485

1042


 矢・魔法・矢・魔法……。

 先程までは二人ともどちらかに揃えていたが、俺が魔法を警戒していることを察したようで、間を空けずに撃ち続けるために交互に撃つようになって来た。

 加えて、俺が回避している隙に、距離を詰めてきたりもする。


 俺がいざ仕掛けようとすると、またすぐに下がっていくんだが……あの数回の反応でよくそこまで見てられるもんだと感心した。

 やはり場数の問題かな?


 だが、俺もそれの対処の仕方はもう考え付いている。


「来たぞっ!? 下がれ!」


 二人は突っ込んできた俺に仕掛けるために、木の陰まで下がろうとしている。

 下がった後は、また矢と魔法を繰り返し撃ってくるんだが、さきほどからこの繰り返しだ。


「せーのっ!」


 俺は、蹴りの姿勢のまま、飛んでくる魔法は躱して矢は風で弾いて一気に距離を詰めていく。

 もうすぐ接触という距離になると、俺の進路と近い方に立つ髭が生えた男が剣を抜いて構えている。


 ちなみに、このヒゲは先程回避ざまに風で潰された男だ。


 別に剣を抜いても、それで斬りつけてきたりするわけじゃないが、チラつかせれば俺への牽制になる……とでも思っているんだろう。

 腰の入っていない剣の一撃程度じゃ何の脅威にもならないし、そのまま突っ込んでもよかったが、もう一人が魔法を撃ってきたり、他にも何か隠し技でもあるのかと警戒して、接触を避けていたんだ。


 二人の行動は今まで通りで、他に何も無いことは分かっている。


 ってことで!

 この二人と戦闘を開始して以来、俺は突っ込んだ際には外側に逸れて行っていたんだが、今回は内側に切り込んだ。

 そちらは、ヒゲをサポートするために魔法を撃って来た方で、長髪のおっさんだ。


「……おいっ!?」


「なっ……!?」


 二人は俺が今までとは突然違う行動をとった事に驚いていた。

 上手く先手を打てたな!


 さて、不意を突かれた長髪は、混乱しながらも俺との間に木が何本も入るような位置へと移動をしている。

 迂回しながらだと俺の速度も落ちるし、その間にコイツは距離をとり、反対側にいるヒゲに援護をさせようって目論見か。

 仕切り直しも出来るし、そこら辺は流石と言っておこう。


 だが!


「にがさーん!」


 俺はさらに【浮き玉】を加速させると、間にある木に構わずに蹴りを放った。


 まずは1本目をへし折り、さらにそのまま突っ込んで行くが、木を盾にして俺の勢いが落ちるのを待つつもりなのか、長髪はその場を動こうとしないでいる。

 木をへし折りながら突っ込んでくる俺を前に、パニックにならないでいられるのは立派だが……失敗だな。


「躱せ!!」


 ヒゲは躱しはしたものの、目の前でその突進力を見ていたから、そのことが分かっていたんだろう。

 ヒゲが逃げるように指示を出したが、長髪はその場を動こうとしない。


「問題無い! そのうち止まるは……っ!?」


【浮き玉】は矢のように、発射されるんじゃなくて、それ自身が推進力を持っているからな。

【緋蜂の針】の威力を受けとめ続けられる壁でもあるならともかく、木程度じゃ止められない。


 それに気づいて、長髪は慌てて横に逃れるが、遅いな。

 このまま背中に蹴りをお見舞いしてやる!


「もらったっ! ……って、あら?」


 俺と長髪の間にある最後の1本の木をへし折り、いざ蹴りをぶち込もう……と意気込んだのだが、蹴りが当たる前に長髪は何でか地面に倒れている。

 さらに、止めとばかりに追撃で折れた木の幹が上に倒れていった。


 長髪は下敷きになった瞬間、一声「ぐっ」と声を漏らしたが、それで意識を失ったのか、今は身動き一つせずに木の下敷きになっている。


「……えーと。はっ!?」


 少々想定外の出来事に一瞬呆然としてしまったが、すぐに背後にいるヒゲの存在を思い出し、反転しそちらへ向き直った。

 ヒゲは、苦い顔をしているが剣を手放していないし、やる気はまだまだあるようだな。


「……剣を捨てて、大人しく投降するってのは有りだと思うよ?」


 牽制も兼ねてとりあえず投降を勧めてみたが、当たり前だが聞く気は無いようで剣を突き付けたままだ。


「……即解放するってんなら考えるが、違うだろう?」


「あー、ここまでやったら無理だろうね? 屋敷はボロボロだよ?」


「はっ……大半はお前のせいだろうが」


 軽口を叩く当たり、この状況でも結構余裕はあるな。

 それとも、ただの開き直りかな?


