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「ぐおぉっ!?」


 屋根の端に向かって走る男の背中に蹴りを決めたんだが、まともに直撃したくせに、屋根の上を何度かゴロゴロと転がると、すぐに立ち上がり、俺に向けて構えを取った。


「……クソっ、使えねぇ」


 ついでに、もう一人の男に向かって悪態づくのも忘れていない。


「おー……よく堪えたね」


 タフなのか、それとも防具を魔力で強化しているのか……。


 少々ふらついているし、ダメージは入っている様だが、こいつも腕が立つのは間違いないな。

 ついでに、今も俺がパスした男と挟み撃ちにしようとしているあたり、モチベーションも高いようだ。

 再度コイツに向かって突撃するために蹴りの姿勢をとっていると、今の一撃を警戒しているのか槍を構えて短く持って、防御よりの構えをとっていた。


 まぁ……でも、これがフルメンバーならともかく、もう2人だからな。

 コイツ1人が守っても攻め手が足りなさ過ぎて、俺を倒す事はもう出来ないぞ。


「そんなんじゃ無理だよ? 諦めたら?」


「うるせえ! 俺は……っ!?」


 別に挑発する意図はないんだが、俺の言葉が彼のなにかに触れたのか、怒り交ざりの声で反論して来た。

 もっとも、なんて続けようとしたのかわからないが、聞いてやる義理は無いし、俺はその言葉を遮って突撃を行った。


 それを見た男は、ダメージを負ったままで受けるのは不味いと判断した様で、慌てて横に飛んだ。


 この戦闘だと、俺は基本的には真っ直ぐ突っ込んで通り過ぎた後に、軽く旋回してウロウロする。

 そして、仕切り直してまた突撃する……それの繰り返しだった。

 つい先程それにイレギュラーを加えて、1人倒したんだが、それでも今までの俺の攻め方から、その選択をしたんだろう。


 だが!


「甘いっ!」


 俺自身は、蹴りの体勢で男の横を通り過ぎてしまったが、サイズを戻した尻尾を思い切り真横に振り抜いた。

 元のサイズの尻尾は3メートル以上あるし、この間合いは予測出来ないだろう。

 それでも頭部はしっかり槍でガードしていたが、的が大きい胴体はカバー出来ておらず、尻尾は巻きつくように脇腹を叩いた。


「ぐおっ……!?」


 尻尾の直撃を受けて、男は何とか踏ん張りつつも、呻き声をあげてよろよろと後ろによろめいた。

 そこへさらに追撃をお見舞いする。


 表情はハッキリとはわからないが、それでも苦悶の表情を浮かべているのはわかった。

 何だかんだでダメージはしっかり溜まっていたんだろうな。

 槍で迎え撃とうとしていたが、その動きはあまりにも遅く、結局間に合うことなく俺の蹴りは胸に直撃した。


「ほっ! ……おー、これは決まったね」


 男は数メートル吹っ飛ぶと、倒れたままピクリとも動かなくなった。


 ヘビの目で見たらまだ息があるのはわかるが、大分弱々しい。

 背中への一撃に、脇腹への尻尾の一撃。

 どちらも何とか堪えていたタフな男だったが、流石にこれは無理だったようだ。


 もっとも、ダメージを負った状態にもかかわらず、【緋蜂の針】の直撃を受けても、未だに息があるってのは大したもんだけどな。


「さて、後は……!」


 屋根上に残った最後の1人は、未だ残っている照明の範囲の外に移動していた。

 少しでも構えを隠そうとしているんだろうが、それだけじゃないな。


「ねー、右手に隠してるのはわかってるよ? 無駄だからね?」


 男は剣を左手一本で持つと、右手を後ろに回して何かを探っていた。

 何かを取り出そうとしているんだろうが、魔力の気配は無いし……ナイフか何かかな?


「……チッ。お前、夜目も利くのかよ」


「うん? まぁねー。これでも色々出来るんだよ」


 軽口を叩きながら、俺はどんどん近付いていく。

 代わりに男は少しずつ下がっていくが、いよいよ屋根の端まで来てしまい、そこで足を止めた。

 その場所は照明らしき魔道具を投げていた男が倒れたすぐ側で、本人もそうだが、そいつが手にしていた槍も近くに転がっている。


 間合いが短い剣を捨てて槍に持ち替えるつもりなのかな?

 まぁ、そっちの方が微々たるものだけれど、剣よりは可能性があるよな?


