに尻尾を真上に伸ばしながら、再び俺は賊たちへ突撃を開始した。


 ◇


 俺の初手は、風を纏った突撃で決まっているんだが、その次の選択肢がいくつもあるってのが殊の外効果が大きいようで、賊たちは躱す事に専念していて、俺への反撃を全くしてこなかった。

 一方的だな。


「俺たちが受ける。お前はアレを!」


 何度かの突撃を繰り返してさらに2人をダウンさせた頃、2人が前に出て1人を後ろに下がらせて何やら指示を出しながら、少しずつ俺の側面に回り込むような動きをしている。


 いよいよ切羽詰まって来たのかな?

 このままじゃ、何も出来ずにただただ俺にチクチク削られるだけだもんな。

 とりあえず、一手は読めているけれど、他にも何かあるかもしれないし……気を抜いちゃいけないな!

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