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「港に入ったね」


 今までも何度かこの街の港を利用したことはあるが、その時はいつも朝だったり昼間だった。


 明るい時間だと、停泊している船から荷を降ろしたり、逆に出航準備で積み込んだり……多くの水夫や商会の人間が動き回っている。

 そして、港にいる人間が多いから、そこを警備する兵の数だって多数いた。


 だが、今はもう夜の遅い時間で、昼間は多数いる港で働く者たちの姿は見えず、辛うじて停泊している船を警護する私兵と、巡回の少数の兵がいるだけだ。


「……賊がいるようには思えないけど、いるのかな?」


 俺たちが乗る馬車が港の倉庫などが並ぶ一画に少なくとも、馬車から見える範囲には怪しい者の姿は目に入らない。

 それでも襲撃があるんだろうか……と、セリアーナの顔を見ると当然と言った様子で頷いた。


「いるわね」


「ああ……。馬車に乗っている僕でも気づけるという事は、隠れる気は無いようだね」


 続いてリーゼルも。


 セリアーナの加護だけじゃなくて、気配的なものでも賊の存在に気付けるとなると……馬車の外にいるオーギュストたちも気付けているだろう。

 ……その割には、外で大きな動きは無いな。


「港で警備をしている者たちへの牽制かな? 周りを気にしなくていいのはこちらもありがたいが、セリアたちは船から少し離れていた方が良いかも知れないね」


「そうね。どのみち分断しようとするでしょうし、それなら初めから離れておいた方が、こちらも守りやすいでしょう。後ろの彼女たちと一緒にいる事にするわ」


「後ろ?」


 誰かいたっけ?

 いくら俺が側にくっついているとはいえ、よく知らない相手と一緒に退避ってのは、個人的には避けて欲しい。

 それをするくらいなら、俺たちだけ水上に移っておいた方が良いくらいだ。


「冒険者を護衛に雇っていたでしょう? 道中で捕縛した賊の護送に、彼女たちも詰所まで同行させていたから、先の屋敷での戦闘には参加しなかったけれど、港までの途中で合流していたのよ」


「ぉぉっ!?」


 あの4人なら腕も悪くないし、王都からの移動の間に多少は俺たちの事も理解出来ているだろうから、一緒にいて俺たちの妨げになるって事は無いだろう。


 ふむふむと頷いていると、心なしか馬車の速度が落ちて行ったような気がする。

 まだ、港の中ほどの場所で俺たちの船が停まっている所とは距離があるが……ここで降りるのかな?


「ん? ……船の停泊地にはまだ距離があるけれど、ここで止めるようだね。二人とも、いいかい?」


「ええ。セラ、お前もいいわね?」


 まだまだ聞き足りないことがたくさんあるんだが、馬車の中で悠長に話をしていても、狙い打たれるだけかもしれないし、さっさと降りてしまおう。

 流石にひと当てでケリがつくとは思えないし、待っている間に教えてもらえばいいよな。


「うん、大丈夫」


 俺の返事を聞いたセリアーナは「結構」と頷き、そして、速度を落としていた馬車が丁度そのタイミングで停車した。


「失礼します。旦那様……」


 御者が小窓を開けると、外の様子を伝えてきた。


 どうやらこの停止はオーギュストの指示によるものらしい。

 彼の口振りでは、まだ賊は姿を見せていないようだが、それでもここで迎え撃つことに決めたようだ。


「じゃあ、行こうか。僕は兵たちと共に前に出るから、後は上手く二人で動いてくれ」


 リーゼルはそう言うと、立てかけていた剣を手にして、先頭で馬車を降りて行った。

 俺たちも続いて降りて行く。


 屋敷の襲撃では大人しく後方に下がっていたが……ここでは前に立つようだ。

 彼の腕なら心配は無いだろうが……健闘を祈っておこう!


 ◇


「奥様、セラ様」


 馬車から降りるとすぐに、護衛の冒険者の4人が集まってきた。

 彼女たちの恰好は、街に到着した時から変わりは無い。

 積極的に戦うよりは、下がってセリアーナの防衛に専念する……その方針に変更は無さそうだな。


「私とセラは固まっておくから、貴女たちはその周囲をお願い。多少の攻撃なら自分たちで防げるから、魔法が撃ち込まれるようなら、それは貴女たちに任せるわ」


「はっ」


 セリアーナの指示は中々酷な内容だと思うが、護衛の彼女たちはノータイムで返答をしてきた。

 頼もしくはあるけれど……ちゃんとこれから起きることは分かっているよな?


