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 俺の攻撃で倒す事は出来なくても、威力だけはあるし、食らったらただじゃ済まないのは賊連中も重々承知している。

 だからか、必死になって回避をしているんだが……。


 それなりに備えていれば、多少は余裕のある回避が出来るんだろうが、最初の尻尾の一撃で大分混乱させることが出来たからな。

 碌な反撃も無く、俺が尻尾を振り回しながらただただ敵中を飛びまくり、そして、崩れた陣形にオーギュストたちがズバズバ切り込んでいる。


 これはもう決まったな。


 俺だけじゃなくて、オーギュストもそう考えているようだ。

 賊の1人を剣で貫きながら、俺に向かって指示を飛ばしてきた。


「セラ殿、ここはもういい! 向こうを頼む!」


「りょーかい!」


 オーギュストの言葉に、ついつい反射で即返事をしたが……。


 念のため、チラっとセリアーナの方を見ると、4人の護衛に囲まれて【小玉】の上で腕を組む姿が目に入った。

 目は開けているし、加護の範囲は抑えめにしているのかもしれないな。

 あまり離れるのはどうかと思うが……時間をかける方が面倒になるかもしれないし、あっちもさっさと片付けるか。


 見れば、俺が屋根上の賊たちと戦いに向かった時と変化は無いが、こちら側も被害は無し。

 上手くやっているか。


 向こうで戦っているのはウチの兵たちだし、適当に突っ込んでもいい感じに合わせてくれるだろう。

 ついでに、遠慮の必要も無いよな?


「それじゃー、行って来る!」


 俺は尻尾を伸ばしたまま、リーゼルたちの援軍に向かうことにした。


 ◇


「魔法だ! 僕が弾く。矢に気を付けろ!」


 戦場が近づいた事で、味方に体当たりをしてしまわないようにと少し速度を落としたところ、リーゼルの兵たちに向けた指示が聞こえてきた。


「むっ……向こうも魔法か。矢がどうのって言ってるし、魔法と連携でもするのかもしれないな……。皆がこれを凌ぎ切ってから突っ込もうかな」


 賊たちだけじゃなくて、リーゼルも魔法を使うようだし、あの中に俺が突っ込んだらちょっと危ない気がする。

 どうやらこれまでも、賊の魔法をリーゼルが受けるってのはやっていたみたいだし、大丈夫だよな?

 一応いつでも飛び込めるように気を付けつつも、俺は一旦落ち着くまで見守ることにした。


 魔法を使うためにリーゼルが後ろに下がり、その間彼を守るためなのか、ウチの兵たちが密集して立ちふさがっている。

 なんか各兵同士の間隔が狭すぎる気もするが……矢を防ぐために集まっているのかな?


「こっちは地面に照明の魔法を使ってるんだな……最初は使っていなかったと思うんだけど、方針を変えたのかな? ウチ側じゃないよね?」


 向こうのオーギュストたちは、倉庫の壁に備え付けられた照明の明かりだけで、どちらも薄暗い視界で戦っていたが、こちらは違う。

 俺が屋根上で戦った相手の魔道具のように、地面に照明の魔法を使う事で周囲を照らしていた。


 ウチの兵たちなら薄暗いどころか、星明りだけでもそれなりに戦う事は出来るはずなんだが……。

 リーゼルを守る必要があるから、敵の動きを見やすくするためにってのは考えられるが、どうなんだろうな?


 かと言って、賊側が使うってのもちょっと考えにくい。


 リーゼルを始めとしたウチの兵の方が腕は上だってのは、少し戦えばわかるだろうし、それならあまり視界の良さで有利不利が左右されないってのもわかるだろう。


「何か狙いでも……ん?」


 一体どういう経緯であの状況になったんだろう……と、戦況を見守りながら考えていたんだが、賊側が魔法を放った。

 俺が向こうで撃たれていたような牽制用の魔法と似ていて、速度も大したことないんだが……その割に込められている魔力量が多い気がする。


「リーゼ……旦那様の方は……あっ」


 リーゼルの魔法は、賊のソレに比べると込められた魔力は同程度だが、速度が段違いだ。

 後から放ったのにもかかわらず、リーゼルたちと賊の中間あたりでぶつかった。


 結局両方の威力は同じくらいなのか、その場で破裂するように短い音を立てて消えてしまったんだが……。


「来るぞ!」


「おう!」


 ウチの兵たちは合図をすると一斉に盾を構えて、リーゼルもそのすぐ後ろに入り込んでいる。

 こうやって矢を防ぐのかな?

