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 2階の窓から屋敷に入った俺たちは、時折聞こえてくる爆発音を聞き流しつつ、玄関ホールを見下ろせる場所を目指して移動していたんだが、ようやくそこに到着した。


 そこから見下ろすと、まずは無傷のリーゼルと、同じく無傷の代官の姿が目に入った。

 どこも乱れていないし、二人は後ろに下がっていて戦闘に参加していないようだ。

 無傷なのは当然か。


 んで、リーゼルたちが無事なのはいいとして、それ以外はどうかと言うと、外の戦況がどうなっているかはわからないが、今はウチの兵たちは玄関ホールに集まっていた。

 槍には血が付いているし、所々に戦闘に参加している跡が見えるが、怪我をしている様子は無い。


「……いち、にー、さん……とりあえず、団長は外にいるみたいだけど、ウチの兵は今は皆中にいるね。交代制なのかな? 旦那様たちも怪我とかしてないっぽいし、順調っぽいけど……あっ!? 使用人たちがホールの隅の方に集められてるね」


「屋敷にも直接被害が出て来ているし、ウチの兵に中を任せて、使用人たちを固まらせていた方が守りやすいと考えたんじゃないかしら?」


「そうだね……。屋敷の中に入り込まれたら、使用人を狙ってくるかもしれないもんね」


 まだ他の場所は壊されていないみたいだが、その気になれば屋敷の中に入り込む事は可能だろう。

 それで、使用人たちを人質にでも取られたら面倒なことになるかもしれないもんな。


「オーギュストは外で指揮を執っている様ね。彼がいればここの兵だけでもそれなりに戦えるでしょう」


「ふむふむ……。お? 旦那様がこっちに来るみたいだね」


 下を見ながらセリアーナの解説に頷いていると、俺たちが上にやって来ているのに気付いたリーゼルが、外を気にしながら早足でこちらにやって来た。


「二人とも、戻って来ていたのか。怪我は無いかな?」


「あるはずないでしょう? それより、戦況は? 使用人たちを下に集めてはいるようだけれど……」


 セリアーナの言葉にリーゼルは苦笑しながら話を始めた。


「狙いはセリアだし、無関係の者を引き離す事は間違いじゃ無かったけれど……代官は相手がここまで本格的に攻めて来るとは思っていなかったようだね。守りが不十分だからと、こちらの目が届く範囲に集めることにしたんだよ。戦況に関しては……何とも言えないかな?」


「そのようね。賊もまだ全員生きているし……増援待ちかしら?」


「来るかどうかわからないけれど、派手に動いた割にはそこまで積極的に攻めては来ていないね。時間をかけてもこちらの方が有利になると思うんだが……」


 セリアーナはリーゼルの話を聞くと、目を閉じて索敵に集中している。


 その彼女の邪魔にならない様に気を付けながら、俺は小声でリーゼルに「旦那様」と呼びかけた。


「なんだい?」


「うん。増援ってさ、ここに来る途中で捕らえたりした連中の事だよね?」


「ああ。拘束はされているだろうけれど、まだまだ彼等は無傷だからね。それに、最後に合流した連中はあくまでこちらの襲撃に出くわしただけ……そんな扱いだから、拘束もされていないはずだ。その気になれば拘束されている者たちを解放して、こちらに襲撃を仕掛けてくることも不可能じゃない」


「うん」


 もちろん今リーゼルが言った内容は、あくまで可能ってだけで、まず無いだろうってのは分かっている。

 ただ、所々に監視やこちらの増援への妨害役を配備させたりしているし、警戒を解く事は出来ないんだろう。


 リーゼルは、困ったといった様子で下を見ながら肩を竦めていた。


 ◇


「待たせたわね」


 索敵を開始してから数分程。

 索敵を完了させたようで、セリアーナが目と共に口も開いた。


「詰所や街を一通り見たけれど、こちらへの増援の動きは見当たらなかったわ。相変わらず通りを監視する位置に怪しい者はいたけれど、何か出来るとも思えないし、恐らく今ここを襲ってきている者だけで終わりだわ」


「…………そうか。想定通りではあるが、少し物足りないかな?」


「こちらは兵も冒険者も揃っているし、街に入るまでにこちら側に傷を与える事すら出来なかった以上、無理だと判断したとも言えるわよ?」


「それもそうだね。それならさっさと終わらせにかかろうか」


「ええ。セラ」


「ほ?」


 俺は、二人の何となくわかるようなわからないような会話に耳を傾けていたが、唐突にセリアーナに名を呼ばれ、気の抜けた返事をしてしまった。


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「セラ君。セリアは僕が守るから、オーギュストに、もう相手の出方を窺わなくていいから片付けてしまって構わないと、伝令を頼めないか?」


「うん? うん……了解です。いいかな? セリア様」


 俺は一応セリアーナの護衛で一緒にいるわけだが、どこから攻撃が来るかわからない外と違って、ある程度予測の出来る屋敷内で守るなら、むしろ俺よりもリーゼルの方が向いているだろう。

 襲撃を受けている最中とは言え、俺がセリアーナから離れるのは問題無いよな?


