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 正面に立つ男が俺の注意を引き、残りの2人は少しずつその場を離れながら、何かをしようとしているが……魔道具かな?

 どう動くのが正解か……とりあえず、2人の動きにも注意しながら正面の男の相手でもするか。


 何かを狙っている以上そんなわけないってのはわかっているが、まだ俺が動きに気付いているって事は、向こうには隠しておきたいからな。

 どうせこいつも適当な事を喋るつもりなんだろうし、俺も適当な事を言っておこう。


「そんで、何か用? 投降でもする気になったかな?」


「馬鹿を言うな」


 俺の返事に、さらに鼻で笑いながら返してきた。

 適当過ぎたか……。


「ぬぅ」と、唸っていると、男はさらに続けてくる。


「俺たちの狙いはお前じゃないんだ。退かないか? セリアーナとは昔からの付き合いらしいが、命を張ってまで守る義理は無いだろう?」


「……アンタたちがそれ言う?」


 話には真面目に取り合うつもりはなかったんだが、ついつい突っ込んでしまったじゃないか。


「あぁ? 割のいい仕事に乗るのは当然だろう?」


 表情まではよくわからないが、その言葉はあながち嘘って感じじゃ無い。


「割のいいねぇ……」


 既に俺1人に2人やられているし、下にいる連中や、繋がっているとしたら屋敷で襲って来た連中もか?

 それだけの人数を消費するこの仕事が割がいいなんて、とてもじゃないけれど思えないんだけどな……。

 こんな汚れ仕事を引き受けないとやっていけない様な腕ってわけでも無いし、何か事情でもあるのかな?


 まぁ……こいつらの事情は別にいいか。

 それよりも、こいつらも持っている情報が結構いい加減だよな。


 セリアーナとの付き合いが長いのは確かだが、今の俺はそれに加えてミュラー家の養子って縁もある。

 その事を知らないって事は、俺たちが王都を訪れることは聞かされていても、戦争前か、もしかしたらそれ以前の情報で止まっているのかもしれない。

 それも、随分浅い部分だけ。


 ふむむ……気にはなるが、これは俺が考えても意味の無いことだな。


 それよりも、ペラペラ軽口を叩きながらコイツも少しずつ後ずさりしている。

 声の大きさでカバーしているから、姿が見えさえしなければ気付かなかったかもしれないが、俺は見えているぞ!

 そして、何となくコイツらの狙いも読めた。


 両側の2人が距離を取って、正面のこいつも俺から離れようとしている。

 ってことは、両側の2人が使おうとしている物は、範囲に効果を及ぼすような毒薬みたいなものだろう。

 使い方を考えたら即死するような強力な物じゃなくて、痺れたり……何か俺の動きを阻害するような類のはずだ。


 煙幕は……元々暗いからあまり意味が無いだろうし、爆発するようなものは、この屋根っていう高所で使ったら自分たちの方が危なくなるだろうから、それは無いよな。


 よし……その何かを投げるタイミングで仕掛けるか。

 それじゃー、もうちょいこの間を保たせないとな。


 俺は3人全員の挙動を逃さないように気を付けつつも、怪しまれないように相手の軽口に応じ続けた。


 ◇


 軽口に応じる事1分強。

 ジリジリ下がり続けていた3人だったが、足を止めていた。


 未だに正面の男は話を続けているが、もう俺との距離は5メートル近く開いている。

 両側の2人も同じくらいかな?


 賊側は時間を稼ぐのも有りっぽいことを言っていたから、もう少し時間をかけるのかと思ったが、大分早かったな。

 何かの合図で、投げつけると同時に一斉に下がるってとこかな?

 それなら、俺はそのタイミングで突っ込むか。


「……なあ」


「なに?」


 男は俺に向かって、裏切らないかだとか、何もしないで傍観しないか……だとかを言っていたが、不意に話を切り替えてきた。

 これは来るか!?

 ついつい何事かと訊ね返してしまったが、何時でも仕掛けられていいように心の準備は出来ているし、隙なんか作らないぞ?


「ああ…………っ!」


 男は俺の返事に一言呟いたかと思うと、足元を剣で強く叩いて音を鳴らした。

 そして、自身は後ろに一気に飛び下がり、さらに両側の2人が右腕を揃って振り抜いて、何かを投げつけてきた。


 言葉で俺の気を引いて、3人揃っての一斉行動での不意打ち。

 普通だったら決まってもおかしくないが、俺はずっと警戒していたからな!