 そう思い彼等を眺めていたんだが……実際はただ防ぐだけじゃなくてちょっとだけ違っていた。


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 リーゼルたちは盾を構えたりその陰に入ったりと、飛んでくるであろう矢に備えて防御陣形を構築した。

 パッと見た感じあの守りなら、屋根から射かけられてもまず抜かれそうにないし、リーゼルまであそこに加わらなくてもって気がしたんだが。

「……ぉぅ」


 ……矢が飛んできてすぐにその理由がわかった。


 倉庫の屋根上から矢は射られているんだが、その矢がある程度の距離……具体的には、魔法が破裂した場所辺りに差し掛かると一気に加速した。


 リーゼルが潰した魔法は風の系統の魔法だったんだろう。


 風系統の魔法は、それ自体は直撃したら確かにダメージはあるだろうが、所詮は風だ。

 しかも、途中で潰された魔法。

 これが火系統なら延焼したり他の効果も望めるが、風はな……。


 俺のように【風の衣】で周囲を覆ったりでもしない限りは、いくら魔力を込めたところで、武装した大の男なら精々よろめく程度だろう。


 だが……あの魔法が攻撃のためでも、リーゼルたちの妨害のためでも無くて、矢の威力を高めるための物だとしたら、また意味は変わって来る。

 一度に飛んでくる矢の数こそ大した事は無いが、盾にぶつかる音から威力の高さがよくわかった。


 もしこれが、風の魔法が直撃した状態で受けていたら、まともに防ぐことは難しかっただろうし、鎧とかそんな事お構いなしだったかもしれない。

 それを思えば、こちらの戦闘のペースが遅かったのも無理はない。


 恐らくあの照明の魔法は、どこで風の魔法が潰されたかを屋根上の連中が見やすいようにするために、下の連中が地面に設置したんだろうな。

 ……中々いい連携をしているじゃないか。

 やっぱこいつら寄せ集めじゃ無いよな?


 まぁ、いいや。


 今のところリーゼルたちは問題無く対処出来ているけれど、矢の残数がどれだけなのかはわからないが、あの威力の攻撃を浴び続けるのもしんどいだろう。


「うむ」と頷きながら改めて両陣を眺めてみると、仕切り直しなのか、互いにまた距離を取り合っていた。

 これなら、俺が向こうに突っ込んでも大丈夫そうだな。


 下にいる賊たちは、奥と手前の二手に分かれているが、今手前の方が集まって話をしている。

 狙うはそいつらだ!


「……行くぞ!」


 俺は【風の衣】を発動し直してそう小さく呟くと、地面にちりばめられた照明の隙間を縫いながら、コソコソ這うように低空飛行で近付いていった。


 ◇


 こちらの戦場はなまじ照明で明るい場所が出来ている分、その範囲外は見えづらくなっているんだろう。

 おまけに俺は今、暗がりで目立つ【祈り】も【緋蜂の針】も発動していないからな。


 男たちの話声が聞こえる位置まで近づいても、まだ気づいた様子は見えない。


「リアーナの兵か……わかってはいたが、この状況でも粘るな。全く崩せねぇ……」


「ああ。リーゼル本人もやりやがる。アイツは元王族だろう? 大人しく隅で守られていろよ……」


「上の連中の矢は大丈夫か?」


「ああ。4箱運ばせてある。まだまだ尽きる事は無いが、いい加減どうにかしたいな。向こうはどうなっている?」


「まだ戦闘は続いているが……向こうは照明が無いしどうなっているか……。だが、屋根上で起こっていた戦闘が終わっているし、劣勢かもしれないな」


 向こうの戦況はハッキリではないが、何となくは把握出来ているようだな。

 その割には焦っている様子は無いし……ふむむ。


「まあ、やる事は変わら……っ!? おいっ! いるぞ!?」


 話をしていた男たちの1人が唐突に悲鳴じみた声を上げた。

 ちょっと盗み聞きに集中しすぎて、油断してしまったかもしれない。

 だが、他の男たちは何事かと緊張し一瞬反応が遅れてしまった。


 俺にはその一瞬の隙があれば十分だ!


「よいしょーっ!」


 俺は、気付かれるや否や一気に接近して、思い切り尻尾を振り抜いた。


 こいつらは、尻尾どころか俺の接近にすら気づいていなかったわけだし、向こうで戦った賊のように、奇襲に備えることも出来ていない。

 皆纏めてまともに尻尾の一撃を食らっていた。


「……うっ……ぐ、くそがっ!?」


「なにが……? セラかっ!?」


 向こうでもそうだったが、こいつらは尻尾の一撃に耐えるだけの耐久力があるか。

 でもいいんだ。

 本命はこちら!


「ほっ!」


 俺は【緋蜂の針】を発動すると、賊目掛けて突撃した。

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