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 さて。


 玄関回りや庭のがれきの撤去が終わり、先程のフェイクでリセリア家の馬車への荷物の積み込みなんかの準備も完了して、今度こそ屋敷を発つことになった俺たちは、馬車に乗り込むことになった。


 俺を先頭に、セリアーナ、リーゼルの順で乗ることになったが、リーゼルは玄関前で代官と話し込んでいる。

 頻りに代官が頭を下げているが……アレは何を話しているんだろう。

 この短い滞在時間で色々あったし、謝罪する理由はたくさんあるからな。


「何話してるんだろうね?」


「さあ? 襲撃を許した事への謝罪か、減刑の道筋を用意したことへの礼か……案外両方かしらね? 私たちが気にする事ではないわ」


「ほぅ……。お? 終わったみたいだね」


 セリアーナ越しに窓の外を眺めていると、深々と頭を下げる代官と、その彼に軽く手を振り、こちらにやって来るリーゼルの姿が目に入った。

 リーゼルはドアを開けて乗り込むと前の席に座り、腰の剣を外して、セリアーナの剣と一緒に立てかけた。

 そして、外で待機していた兵に手で何か指示を出してから、口を開いた。


「やあ、待たせたね。もう出発するよ」


「そう。ようやくね。セラ、ここからは【祈り】を使わなくていいわ」


「ぬ? ……了解」


 出発前のセリアーナの口振りでは、まだもう一波来そうな感じだったのに……【祈り】を使うなってのはどういう事なんだろう?

 夜だし、使うと目立つからとかかな?


 訊ねようと、二人に向かって口を開きかけた時、馬車が小さく揺れたかと思うとゆっくりと進み始めた。


 ◇


「ふう……」


 リーゼルは窓の外を向いていたが、屋敷の敷地から出ると、小さく息を吐き剣を手にした。


「セリア、君は?」


「私は必要無いわ」


「そうか……」


 そう言うと、リーゼルは座席に背を預けた。

 剣を手にしたままではあるものの、切羽詰まった気配は感じられないが……。


「ねぇ、それで、どうなるの? まだ何かあるってのは分かったけど、詳しいことはまだ聞いていないんだよね。さっきもセリア様に聞こうと思ったけど、聞きそびれたし……」


 このペースだと港まで20分もかからないだろうが、その間に何かあるんだろうか?

 それとも、港に着いてからなのか。

 詳しく聞いたところで、俺が出来る事なんて何も変わらないが、それでも気分的には大分違う……と思う。


 ってことで、二人の顔を交互に見ながらそう訴えたんだが……何やら二人揃って歯切れが悪い。


「なんかまずいことなの?」


「そういう訳じゃないのだけれど……」


 俺の問いかけに、いまいちハッキリしないセリアーナ。

 彼女はそのまま視線をリーゼルに向けると、それを受けたリーゼルは小さく頷いた。


 バトンタッチなのかな?


「セラ君、君も聞いた通り恐らくもう一度襲撃は起きるだろう。ただ……そうだね」


 一旦そこで区切ると、話を纏めるためなのか、数秒程目を閉じている。

 そして考えがまとまったのか、話を再開した。


「王都からここまでの襲撃に関しては、屋敷への襲撃も含めて多少の差異は有っても、概ね僕たちの予測通りだったんだ」


「ほぅほぅ」


「ただ……先程の屋敷の襲撃が最後になると思っていたんだ。先行して仕掛けてくる部隊と、前もって街に集まっていた部隊が裏から回り込んで来たり、道中で拾った賊たちが詰所を脱して、その連中と合流したりも考えていたね。なんといっても、僕たちが一時滞在するなら代官の屋敷以外は無いから、賊側も計画を立てやすいだろう?」


 そりゃもっともだ。

 場所が分かっているのなら、待ち伏せの備えをするのも簡単だもんな。


「うん……でも、ちょっと違ったよね。二組に分かれてはいたけれど、襲って来たのはその先行の部隊だけだったし……。襲撃のポイントをお屋敷じゃなくて港に切り替えたのかな?」


 代官の屋敷以上に必ず姿を見せる場所はこの街の港だ。

 リアーナ領には船に乗って帰るわけだし、当然だよな。


 だが。


「港って、街の兵以外にも商会が雇った冒険者とかが警備していなかったっけ?」


「そうだね。港には船はもちろん、荷物を保管する倉庫も隣接しているし、代官の屋敷以上に警備は厳重だ。だから僕たちもそこで狙ってくるとは思っていなかったんだ。狙って来るとしたら、代官の屋敷だろうってね」


