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 セリアーナの言葉の意味が分かり「ぉぉぅ」と頷いている俺を他所に、セリアーナとリーゼルは何やら難しげな表情を浮かべていた。


 俺たちが後この街でやる事と言ったら、外が片付いたら馬車に乗って港へ移動して、船に乗る……それだけだ。

 流石にもう何も無いと思ったんだが……まだ何かあるのかな?


「何か心配事でもあるの?」


 俺の言葉に二人はこちらを向いたが、その際にほんの一瞬だけ代官を気にする素振りを見せた。


 本当に何かあるんだろうか……と眉を顰めると、「何でもない」と言って、リーゼルは代官の元へと向かい、何やら話を始めた。

 そして、セリアーナはこちらへ。


「セラ、上に行くわよ」


「む? はいはい」


 まぁ……戦闘は終わったとはいえ、大分この場所も風通しが良くなったし、ここにいるよりは二階に移っといた方がいいよな。

 俺は頷くとセリアーナの背中に回り、肩に手を置いた。


 ◇


「……うん?」


「どうしたの?」


 二階を目指して浮き上がっている最中、ふと下を見ると、使用人やウチの兵たちがリーゼルたちのもとに向かっていた。

 不思議に思いついつい漏れた声が、セリアーナの耳に届いたらしい。


「人を呼んでるけど、旦那様たち何かするのかなって思って……」


「ああ……それはね」


 セリアーナはそう呟くと、手すりを越えて二階の壁際まで移動して、俺の腰に手を回すと自分の口元に俺を引き寄せた。

 周りに聞かれないようにしているっぽいけれど、本当に何なんだろう?


「ウチの兵と使用人には、屋敷の破損具合を調べさせているのよ」


「破損……結構派手に壊れてたと思うけど……修理代とか払った方が良いのかな?」


 別に俺が積極的に壊したわけじゃないが、庭は結構荒らしちゃったし、セリアーナの許可があったからってのもあるが、屋敷への被害は一切考えずに動いていたから、まぁ……中々ひどいことになっているのは確かだ。


 ウチが支払うのかな?


 だが、セリアーナは俺のそんな不安を笑っている。


「フッ……。そんな馬鹿な真似をする訳ないでしょう。代官は自分が管理する土地で、公爵夫妻を狙う賊を野放しにしてしまっていたけれど、自らの屋敷に被害を出してまで賊を迎え撃った……。相殺とまではいかないかもしれないけれど、いくらか処分を軽くする事は出来るんじゃないかしら?」


「む……そういう風に考えたら、印象は良くなる……のかな?」


 この国の法律がどんな風になっているかはわからないが、いい働きをしたら功績になるシステムだ。

 指揮を執ったのはオーギュストだが、メインで戦ったのはこの屋敷の兵だし、確かにセリアーナの言う通りなのかもしれない。


「……そのために俺に屋敷を壊してもいいって言ったの?」


「兵の戦闘参加だけでも十分だったでしょうけれど……念のためよ」


「はー……セリア様も旦那様も色々考えてるんだね」


 オーギュストだけでも出来たのかもしれないけれど、彼の場合だと兵だけじゃなく屋敷にも被害を出さない様な、上手な戦い方をしてしまうかもしれない。

 流石に、彼もわざと被害を出させるような真似はしたくないだろうしな。

 だから、あまり周りの状況を考慮しないで、自由に動き回る俺にも戦わせたんだろう。


「面倒だとは思うけれど、ウチと関わる事で損が出るなんて噂が広がったら困るでしょう? 今後の国内の他領の者とも付き合いが難しくなるわ。彼は今まで大きな問題を起こさずに街を治めていた様だし、私たちが関わらなければ、そのまま大過なく代官業を務めていたでしょうからね。リアーナはこの街もよく使うことになるでしょう? 恩を着せるわけじゃ無いけれど、付き合いやすくなって結構なことだわ」


「……そうだね」


 折角船便の航路を整備しているのに、窓口になるこの街と仲がこじれたら意味が無いし。

 今回の襲撃の件だって、もう領地に戻る俺たちにとっては責任の所在とか、あまり関係の無い話だもんな。


 セリアーナとリーゼルはこの事はしっかり理解して予測もしていたんだろうが、代官は……あの様子だと頭になかったのかもしれないな。

 それとも、パニックになって頭から抜け落ちてしまっていたか……。


 あの青ざめっぷりを考えたら、どっちもありそうだが……まぁ、襲撃の件ではあまり重い処分を受けるような事は無さそうで、一安心だ。


 さて……。

 使用人やウチの兵たちがやって来ていたのはいいとして……だ。


 セリアーナたちが浮かべていたあの表情は何だったんだろう……?


