490

1052


「オーギュスト、どうだい? 屋根や陰に潜んでいるのは分かるが……内部に隠れられたら僕じゃ察知は難しい。倉庫内にもまだ残っている者がいるんだろう?」


 彼が言うように、建物の外にいる者に関しては概ね居場所は把握出来ているが、内部まではその範疇ではない。

 セリアーナの加護でも、生物の有無は見分けられても敵か否かまでは確定出来ないため、敢えて探らせたりはしていない。


 リーゼルはセリアーナたちが下がっていった方に顔を向けながら、オーギュストに賊の配置を訊ねた。


「はっ。警備の者はもちろんですが、倉庫の持ち主の商会から積み荷の管理を任されている者も中にいるそうです。倉庫の管理を任されるだけあって、身元は確かな者たちばかりですが……それでも、小銭目当てに一時的に中に身を潜ませる事を許可をだしたりするかもしれません」


「賊も僕たちが絡まなければ、普通に冒険者なり傭兵なりをしているし、その程度の信用はあるか……。まあ、いい」


 リーゼルは再びセリアーナたちがいる方へ顔を向けた。


「セリアもセラ君も、その気になれば二人だけでリアーナに帰還出来るし、向こうの事はそこまで気にしなくてもいいかな?」


「はい。射程外に出るまでは油断は出来ませんが、一度出てしまえば、もう追いつく事は出来ません。セラ殿の恩恵品が賊共の想定を超えたお陰ですね」


「全くだ。とはいえ……だ。僕たちを置いて自分たちだけでの帰還は、セリアも良しとしないだろう。足手まといになってはいけないね」


 リーゼルはそう言うと、剣を抜いて前を見た。


 そちらでは、倉庫の屋根や陰に身を隠していた賊たちが倉庫前に集まり始めている。

 不意打ちでもしたかったのかもしれないが、リーゼルたちが馬車から降りて、さらにセリアーナが離れていったことで、自分たちが潜んでいる事に気付かれたことが分かったんだろう。


 そして、周囲の兵たちは手にした槍を構えている。

 どちらも戦闘の準備は完了だ。


 賊は、倉庫を背にしてリーゼルたちの前に布陣している。

 数は賊の方が多いわけだし、その気になればそのまま港の入口近くにいるセリアーナたちを襲えなくもないが、リーゼルたちに隙を見せたくないのだろう。


「オーギュスト、こちらはこのまま僕が指揮を執るから、君は半分を連れて向こうを頼む。牽制程度にセリアたちに仕掛けるかもしれないが、多少は無視してもいいよ」


「はっ。上手く抑え込みましょう」


 数では負けてはいるものの、倉庫のおかげで相手の動きを大きく狭められている。

 動き方次第で包囲する事も不可能ではない。


 オーギュストはリーゼルの言葉に力強く頷くと、小声で簡単な指示を出しながら、兵を連れて少しずつ移動を開始した。


 ◇


 俺たちが一先ずの退避を終えて間もなく、倉庫の周りから賊らしき連中がゾロゾロと姿を見せ始めた。

 まぁ……武器を持っていたし、同じくリーゼルたちも武器を構えて対峙しているから、まず間違いないんだろうが……。


「……なんか大人しいね」


 戦闘が始まってはいるんだが……アレ、始まってるんだよな?

 互いに武器を手にしてはいるが、少しずつ横に広がったりはしていても、ぶつかり合うような事はせずに静かなもんだ。


「まあ……あんなものじゃないかしら? 馬にでも乗っていればまた違ったでしょうけれどね」


「あぁ……それもそうだね」


 お互いに馬に乗っていたらもう少し動きがあるんだろうけれど、どちらも今は徒歩だ。

 普通に足を止めたり、ジリジリ少しずつ移動したりが出来るから、互いに見合っているだけに見えてしまうんだろう。


「今は互いに有利な位置を取り合っているんでしょう。リーゼルたちは、倉庫を壁に使って包囲を。賊は……私たちを狙っているのかしら?」


 セリアーナは呟きつつリーダーに視線を向けた。


 リーダーは、セリアーナと賊たちの射線の間を遮るように立っている。

 セリアーナが言うように、賊がリーゼルたちを無視してこちらに仕掛けて来ても対処出来るようにだろう。

 他の三人も、前方に注意を払いつつも周囲をしっかり警戒している。


「こちらの様子を窺っている気配があります。私たちが港から離れたりしないように、牽制をしてくるかもしれません。弓か魔法か……どちらにせよ私共で防ぎますから、どうぞご安心ください」


「結構。それなら……あら」


「失礼!」


 リーダーは、セリアーナの話を遮ると、盾を構えて前に飛び出した。


1053


「ふっ!」


 リーダーは短く息を吐き盾を思い切り上に振り抜くと、「パンッ」と何かが弾けるような音がした。

 一瞬遅れて上から風のようなものが吹きつけてきて、リーダーたちの髪や服がなびいている。


 もっとも、その風は俺の【風の衣】を突破するほどの威力は無いようで、俺やセリアーナには何の影響も無かった。


 今のは攻撃じゃないよな……?

