491

1054


「賊の狙いですか……」


「そうそう」


 護衛の一人は俺の質問に、前を警戒しつつも、考え込むような素振りを見せた。


「あ……ただ単に気になって聞いただけだから、何でもいいんだよ? 別に何も無ければそれでいいし……」


 俺もセリアーナの護衛って立場ではあるが、一応お貴族様だもんな。

 迂闊な事は言えないって、身構えちゃうか。


 その事に思い当り、慌てて言葉を付け加えたんだが、逆に彼女の方も首を横に振ったかと思うと、慌てて話しかけてきた。

 なんだろうな?


「いえ、構いません。……セラ様、貴女が矢や魔法を防いでいたのは風系統の加護でよろしいでしょうか?」


「お? うん、そうだよ」


 加護の詳細はあまりぺらぺら話すような事でもないが、彼女たちは【風の衣】を見ているし特に隠す必要もないだろう。


 そう思い彼女の質問に答えたんだが、それを聞いた彼女は何やら俯き考え込んでいる。

 そして、顔を上げて、前にいるリーダーに向かって「どう思う?」と訊ねると、リーダーは前衛を他のメンバーに譲り、こちらに向かって歩いてきた。


 どうやら俺たちの話はしっかり聞こえていたようで、彼女もすぐに会話の輪に加わってきたのだが……。


「セリアーナ様」


「何?」


 リーダーは、何やら俺ではなくてセリアーナに話があるらしい。


「賊が先程から散発的に放って来る魔法ですが、独自の改良がされていて、威力や速度に反して大分強く風の力が込められていました。そこまで手が込んでいるわけではありませんが、普通に牽制に使うには勝手が悪い魔法です」


「そうね。でも、初めから使ってきているわね。何か目的があるんでしょうけれど……セラかしら?」


「はい。セラ様の加護で守られている以上、簡単にはセリアーナ様に手が出せませんから……。セラ様とセリアーナ様を引き離すために、有効な手を探っているのでしょう」


 セリアーナとリーダーの会話を、ふむふむと頷きながら聞いていたのだが……ふと疑問が頭をよぎった。

 賊側の作戦はいいとしても、俺をセリアーナから引き離すのに、風の魔法を使ってくるって……どういうことだ?


「ねぇ、オレの加護って【浮き玉】とかと違って別に知られてないよね? 風の魔法って一般的なのかな?」


 風系統はセリアーナもエレナも使っていたが、二人は目の前の魔物の動きを止めるために使っていた。

 普通に攻撃に使うなら火系統が多い気がするんだよな。


 その事をセリアーナたちに訊ねると、二人は揃って頷いた。


「普通敵を倒すには火系統を使います。直撃しなくても余波で痛めつけられますからね。ですが、あえて風系統を使っていたのは、恐らくセラ様の情報が伝わっているからでしょう」


「だよね?」


「外で襲って来た者たちとは別勢力と考えていたのだけれど……繋がっている様ね。全く……鬱陶しい」


 セリアーナは、溜め息交じりに言い放った。


 こうまで露骨に態度に出すなんて、後は船に乗って帰るだけなのに、相変わらずそれをチクチク邪魔してくる賊たちが、余程邪魔に感じたんだろうな。


 それを見たリーダーたちの顔が若干引きつっているし、とりあえず、セリアーナの肩を叩きながら宥めることにした。


「……フン」


 面白くなさそうに鼻を鳴らすセリアーナ。

 まぁ……引きずったり当たり散らすタイプじゃないし、すぐに落ち着くだろう。


 それよりもだ。


 セリアーナを狙うって目的こそ同じであっても、外や屋敷で俺たちに仕掛けてきた連中とは別勢力……ってのが、セリアーナやリーゼルたちの見解だったんだ。

 しかし、もし同一勢力だとしたら……。

 どうなるんだ?


「えーと……何か変わるのかな?」


「さっきからしつこく同じ様な事を繰り返しているのは、お前を引き離しさえしたら、何か打てる手でも持っているのかもしれないわね。私を狙う事を優先するかもしれないからリーゼルたちと別れたけれど、こうなって来ると分散させて守りを薄くすることが目的の可能性もあるし……。貴女たち、向こうの戦況はどうかしら?」