 飛んできたそれが着弾する前に、俺は真横に高速でその場を離脱した。


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 投擲を横に高速移動する事で回避した俺は、そのまま端の男めがけて突撃を開始した。

 まだ俺が横に移動した事に気付いていないのか、顔は投擲先を向いたままで隙だらけだ。


 コイツの腕がどれほどかはわからないが……今なら確実にやれる!


 そう思い、【緋蜂の針】を発動して対魔物用の突撃体勢を取ろうとしたその時。

 俺が先程までいた場所から急に「ボンッ!!」と大きな音と光が発生した。


「おわああぁっ!?」


 びびった!


 もしかしたら、あの投擲物は火くらいは上がるかもと思っていたが、デカい音と閃光は想定していなかったから、ついついデカい声を上げてしまった。


 しかも、すぐに消えるんじゃなくて、何かまだ着弾した場所が明るく光ったままだ。

 お陰で……。


「あそこだ!」


 あの強い光だし、俺があの場にいない事は一目でわかるだろうが、それでもどこにいるかまではわからなかっただろうに……デカい声を上げてしまったせいで、今いる場所がばれてしまった。

 不意打ち失敗だな。


 ついでに、俺の側に右端の男が何かを投げつけてきた。

 屋根に着弾すると、先の一発と同じく音と光が生まれる。

 それに、先程は距離があったから気付けなかったが、音と光だけじゃなくて風まで発生している。


 アレがただ俺の場所を探るためだけとは思えないし、もう1人が投げたのはなんだったのかも気になるが、それよりも先にこの3人だ!

 今の光と音はこの下や向こうの屋根の方にいる連中にも、何かが起きたってのが伝わっただろうし、サッサと片付けてしまおう。


「よし!」っと気合いを入れると、改めて突撃用の体勢をとって、投擲したばかりの右端の男めがけて突っ込むことにした。


「来るぞ。風だけじゃない! 距離を間違うな!」


「ああ!」


 横からの声に槍を構えて答える男。

 尻尾の事は、バレていないだろうが警戒はされているし、【風の衣】だって怪しまれていてもおかしくない。

 俺の姿は、未だ消えていない明かりのせいではっきり見えている。

 不意打ちに失敗した以上まともに戦うことになりそうだが、さて……どうするか。


 突っ込みながらもどう戦うか、相手の目を見ながら考えていたんだが、「おや?」と、ある事に気付いた。


 両手で槍を手にして、俺の挙動を見逃さないように目をしっかりと開いている。

 もちろん、俺が繰り出すかもしれない、よくわからない攻撃にも対処出来るように、前のめりにはなっていないが……結構入れ込んでいるよな。


 これは行ける!


「…………ふらっしゅ!」


【風の衣】と男の槍が触れるまでもう僅かとなった所で、俺は男の顔目掛けて魔法を放った。


 まさかここで魔法が来るとは思っていなかったんだろう。


 俺の魔法は速度はそこまで大したことないんだが、回避する事が出来ずに直撃しかけた。

 それでも、手にした槍で弾こうとするあたり、ポカンとしてしまう俺よりはるかにいい動きをしているんだが……ちょっとそれは失敗だったな。

 俺の魔法は、ほんの一瞬だがコイツが投げた魔道具よりも強烈だ。


「あっ!?!?」


 男は、眼前で発生した閃光に目を眩まされて、短い悲鳴を上げながら手にした槍を離してしまった。


 まぁ……情けないとは言わないよ。

 人間そんな風に出来ているんだ。


 ともあれ、これで隙だらけ。


「ほっ!」


 がら空きの胴体に蹴りを叩きこむと、悲鳴も上げずに吹っ飛んでいった。


 これで、残りは2人。

 さぁ、一気に行くぞ!


 俺は反転すると、今までよりもさらに速度を上げて、まずは手前の男めがけて突っ込むことにした。

 奥の男は今しがた倒した男同様に、何かの魔道具を所持している様だが……こいつはどうかな?


「ちっ……お前は下に行け!」


 おや……逃がすつもりか?

 いや、違うな。

 走って逃げられるとは思えないし、こいつらだって考えないだろう。

 下にいる連中と合流させるつもりか。


「俺はここでセラを……!」


 そう言って剣を構えた。


 俺を倒すつもりか時間を稼ぐつもりか。

 どっちかはわからないが、そうはさせない!


 俺はさらにもう一段加速させると、風が接触する寸前で高度を上げると、屋根から降りようと端に向かって走っている男目指して、蹴りの姿勢を取って突撃した。


「っ!? まっ、待て……クソがっ!!」


 手前の男は、すぐに振り向いて俺に攻撃を仕掛けようとしたが……尻尾を元のサイズに戻して振り回す事で、男に牽制を入れた。

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