 ちなみに俺はよくわかっていない。

 敵が襲ってくるんだろうけれど……色々俺たち側も賊側も穴があるように思えるんだよな……。


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 港の倉庫が立ち並ぶ一画には、リーゼルやオーギュストが率いるウチの兵と、屋敷からここまで先導がてら一緒について来たこの街の兵たち十数名がいる。

 そして、その彼等を遠巻きに見ている、港の警備の者たち……。

 彼等は少数だし、何よりただ事ではない雰囲気を察したのか、近寄ってくる気配はないため、今のところ倉庫前にはリーゼルたちだけとなっている。


 んで、護衛の四人はセリアーナの説明が終わるとすぐに、移動させられた。

 まぁ、これから襲撃を受けるであろう場から離すのは護衛なら当然だよな。


 ちなみに、今いる場所は港の入口のすぐ側だ。


 ここまで下がるのなら、もういっそ片が付くまで街の方に行っちゃえばいいのにと思わなくもないが、そうなるとこちら側は二手に分かれることになってしまうからな。


 賊連中は、港にいるのが全てという訳じゃなくて、もしかしたら街中にも様子見の連中がいるかもしれない。

 俺たちが二手に分かれることで、そういう見送ろうとしていた連中が心変わりして、街中で襲ってこようものならエライことになってしまう。


 街の外れにある港と違って、街中で騒ぎを起こせばすぐに兵がやって来るだろうが……この街までの道中で何となくわかってはいるが、賊の方が多分腕がいいんだよな。

 この街の兵たちも悪くはないんだが、まぁ……やっぱり治安維持が専門な兵と、直接暴れることが専門の冒険者や傭兵との差だろう。


 だから、俺たちが迂闊に街へと引き返してしまうと、リセリア家の問題で他所に余計な被害を出さないようにって、ここまで色々気をつかってきたのに、それが無駄に終わってしまいかねない。


 ってことで、港からも街側からも簡単には攻撃を受けず、尚且つその気になればどちら側にでも避難できる、この位置に俺たちは止まっているわけだ。


 ◇


「あ……」


 退避場所からリーゼルたちを眺めていたのだが、そこで俺は異常に気付き、ついつい呟き声を漏らしてしまった。

 他の皆はとっくに気付いていたようで、全く動じた様子は無かったが、俺は今気付いた!


「お前にも見えたかしら?」


「見えた見えた。倉庫の屋根とか陰に潜んでたんだね……」


 セリアーナに答える俺。


 今までは賊連中も身を隠すために気配を消していたのか、ヘビたちの目を発動しても気付く事は出来なかったが、いやはや……いるわいるわ。

 全部で20人くらいかな?


 ヘビたちの視界を全開で共有していたら気付けたかもしれないが、俺も普通に動いていたから、ちょっと共有の度合いを軽めにしていたため、気配を消されると気付けないんだよ……。


「結構いるね……」


 とりあえず俺が気付けているだけで、もしかしたら他にもいるかもしれないし、中々めんどくさそうだ。


「同数ならウチの兵たちは問題無いけれど、賊の方が数が多いし、実力もこの街の兵たちよりは上ね。戦い方にもよるけれど、時間がかかるかもしれないわね」


「時間かけたら街の方から来ないかな?」


「街の兵? それとも賊? 兵は私が断るし、賊だって余程形勢が有利にでもならない限り参戦しないでしょう。そこは気にする必要は無いわ。……もっとも、それはリーゼルたちのことで、私たちを狙う場合もあるから、お前も気を抜かないでいるのよ」


 あくまで本命はセリアーナだ。

 そう簡単に突破できるとは思えないが、リーゼルたちをパスして直接狙ってくる可能性もしっかりあるし、距離があるとはいえ、街側だけじゃなくて向こうにも気を配っておかないとな。


「うん」


 面倒な相手だな……等と思いつつセリアーナの言葉に頷いていると、横から護衛のリーダーが声をかけてきた。


「セラ様、よろしければこちらを使われますか?」


 そう言って差し出してきたのは、柄から切っ先まで入れて50センチあるかないかくらいの小剣だ。


 彼女たちは昼間俺が戦っている姿を見てはいるが、その時は【緋蜂の針】を発動しての蹴りだけしか使っていなかったし、俺の武器がそれだけって思われても仕方が無いか。


「いや、オレは大丈夫だよ。セリア様は?」


「私も必要無いわ。コレで十分」


 セリアーナに向かってそう話を振ると、相変わらず鞘に入ったままではあるが腰に差した自分の剣を手の甲で軽く叩き、そう言った。


 リーダーは「はっ」と短く答えると、剣を自分の腰に戻したが、若干声に緊張感が籠っている。

 見れば他の3人も何やら表情が硬くなっているし……これは、俺は盾にこそなっても戦力にならないかも……とでも思ったのかもしれないな。


 まぁ……それは見解の違いだろう。

 それよりも……。


「始まったね」


 向こうに視線を向けると、潜んでいた賊たちが武器を手に倉庫前に集まり始めていた。

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