 まぁ……経緯はどうあれこれで一対一だ。

 さっさと決めさせてもらおう。


1043

 ヒゲは両手で剣を構えていて塞がっているし、魔法を使ってくる気配はない。

 長髪と違って間に木を挟んだりはしないが、5メートルほどの距離を取っている。

 このまま剣だけで戦うつもりなんだろう。


 このヒゲは、【浮き玉】の速度も【風の衣】の防御力も身をもって知っているからな。


 そのひげがこの戦い方を選んだって事は……何か勝算でもあるのかな?


 斬りつけるよりは突きの方が可能性があるだろうし、それを選ぶはずだが……もう少し弄ってみようかな?


「ねー……後ろで倒れてる人ってさ、何で倒れたのか知ってる? 気付いたら倒れてたんだよね」


「あ? 見てないのかよ……。お前が砕いた幹の破片が当たったんだろう」


 俺の言葉に怪訝な顔をしながら律儀に答えるヒゲ。


「あ、そんなことが起きてたの……」


「んだよっ……狙ったんじゃないのか」


 ヒゲは「へっ……」と、吐き捨てるように言い放った。


 長髪は俺が蹴りを当てる前に何故か倒れていたんだが……その謎が判明した。


 俺が砕いた木の幹の破片が、【風の衣】で弾かれて吹っ飛んでいって、それが頭にでも当たったんだろう。

 結果は変わらないだろうけれど、運の無い男だ。

 ついでに、ヒゲが長髪のように俺との間に木を挟まないのは、その事を警戒してなんだろうな。


 それにしても、わざわざ俺の軽口に付き合うあたり、こいつもこいつでどう動いたらいいかで迷ってそうだよな。


 俺は腕が立つ相手の隙を見つける事なんて出来ないが、俺は俺でむしろ隙だらけなんだ。

 よく知っている者たちなら、俺の隙を見つけようなんて考えないが……まぁ、無理も無い。


 しかし、相手の出方を窺おうと思っていたが……このままじゃ向こうも動きそうにないし……もういいか。

 そもそも、俺がそんな格好つけて対人の玄人みたいな真似をしたって出来るわけないんだ。


 それに、偶然ではあるが、ヒゲは俺の次の行動に備えていて、何かを仕掛けてくる様子は無い。

 やるなら今だ。


「じゃーさ……」


「あ?」


 と、まだ適当な軽口を続けるように思わせるために、ヒゲに向かって話しかけると、嫌そうな顔をしつつも顔を向けてきた。

 一応剣先を俺に向けたままではあるが、警戒しているのは俺が突っ込んでくることだけだ。


 ……ああ、これが隙ってやつなのかな?


 そんな事を考えながら、俺はヒゲに長髪と知り合いなのかとか、他のメンツとは一緒に仕事をしているのかなど、本当に大して意味の無いことを対峙しながらダラダラ話していたのだが……。


「……ふらっしゅ!」


「うおっ!?」


 話の最中で唐突に目つぶしを、ヒゲの顔目掛けて放った。


 これがもし普通の攻撃系の魔法だったとしたら、ヒゲも察する事が出来たんだろうが、元々この魔法はただの照明用のものだし、ほとんど魔力も使わなければ予備動作だって必要としない。


 見事に不意打ちの魔法が決まり、ヒゲは声を上げたかと思うと、俺から顔を背けた。

 まぁ……こればっかりは反射みたいなもんだし仕方が無いよな。


 それでも、剣を手放さずに片手で前を切り払うように振り回しているのは大したもんだが……腕の力だけで振っているから何の脅威にもならない。

 お陰で俺も楽に接近する事が出来る。


 さて、それじゃー、ヒゲの視界が復活する前に決めちゃうか!

 しかし、流石に無防備なおっさんに【緋蜂の針】をお見舞いするのもな……。


「よしっ! ほっ!」


 俺はヒゲに接近すると、本人ではなくて手にした剣に蹴りを放った。


 剣は勢いよく飛んで行くと、屋敷の壁にぶつかり甲高い音をたてて、刃が折れてしまった。


「なっ!?」


 まさか自分じゃなくて剣を蹴られるとは思っていなかったんだろう。

 視界を潰されて剣も手放させられて……流石に想定外だったのか、ヒゲは剣を蹴り飛ばされた姿勢のまま硬直している。


 うむ。

 隙だらけだ。


「やって!」


 俺が指示を出すと、アカメたち三体がヒゲの体めがけて食いついた。


「うっ!? ……てめぇ……」


 どんな風にダメージが入るのか、俺は経験したこと無いからわからないが、無防備な状態で三体勢揃いでのアタックだ。

 これは効くだろうな。


 ヒゲは苦しそうな弱弱しい声を上げて地面に崩れ落ちていった。

 それでもヘビたちは離れようとせずにガブガブと……そろそろ止めてやらんとな。


「もういいよ。戻っておいで」


 俺の指示を聞いて、ヘビたちが服の下に戻った時には、既にヒゲの意識は無くなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る