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「ねぇ……ん?」


 セリアーナに詳しく聞こうと思い、口を開こうとしたのだが……その時、玄関からガヤガヤと複数の人間が入って来る気配を感じた。

 さらに耳を澄ませると、外にはさらに多くの者がいて、何やらここの兵と捕縛がどうのとか撤去がどうのとかの話をしている。


「……兵士? この街のかな? あ、団長もいる」


 手すりの側まで移動して一階を覗いてみると、オーギュストも一緒に入ってきていた。


「ここの騒ぎを聞きつけたのでしょう。時間はかかったけれど、ようやく到着したわね」


「ようやくかー……妨害とかあったのかな?」


 襲撃が起きてからもう30分以上経っているし、ちょっと時間がかかりすぎだよな?


 例えばここが街の外れだとかならともかく、仮にも代官のお屋敷だし、今は俺たちVIPが滞在しているのも報告していた。

 異常があればすぐに駆け付けられる体制はとっていたはずだ。


 詰所からここまでの間に、賊の協力者らしきものが複数箇所に待機している……そんな感じの事をセリアーナが言っていたが、そいつらが妨害でもしていたのかな?


「そうかもしれないわね。街全てを見ていたわけじゃないけれど、少なくとも戦闘は起きていなかったはずよ。どういった手法を取ったかはわからないけれど、路上に障害物でも置いていたんじゃないかしら?」


「それにしても、のんびりだよね」


 振り向きそう言うと、セリアーナは「フッ」と笑った。


「急いで救援に駆け付ける必要は無いとでも思ったんじゃないかしら? 単純な戦力だけならウチの兵がいるし、よほどの事が無い限りは十分凌げるわ。魔法だって最初の一撃を除いたらしばらくは大きな音を出すようなものも無かったわ。屋敷からの救援要請も出していなかったし、街の兵たちもある程度事情は理解しているでしょう。だから、屋敷に駆け付ける事よりも、まずは隊を揃える事から始めたんじゃないかしら」


「ほぅ……わかるようなわからんような」


 単純な戦力ならココだけで十分だから、その分足りていない人手をカバーする……ってところかな?


 確かに倒した賊の捕縛やがれきの撤去なんかで人手はいるし、それに、今回は不要だったが、もし倒しきれずに街に逃げたりした場合は、その追跡なんかでも人手は必要になるだろう。

 だから、今回の兵たちの動きってのは、まぁ……間違っちゃいないし理解は出来る。


 しかし……なんとも呑気というか悠長というか、「ふむむ……」と、唸っていると、苦笑しながらセリアーナが隣に並んできた。


「リアーナだと兵を動かすのは魔物絡みだから、とにかく早さを優先させるけれど、この街では人間相手だし早さよりも確実性を優先しているんじゃないかしら? 緊急事態の対処の仕方はそれぞれよ」


「それもそっか……」


「まあ……お前が考えているように、呑気すぎるのは確かね。ここまで護衛をした兵たちからあらかじめ話は聞いていたでしょうに……。お陰でもうひと騒動起きそうよ」


 そう言って「ふう……」と溜め息を吐いた。


 セリアーナもここの兵の事を呑気だと感じているようだが……それよりも。


「まだあるんだね?」


 兵たちの妨害をする者はいたようだが、それでも実行する者が十数人ってのはどうなんだろうな?

 数だけならちょっとしたものだけれど、代官屋敷への襲撃と考えたら、戦力不足なのは間違いないと俺は思う。


 ただ、襲撃する隊を分けていたって考えたら、それもまた理解出来る気はするが……何で分けるんだろう?


 セリアーナは、「はて?」と首を傾げる俺に笑ってみせると、再び口を開いた。


「ええ。街に散らばっていた者たちが、港近くに移動しているの。初めはこの屋敷に集まるかと思ったのだけれど、結局そうじゃなかったでしょう? 先程の連中が合図を出した様子も無かったし……別の勢力かもしれないわね」


 ◇


「セリア、セラ君。待たせたね」


 下からの声にそちらを見ると、屋敷の被害状況を調べに行っていたリーゼルが、その調査を完了させたようで、オーギュストやいくらか顔色が戻った代官たちと一緒に戻って来ていた。


「行きましょうか」


「ほいほい」


 セリアーナと共に一階に降りると、リーゼルたちだけじゃなくて、俺たちの出発準備を行っていたウチの兵たちもいる。

 そっちの準備も完了したのかな?


「出発の準備も調ったようだよ。遅くなったし、荷物の積み替えで手間を省きたかったから荷物を一つに纏めたから、港まで一緒の馬車になるけれど……構わないかな?」


「ええ、問題無いわ」


「あ、オレもです」


 どうせ短い区間だ。

 人と荷物をそれぞれ一台ずつに分けた方が、今はもちろん船に乗ってからも楽だろうしな。

 反対する理由は無いし、俺もセリアーナに倣って首肯した。

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