「そろそろこちら側の包囲が完成しますし、優位に進められるはずです」


「そう。それなら、向こうと合流してしまいましょう。さっさと片を付けてしまえば、賊が何を企んでいようと関係無いわ」


 元々相手の狙いがわからないから、念のためにわかれていたんだが、ここはもう相手に合わせたりせずに、一気に決めてしまおうってことか。

 向こうが押されているのならともかく、どうやら優勢っぽいし、合流しても大丈夫だろう。


 リーダーたちも同意見らしく、セリアーナの言葉に頷いている。


「わかりました。それでは彼女が先導します」


 リーダーはそう言うと、前衛に立っている一人を指した。


1055


 前衛に立っていた護衛は、リーダーの指示を受けるとすぐにオーギュストの下へと走っていった。

 俺たちがこれから合流する事を知らせるためだ。


 パッと見た感じ、手前のオーギュストが率いる隊も、奥のリーゼルが率いている隊も、どちらも戦況は有利っぽいし大丈夫だとは思うが、それでも、一応戦闘中だし迂闊に近づいて攻撃されても困るもんな。


「伝えたようですね。それでは、合流をしましょう」


 リーダーは、伝令役の彼女がこちらに向かって合図したのを見ると、出発を促した。


「ええ。セラ、お前は風を……」


「ん。りょーかい!」


 セリアーナが言い終わる前に、改めて【風の衣】を発動した。

 どうやら、俺のこの【風の衣】に風の魔法を当てる事で、俺たちの陣形を崩そうと考えているみたいだし、範囲には気を付けないとな。


「よし……いいよ。……って、おわっ!?」


 とりあえず、俺とセリアーナがギリギリ入るくらいに範囲を絞ると、セリアーナの肩に手を置いて準備が完了したことを告げた。

 直後にもう一発魔法が飛んできたが、それはまた護衛が防いでいた。

 同じく風の魔法だったが、俺とセリアーナに影響は無かったし、この範囲でいいみたいだな。


「結構。後ろも……問題無いわね」


「はい。周囲は私共が固めます。それでは参りましょう」


 そして、セリアーナとリーダーは、今の魔法に動じたりもせずに、出発を告げた。


 ◇


「奥様、副長。こちらに合流するとは聞きましたが、何かありましたか? 賊共がそちらにも仕掛けているのはわかっていましたが、守りを突破されてはいなかったようですが……」


 合流した俺たちに、オーギュストはまず初めにそう訊ねた。


 先程までオーギュストはこちらの指揮を執っていて、戦闘には参加しないものの、わざわざ守りが足りている俺たちの方を見たりはしていなかった。

 それでも、大体の事は把握出来ていたようで、賊の攻撃を問題無く防げているのもわかっていたらしい。

 それだけに、安全のために分かれたのに、なぜ俺たちが合流しようとしているのかが疑問なんだろうな。


「外や屋敷で仕掛けてきた連中と、目の前の賊。私たちは別の勢力だと考えていたけれど、どうやら繋がっている可能性が高いの。私たちを別々にさせる事も計画のうちかもしれないし、さっさと片付けた方がいいでしょう?」


「……なるほど」


 オーギュストはセリアーナの言葉に頷き一言だけ呟くと、すぐに前を向いた。


「確かに賊の動きが変わってきていますし、仰る通りかもしれません」


 俺たちが合流してから話をしている間にも賊との戦闘は続けられているんだが、先程までは離れた位置から見てもわかるくらい、なんともトロトロした小競り合い程度のものだったのに、相手側の攻めが激しくなってきていた。


 さらに、セリアーナを狙う攻撃にも変化が出ている。

 向こうにいた時は矢と魔法が精々1発ずつだったのに、今はさらに数発追撃が増えていた。


 なんなんだろうな……これは。

 この状況で牽制ってのも変だし、かと言っていくら数を増やしたところで、この程度の攻撃でセリアーナに届く訳ないってのは、連中だってわかっているだろうに。


「まだ何か狙いがあるのかもしれないし、セラを使っていいわ。先にこちらを片付けてしまいなさい」


「お? ……ぉぅ」


 賊の狙いは何ぞや……と、首を捻っていたが、唐突な参戦命令に驚いてしまった。


「よろしいのですかっ!?」


 聞いていたオーギュストもだ。


「ええ。時間をかければ街の兵も動くでしょうけれど……貴方だって早く片付けた方が良いと思っているでしょう?」


「……はい。時間をかければ街の兵も動くでしょうが、賊共も何か狙いがあるのかもしれません。急ぎ片付けて、我々はこの街を離れた方が良いでしょう」


 オーギュストはセリアーナに頷くと、彼女の後ろにいる俺に視線を向けた。


「副長。奥様の護衛には私が付く。君はまずはこちら側を一気に片付けてくれ。兵は君の援護をさせるから、好きに動いてくれて構わない。頼んだぞ」


「好きに動いていいんだね……りょーかい! ほっ!」


 夜だから目立つし控えていた【祈り】を発動すると、俺はセリアーナから離れて前で戦っている兵たちのもとへと向かって行った。


 リーゼルたちの方はまだ動きに変化は無いが、こっちの動きが変わった事に気付かれたら、向こうもどうなるかわからないしな……。

 さっさとこちらを片付けてしまおうか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る