「槍を拾ってもいいけど、無駄だよ?」


 まぁ、剣よりは俺も突っ込みにくくなるけれど、所詮は1対1だ。

 特に脅威になるとも思えないが、それでも一応釘を刺しておこうか。


「……クソッ!!」


 男はそう吐き捨てて、右手に持ったナイフと、ついでに左手に持っていた剣まで投げつけてきた。


 ナイフも剣も威力は無くて、【風の衣】が弾いてくれるから俺は男の挙動をしっかりと見ていたんだが、俺が指摘した通りすぐ側に転がっている槍に飛びつくとそれを手にした。


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「んん!?」


 俺は男が投げつけてきたナイフと剣を避けもせず、その代わり男の挙動を見ていたんだが、予想外の動きに変な声を出してしまった。


 俺は、てっきり槍を手にした後は、もう少し離れた所で倒れている別の男から魔道具を回収して、それを使って時間を稼いで来ると思ったんだが、コイツは屋根から飛び降りてしまった。


 ビックリだ!


 俺はすぐに気を取り直すと、男の後を追うことにした。


「逃がさ……んん?」


 屋根から降りた先は、隣の倉庫との間にある道とも呼べないような狭い通路で、さらに箱や樽が乱雑に放置されている。

 俺のように宙に浮いてでもいない限りは、何をするにも不向きな場所だな。


 だが、屋根に上ったりするくらいだし、事前に下調べをしていたのかもしれない。

 てっきり逃げるか、下で戦っている連中と合流するかとでも思っていたんだが、男は下で待ち構えていた。

 そして……。


「来い! ここなら上のようにはいかんぞ!」


 短く構えた槍を降りてくる俺に突き出して、そう言い放った。


「おぉぉ……やる気だね。まぁ……確かに狭いし自由には動けないけれどさ」


 改めてこの通路を見てみると、大人がすれ違う事が出来るかどうかくらいしかないし、上で見せたような尻尾の使い方は出来ないだろう。

 そして、横への移動も難しいし、俺の攻撃は正面からの突撃のみ……。


 いくら速度はあっても、正面から突っ込んでくるのなら、槍を持った自分なら渡り合える……そう思っているのかもしれない。

 間違っちゃいないが……そう上手くいくかな?


「ほっ!」


【祈り】と【風の衣】を発動し直すと、【緋蜂の針】も発動して蹴りの体勢をとった。

 毎度の事で代わり映えしないが、やはりこれが一番使い勝手が良いからな。


「さて……」


 準備が完了したところで相手を見た。

 星と月……それと俺自身の光で輪郭は見えるが、表情まではわからない……この状態の俺と対峙しても構えを変えていないあたり、自信があるんだろうな。


 まったく……無駄な事を!


 馬鹿にしているわけじゃないが、俺は「フッ」と笑うと、突撃を開始する。

 短い距離を一気に詰めて蹴りを放とうとすると、男は短く息を吐いて、俺の蹴りに合わせて槍を突き出してきた。


 真っ正面から迎え撃つんじゃなくて、ちゃんと半歩程だが横にずれて斜めから仕掛けて来ているし、あの口振りは伊達じゃないようだ。

 ただ、これだけじゃ駄目だな!


 槍が風に触れる寸前に、俺は急上昇をしてその突きを躱した。


「っ!?」


 槍を突き出したまま息を呑む男。


 屋根上での戦いでも俺はコイツの頭上を越えたりしたんだが、あの時は色々ドタバタしていたし、すぐにもう1人に仕掛けていたから、そのための動きとでも思ったのかな?


 俺の動きを追って、頭は上を向いているが体がついて行っていない。

 これで、終わりだ。


「よいしょっ!」


 俺は男の頭上を通過しながら、横にでは無くて縦に回転しながら尻尾を男めがけて叩きつけた。


「ぐおっ!?」


 頭を狙ったんだが……狙い過ぎたかな?

 頭を傾けることで、直撃は避けられてしまった。


 だが、その分ダメージはしっかりと入っている。

 頭じゃないから一撃で倒す事は出来なかったが、右肩に強烈な一撃をお見舞いして、槍から片手を剥がした。

 これならすぐには強力な攻撃は来ないだろう。


「たっ!」


 男の背後に降りた俺は、がら空きの背中へと蹴りを叩きこむと、「ぐっ!?」と汚い声を上げながら前方へと吹き飛んでいき、うつ伏せに倒れこんだ。

 今の一撃は相当なダメージはあっただろうが……俺は手を緩めないぞ?


 倒れて動かない男の真上に来ると、ダメ押しにアカメたちに一噛みずつさせた。


 ◇


「ふぅ……思ったより手こずったかな? えーと……うん、全員死んじゃいないね」


 目の前で倒れている男と、屋根の上で倒れている男たち。


 最初に蹴落とした1人はどうなったかわからないが、これで屋根の上にいた賊は全員倒す事が出来た。

 捕らえる手間はかかるが、別に俺が殺す必要もないし、こんなもんかな?


「それじゃー、さっさと向こうに合流を……おや?」


 屋根の上から視線を下ろす途中、倉庫の明り取りの窓からこちらを覗く者がいる事に気付いた。

 何かを仕掛けてくる様子も無いし……倉庫の中で働く者かな?


 もう終わったよ……と、シッシと手を振ろうと思ったのだが、その前に窓が開けられた。

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