 攻撃だとしたら、一発だけって事は無いだろうし、この後も続くかもしれないが……。


「大した威力ではありませんし、こちらの動きも見ているとの意味も込めた、ただの牽制でしょう。私たちで問題無く防げます」


 俺たちの周囲を守る護衛の一人がこちらにやって来て、今の魔法についての説明をしてくれた。

 今防いだリーダーだけじゃなくて、彼女たちでもちゃんと防げるのなら、どこから狙ってきても大丈夫そうではあるな……。


 ふむふむと頷いていると、魔法を防いだリーダーも戻ってきたが、何か思う事でもあるのか盾を気にしているようだ。

 仲間もその様子に気付いたようで、声をかけている。


「隊長……? どうかしたの?」


「今の魔法……威力も速度も大した事は無いのだけれど、その割に弾けた際の風が強かった気がして……」


「ああ、そういえば。ちゃんと弾いたのよね?」


「ええ。この盾でしっかりと……。盾には何も跡は付いていないし、威力が無かったのは間違いないはずよ」


 聞こえてくる内容から、今の魔法を怪しんでいるようだ。


 速度や威力は大したことないのに余波だけは大きいか。


 一見……まぁ、実際は見えなかったけれど、ともあれ、ちょっと特殊なアレンジをした魔法だったようで、牽制にしてはちょっと手が込んでいるし、彼女たちもその事を疑問に思っているんだろう。


「なんか普通の牽制とは違ったみたいだね」


「そうね。いくつか可能性は思いつくけれど……どのみち私たちがどうこうする事でもないわ。それよりも……セラ」


「うん?」


「お前は倉庫の屋根と、街に気を配っておきなさい。私は索敵に専念するから、目を閉じておくわ。もし、何かに気付いて必要だと思ったら、多少乱暴に引いても構わないから、私ごと退避しなさい」


「お? ぉぉ……。りょーかい」


 今の段階だと、セリアーナも賊の狙いを断言する事は出来ないようだ。

 だが、何かを仕掛けてくるだろうとは考えているようで、いざって時には俺の判断で退避をしていいという、ちょっと珍しい指示を出してきた。


 とりあえず、彼女に言われた通り、倉庫の屋根と街の方を気を付けておくかね?

 向こうの戦闘に関してはリーゼルたちに任せているし、向こうの賊が何か仕掛けて来ても、護衛の彼女たちで対処出来ているもんな。


「よし……」


 気合いを入れると、俺はセリアーナの肩に手を置いて、周囲の警戒を始めることにした。


 ◇


「魔法」


「私がっ!」


 前に出て矢を防いだリーダーが、さらに飛んで来た魔法の対処の指示を出すと、別の一人がすぐに応じて、前に出る。

 彼女は盾を持っていなかったが、代わりに手にした槍を大きく振るうと、魔法を迎撃した。


「くっ……」


 やはり威力は大したこと無いが、魔法を弾いた後に吹く強い風に、顔を歪ませている。

 盾と違って槍だとモロに風を浴びるからか少々きつそうではあるが、まぁ……もう何度か見た光景だ。


 しかし……。


「ねぇ」


「どうされましたか?」


 俺たちの側に控えている護衛の一人に声をかけると、すぐに返事が返ってきた。


「あいつらって何考えてると思う?」


 向こうで戦闘が開始して、こちらにも最初の牽制の一発が飛んで来てから十分ほど。


 向こう側では数人の兵を率いたオーギュストが、リーゼルたちから離れて賊と俺たちの間に入って来たり、何回か槍を打ち合ったりと、少しではあるが変化が出ていた。


 とはいえ、誰か倒されたりとかそんな事も無く、実際変化はあってないようなものな気がする。

 そして、こちら側には何度か矢と魔法が飛んで来ていた。


 つい今あったように、最初の一発以降は魔法だけじゃなくて矢も飛んできている。

 順番はバラバラだが、どちらもセリアーナを狙うような真似はせずに、とりあえずこちらの動きを牽制するための、比較的緩い攻撃だ。


 だが、それでも魔法に関しては相変わらず強めの風が生まれるアレンジをしている。

 流石に一発や二発ならともかく、こうまで続くと何か狙いがあるのは確かなんだよな。


 でも、それは何なんだろうな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る