496

1064


「上から失礼します。あの……」


 通路での戦闘が片付いたからか、男は窓を開けて声をかけてきた。


「なに? 聞きたいことがあるなら言葉は気にしなくていいけど、手短にお願いね」


「はっ……はい。その、何が起きてるんでしょうか? 外で騒ぎが起きたかと思えば、屋根の上でも音がし始めるし、かと思えば今度は壁の向こうでも……。上の者から今夜は高貴なお方が港を訪れるので、警備は倉庫の中に入って、連絡があるまで外に出ないようにと言われていましたが……」


 手に照明でも持っているのか、下からの光に顔が照らされてちょっとしたホラーになっているが……彼の怯えた表情と震え声がそれを打ち消している。

 素人さんをビビらせてしまったか……いや、申し訳ないね。


 それはさておき……どうやら彼はこの倉庫の警備として雇われているらしい。

 んで、上の者……っていうと、この場合は彼が所属する商会の人間かな?

 その人から、今夜は警備は倉庫の中で行うようにと言われた……と。


 その人は恐らく代官から命令されているんだろうが、万が一にも俺たちと揉めたりしないための配慮だろう。

 もしそんなことになったら、どっちも得はしないもんな。


 俺はなるほどな……と頷きつつ、彼に簡単に説明をすることにした。


「賊の襲撃を受けているんだ。大分本格的だね。コイツ以外にも屋根の上に3人倒れているから、後で街の兵に伝えておいてよ。それと、戦闘は今も続いているから、当分外に出ない方が良いね」


「……はい。それはもちろんです」


「じゃー、オレはこれで……。あ、そうだ!」


 簡単な説明を終えて、この場を離れようと思ったんだが、彼が倉庫の警備を務めているのなら、聞いておきたいことが1つある。


「あのさ、今日とか何か異変とかなかった? 変な人がいるとか、中に侵入されてたとか……なんでもいいよ?」


「異変……と申されましても……。自分が警備に就いたのはもう日が暮れてからなので……申し訳ありません」


 と、申し訳なさそうな顔でそう言ってきた。

 どうも、この男は何かを隠したり演技をしているようには見えない。

 中での待機は今日急に言われたことらしいし、倉庫の一警備員が港全体を調べたりはしないか。


 俺たちが港に到着する前から屋根の上に賊が潜んでいたし、今もこの倉庫の目の前で戦闘が繰り広げられているから、機を見て中から増援が……って可能性も考えていたんだが、俺の考え過ぎだったかな?


「そか……わかった。それじゃー、片が付くまで窓と出入り口を閉めて、大人しくしててね」


「はっ」


 彼は短い返事をすると、慌てて窓を閉めた。

 よし……それじゃーこっちは片付いたし、まずはオーギュストと合流をするかな。


 最後にもう一度通路と屋根の上で倒れている賊たちに意識が無いことを確認して、俺は表へと向かうことにした。


 ◇


 倉庫の通路から飛び出ると、表では先程と変わらず戦闘が続いていた。

 オーギュストがその気になりさえすれば、一気に突っ込んで終わらせられそうなんだが……やはりセリアーナが狙われないように動く必要があるからか、進捗は捗々しくない。


 戦力差を考えたら、賊側が優勢といってもいいくらいだ。


 だが……。


 賊たちはなまじ優勢だからか、対峙するオーギュストたちとその後ろのセリアーナたちに集中しすぎている。

 背後にある、倉庫の陰から姿を見せた俺の事は意識に無いのか、全く振り向くような素振りを見せていない。


 屋根上での戦いと違って、通路での戦いは結構静かだったからな……。

 もしかしたら、俺が下りてきたことにも気づいていないのかもしれない。


「これは……いけるか!?」


 このまま蹴りと尻尾を組み合わせた奇襲をしたら……等と考えていたのだが、俺も前で戦っている賊に気を取られてしまっていたようだ。


「セラだ! 後ろから狙っているぞ……!」


 倉庫の出入り口付近に倒れていた男。

 俺が蹴り落した、屋根上の5人の最初の脱落者であるソイツが、半身を起こしながらそう叫んだ。


 戦闘中ではあるが、しっかりとその声は耳に届いたようで、何人かが振り向き俺を視認した。


「んだーっ忘れてたっ!!」


 俺が通路から姿を見せた時も一切動きを見せなかったからすっかり忘れていた。

 お陰で奇襲失敗か。


 早々に退場した身なのに、やってくれるじゃないか!