「なるほどねー。それじゃあ、今の状況は……?」


「今の状況は、私たちも予測出来ていなかったのよ」


 セリアーナはそう言うと、リーゼルと顔を見合わせて肩を竦めている。


「だから、船に乗るまではお前も気を抜かずにリーゼルの指示に従いなさい」


「……ぉぅ」


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 俺たち……と言うよりはセリアーナにか。

彼女に敵意を持つ者の存在は、彼女自身の加護でかなりの広範囲を見る事が出来るし、ちゃんと把握出来てはいる。

 ただし、それでも備えは完璧という訳じゃなくて、問題がいくつかある。


 その中でも一番大きいのは、その敵意を持つ者が敵かどうかって事だ。


 リアーナって領地は、セリアーナを抜きにしても快く思っていない者が多くいる領地だったりもする。

 まだまだ新興の領地なのに既にダンジョンは持っているし、領内には危険はあっても稼ぎの良い狩場もあるし、船を用いた大陸各地へのアクセスの良さまである。


 何かしら関わる事が出来る者にとっては、美味しい長く付き合いたい相手になるだろうが、そうじゃなかったら嫉妬の対象だったり疎ましく思ったり……まぁ、嫌な相手だよな……リアーナって。


 ともあれ、リアーナの領主夫妻を快く思っていない者は結構いたりもする。

 色んな土地の人間が集まっているこの街ならなおさらだ。


 港を目指して移動している最中だが、時折一瞬だけだが、セリアーナが身構えるような仕草をしているのは、近くに敵意を持つ者がいるからなんだろう。


 でも、別に今のところ攻撃されたりはしていない。

 そいつらは、セリアーナに対して敵対心を持っていても、実際に攻撃を仕掛けようとは考えていないんだろう。


 セリアーナの加護の「範囲識別」は便利なのは間違いないが、そこの区別がつけられないのはネックかもしれないな。


「…………そろそろ港に着いちゃうね。このまま何もないのかな?」


 セリアーナの加護のマイナスポイントはさておいて、俺たち一行はそろそろ港に到着してしまいそうだ。

 まだ住宅地や広場を抜けたばかりで、賊が潜んでいそうな場所はありはするが……最悪の場合市街戦を覚悟していた俺からしたら、なんとも肩透かしを食らった気がする。


 いや……なにも起きないならそれが一番なんだけどね?


 セリアーナたちの気にしすぎなだけなんじゃないかな……と、口にしたんだが……どうやら二人の考えは違うらしい。


「それは考えづらいね」


「そうね。とはいえ……街中では襲ってはこなさそうだし、来るならやはり港ね」


「だろうね」


 二人は互いに目を合わせると、頷きあっていた。


 うーむ……市街地よりは開けた場所で比較的見通しのいい港の方が動きやすい気もするが、港は警備の人間が多いだろうしな……。

 まぁ……俺にはわからない何かがあるんだろうな。


 首を傾げながら二人を見ていると、リーゼルが窓の外を気にするような素振りを見せた。

 合わせて、セリアーナもそちらに目をやっている。


「む。オーギュストか。入れて構わないかい?」


「ええ。どうせこの後についての相談でしょうしね」


 どうやら先頭を走っていたオーギュストがこの馬車まで下がってきている様だ。

 港で起きることについての相談だと当たりを付けているようだが、ちゃんと話をするために車内へと招くらしい。


「オーギュスト、入って来い。話は中でだ」


「はっ。失礼します」


 リーゼルが扉を開けると、オーギュストはスルッと中に入って来た。

 彼が乗っていた馬は、並走していた兵に預けているが、全体的に街の外での移動よりも速度は落としているし、外でも同じような事をしていたが、その時よりもずっとスムーズだ。


 それはさておき、中へと入ってきたオーギュストは、一つ咳払いをすると、あまり時間も無いからか挨拶もそこそこに話を始めた。


「港までのルートを偵察も兼ねてひと走りしてきましたが……。道なりの建物内部に、あからさまに気配を晒す者たちもいますが、挨拶代わりの威嚇程度で、およそ殺意らしきものは感じられませんでした。こちらに仕掛けてくることは無いでしょう。ですが、その分港の奥にはしっかりと気配を感じました」


「うん。もう時間も無いし、前置きも遠慮もいらないよ。僕たちはどう動いたらいい?」


「はっ……。我々は出航の時間を遅らせました。そのため船の数が少なく、港に停泊している船の護衛たちとの共闘という方法は難しいでしょう。もとから我々だけで処理する予定でしたので、影響は大したことはありませんが、賊が動き回る範囲が広がったと思ってください」


 オーギュストはそこで一旦区切るとこちらを見てきたので、ちゃんと理解出来たことを頷いて示した。

 もちろん、俺もだ。


 どうやら港での戦闘は、各所に隠れた賊が、俺たちが船に乗り込むタイミングを狙い打ってくるというよりは、しっかり待ち構えて真面目に戦いを仕掛けてくるようだ。


 全く……鬱陶しいな!

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