 どうだろうと、セリアーナの顔を見ると彼女もそう考えているらしく、頷いている。


「ええ。ついでに、お前も手伝って来なさい。多少なら周りの建物も壊して構わないでしょう?」


「む?」


「……ほどほどにね」


 少々過激なセリアーナの言葉にリーゼルは苦笑しているが、撤回させようとはしていない。

 これは、周りに配慮して時間をかけるよりも、多少派手に暴れてでもさっさと終わらせてこいって事か。


「まぁ、いいか。それじゃー行って来るよ」


 二人に向かってそう言うと、俺は1階の玄関ホールに向かってゆっくり降りていった。


 下では、ウチの兵たちが壊された穴から中を遮るように布陣している。


「副長? あんたが出るのか?」


「うん。少し壊してもいいから、一気に片付けろって言われてね」


 下で待機していたウチの兵たちは、下りてきた俺に気付くとすぐに俺が何をしに来たのかを察したようだ。


「賊共は奥様の命を狙っているはずだが、その割に大剣や槍ばかりで、扱いやすい短剣を持った奴はいなかった。何か隠しているかもしれないし、気を付けてくれ」


「団長の指揮なら間違いは無いと思うが、弓と魔法を逃がすと、街を離れるまで安心出来ないし、狙うならそいつらからの方が良いかも知れないぞ」


 彼等も外で一戦やっているから、アレコレとそれで知った相手の情報を伝えてきた。

 相手の動きに多少の違和感を感じている様だが……どうせ倒すって結果に変わりは無いんだ。

 面倒な判断はオーギュストに任せてしまおう!


「了解了解。上にはセリア様だけじゃなくて旦那様も一緒だから、そっちもお願いねー」


 そう伝えると、玄関ホールを軽く見渡してみた。


 その際にチラッと目に入った代官は、使用人たちの手前何とか平静を装ってはいるが、顔に汗を浮かばせて蒼い顔をしていた。

 俺たちの会話が聞こえていたのかもしれないな。


 すまん!


 と、心の中で一つ詫びを入れると、外に向かって【浮き玉】を進めた。


 ◇


 さて。

 外ではオーギュストたちが真面目に戦闘を繰り広げていた。


 オーギュストを除くこちら側の兵たちの実力は、一人一人は賊より劣るが、その分数はこちらが上だ。

 馬車の残骸を境に、屋敷を守る兵たちと、賊たちを敷地の外に逃がさないように、背後に回り込む兵たちとに分かれるだけの余裕もある。


 そして、その二つに分かれた兵を、オーギュストが大きな声で指揮をしていた。


「来るぞ! 屋敷に近づけるな!」


「はいっ!」


 飛んできたオーギュストの指示に返事をすると、屋敷側に控えていた兵たちがすぐさま屋敷の壁に沿って広がっていく。

 俺から見たら、ただ壁の前で槍を構えているようにしか見えないが、それなりに効果はあるようで、屋敷に取り付こうとしていた賊たちはすぐに距離を取っていった。


 見ると壁の側には何体か死体らしきものが転がっているし、相手をしっかりと減らせていっている。


「団長」


「セラ副長か。閣下から指示でも受けてきたか?」


「うん。もう相手の出方を窺ったりしなくていいから、片付けて来てだって」


「む……そうか。セラ副長はどうするつもりだ? 君の事だし、指示を届けに来ただけという訳では無いだろう?」


「オレも手伝えって。団長の指示に従うから、どう動いたらいいかな?」


「ありがたい。奥に後二人魔法を使う者が残っている。頼めるか?」


 そう言うと、敷地の隅を指した。


 確か三人いたはずだが……一人は倒したのか。

 どうやったかはわからないが、やるじゃないか!


 ともあれ、オーギュストの指す先を追うと、少し賊の一団から離れた位置にいる二人に気付いた。


「一人減らしたことで、屋敷を攻撃する隙を作る事が出来なくなっている。このまま賊を一人ずつ削って行くことも可能だが、どうしても警戒せざるを得ないからな……。先に向こうを潰してしまえば、こちらも一気に攻めることが出来るんだ」


「なるほど……りょーかい! それじゃ、一気に行くよ!」


「頼む」


 オーギュストの声を背に、俺は奥目掛けて突っ込んで行った!

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