1065


 別に余裕や油断をしていたわけじゃないが、もう俺の中ではすっかりいなくなっていた男の妨害によって、折角の奇襲のチャンスを潰されてしまった。

 オーギュストたちと対峙しつつも、俺への備えなのかしっかりと各人が互いに距離を取って、一度に弾き飛ばされないようにしている。

 ついでに、射線が重ならないようにもしているし、中々よくわかっているじゃないか。


 だが……俺はそれでも賊一団に向かって突撃を開始した。


「気を付けろ! セラが行った!!」


 奇襲が失敗しようとお構いなしに、俺が突っ込む事を知らせる声が後ろから聞こえてきたが、もう遅いぞ!


「セラだ! アレは俺たちが引き受ける。お前たちはオーギュストを抑えていろ」


「おう!」


 始めに気付いた男が周りの者に指示を出して、2人を連れて俺を迎え撃とうとしている。

 それに合わせて、それ以外の者たちも前に出てオーギュストたちとぶつかった。


 状況が膠着していたように見えたけど……一気に動いたな。

 でも、さらに動かすぞ!


「まともにぶつかっても弾かれるが、魔法なら効くはずだ。まずは魔法で撃ち落とせ! 落とせさえしたらっ……!!」


 突っ込んでくる俺への牽制も兼ねてか、手にした槍を投げながらそう指示を出している。


 俺の急な参戦にもかかわらず、中々頭が回る奴がいるようだ。


 俺への対処法は、まずは魔法で撃ち落とす。

 多分それが正解なんだと思う。

 だから、この場合のコイツ等の動きは間違いじゃないんだが……。


 俺の対処に出てきた連中の中で、奥にいる1人。

 そいつが魔法を使うんだろうな。

 魔力を集中させているのがわかったが……残念だけどそれは無駄に終わるぞ!


「…………よっと!」


 魔法が放たれる直前まで俺は我慢して、いざ放たれようとしたその瞬間に、大きく横に逸れるように軌道を変えた。

 さらにそこから上昇すると、一気に頭上を越えて行った。

 3人ともしまったって感じの表情をしつつも、とっさの事に手を出せないでいる。


 屋根上で戦った連中もそうだったが、どうやらこいつらは対人の経験は豊富だが、強力な魔物との戦闘の経験はそこまで無いようだな。

 最初に槍を投げてしまい、武器が剣だけになったのもあるが、イレギュラーに対応出来ないでいる。


 さて、無傷で3人の背後を取った訳だが……このままコイツを狙うよりも……だ。

 俺は3人を無視して、その奥でオーギュストたちと対峙している残りへと向かった。


「抜けられたっ!? 行ったぞ!!」


 俺に頭上を抜かれた賊は、すぐに足止めが失敗したことを報告している。

 そして、それを聞いてこちら側の連中も、さらに横に広がって、俺とオーギュストたちの両方に対処出来るように動いているが……それだけじゃー足りないな!


「せーのっ!」


 俺は高速で賊の真っただ中に飛び込むと、最大サイズの尻尾を発動するなり、気合いを入れて即座に真横に振り抜いた。


「うおっ!?」


「ぐっ……」


「がはっ……!?」


 そこらで上がる苦悶の声。


 屋根上では慎重に行き過ぎたから、その反省を活かして溜め無しの速攻だったからな。

 初見で反応なんて出来ないだろう。


 そして、もちろんこの一発だけで終わりはしない。


「おい、魔法で撃ち落とっ……うおおおっ!?」


 尻尾の範囲の外にいた男は、俺が先程無視した3人に指示を出して、俺を撃ち落とさせようとしているが、視線を切ってしまったのが失敗だな。

 蹴りの体勢の俺がもう目の前に迫っている事に気付き、慌てて回避しようと横に身を投げ出した。


 尻尾の次の攻撃のターゲットを誰にするのか悩ましかったが、折角俺でも気づくことが出来るレベルのデッカい隙だ。

 遠慮なく突かせてもらった。


「団長!」


 決める事は出来なかったが、こちらの陣形は大きく崩す事が出来た。

 これなら……!


「任せろ! セラ殿は好きに動け!」


 オーギュストを呼びながら彼の方を見ると、尻尾を受けたり倒れた者に止めを刺していた。

 即興ではあるが、中々いい連携じゃないか。


 どうやら今のような動きで問題無いらしいな。

 オーギュストからも続けるように言われたし、それならもうちょっと派手に動き回ろうかな!


「よいしょっ!」


 気合いを入れ直して、俺は残りの連中へ突撃を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る