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 ドカドカと撃ち込まれた魔法は、馬車の反対側に着弾した。


「おわっ!?」


 同時に何かを投げ込まれたのかわからないが、魔法の余波だけじゃ考えにくいような煙幕が舞い上がった。

 牽制用の目くらましかな?


 わかってはいたが、魔法の音と煙幕に驚き声を上げていると、矢でも撃ってこられたのか、【風の衣】が何かを弾いている。

 セリアーナの【琥珀の盾】は発動していないし、風の膜を破るほどの威力じゃないのは、こちらの動きを制限するために、威力や精度よりも数を優先しているからだろうな。


 もっとも、その飛んでくる矢も、馬車に当たったり俺の風で地面に叩きつけられたりで、その役割は果たせていない。

 まぁ……牽制程度の矢じゃーな!


 とはいえ……だ。


「セリア様?」


 破られそうにはないが、ここまで攻撃を浴びせられ続けるのはちょっと……落ち着かない。

 事情は理解しているが、俺はそもそも攻撃を受けないことがモットーだしな。

 出来ればさっさと離脱したいんだが……。


「まだよ」


 いつでも飛び立てるように、セリアーナは俺の腰に腕を回しているが、まだこの場で耐えるようだ。

 予定では、離脱は風と盾の両方が一度破られてからだったし、まだ矢だけだから凌げているが、魔法まで加わって来るとどうなるかな?

 さらに、接近戦組も突っ込んで来たら迎え撃った方が良いのかな?


「まだかー……お?」


 俺は攻撃を受け続けることに落ち着かず、ソワソワとしていたのだが、腰に回されたセリアーナの手に力がこもったかと思うと……。


「おわあっ!?」


 二人一緒に屋敷の屋根が見える高さまで一気に上昇していく。

 ついでに、その際に俺の手にある照明も叩き落とされてしまった。


 何事かと訊ねようと、俺を抱えるセリアーナに振り向こうとしたその時。


 足元で強い光が放たれたか思うと、大きな音と、視界を遮っていた煙幕を吹き飛ばす爆風が発生した。


「ぬおおっ!? ……ドカンといったねぇ」


 下を見ると、先程まで屋敷の玄関と敷地の外を遮っていた馬車が、今の魔法によってひっくり返っていた。

 どれくらいの損傷かはわからないが……車輪やドアが離れた場所に転がっているし、アレはもう駄目かもな。


 初めから御者は屋敷に退避していたし、馬だって繋いでいないから取り返しがつかないって事は無いんだが、それでも馬車が壊れるってのは痛いだろうな。


 事が片付いた後の代官の心中を想像すると、少々気の毒に思えてくるが……それよりもだ。


「どこだ!? いないぞ!」


 一気に距離を詰めてきた賊たちだったが、俺たちの姿が見つからずに混乱している様だ。


 夜で辺りは暗い上に、煙幕が張られて視界が悪い。

 そんな中を、俺たちは上空に退避するって方法を採ったんだ。


 さらに、目印になっていた俺の照明は地面に転がっているし、そりゃー見失っても仕方ないよな。

 セリアーナが照明を捨てさせたのはそのためだったんだろう。


「上だっ! 屋根を越えさせるな!」


「あ、気付かれた」


 屋根近くにいる俺たちに気付いた賊の一人が、すぐに全員に聞こえるような大声で叫んだ。

 先程まで忍んでいたのに、随分な変わりようだな。

 これだけ大騒ぎを起こしたら、もう一緒って事かな?


「中に入るの?」


 飛んできた矢やナイフを風が弾く様を見ながら、セリアーナにどう動くかを訊ねた。


 当初の予定では、地上でもう少し粘ってから退避する予定だったし……このまま宙に止まっていてもただの的になるだけだ。


 俺一人ならどうとでもなるが、セリアーナも一緒だと魔法で撃ち落とされた時がちょっと困るし、さっさと屋敷の中に退避するなり裏に回るなりしておきたいな。


「問題無いわ」


「ん?」


「先に下だ! 来るぞ!」


 下の賊たちは俺たちを狙おうとしていたが、どうやら屋敷の中からウチの兵たちが出てきたようだ。

 賊たちは転がっている馬車まで下がると、それを中心に散らばっていく。


 だが、そのまま逃げたりはせずにここに留まって戦うつもりらしい。

 出てきたウチの兵たちと間合いを保ちつつも、睨み合いをしている。


 セリアーナは、その様子を上からしばらく観察していたが、どうやらそれは終わりらしい。


「……このまま戦うつもりらしいわね。いいわ、セラ。中に戻るわよ」


「ん? 了解」


 俺は返事をすると、【浮き玉】を屋敷の屋根を越えようとするセリアーナの動きに合わせることにした。


1037


 屋根を越えて裏に回り込んだ俺たちは、1階ではなくて2階の窓から中に入った。

 廊下には使用人の姿は無く、あらかじめこちら側の窓の鍵を開けていなければ、俺たちが窓を割らないといけなかったかもしれないな。


「上から入るんだね。1階に急がなくていいのかな?」


 下の戦況が今どうなっているのかはわからないが、絶賛戦闘中なのは間違いないはずだ。

 俺たちは行かなくていいのかな?


「ええ。私たちが下にいると動きづらいかもしれないでしょう? 初撃を防いで、賊を釣り出す事に成功した以上、私たちの役割は完了しているの。急ぐ必要もないし、後は兵たちに任せたらいいわ」


「ふむむ……それもそうだね」


 一応庭で迎え撃つことを前提にしているが、この屋敷を守る兵もウチの兵も数は決して多くないし、屋敷全体をカバー出来るかって言うと、それはちょっと難しい。

 その気になれば、賊も窓を割って中に入って来る事が可能だからな。


 もちろん、単独で侵入したってどうにもならないことは理解しているだろうから、その選択をする可能性は低いと思うが、気を付けるに越した事は無いだろう。


「私たちは、2階の玄関ホールが見える場所で待機しておきましょう」


 そう言うと、セリアーナは廊下を進み始めた。


 ◇


 領地の屋敷に比べるとそこまでではないが、それでも十分過ぎる広さを持つ屋敷で、長く幅の広い廊下が延びている。

 普段はきっと、使用人が部屋の前に立っていたり、廊下を歩いたりしているだろうに、そこに誰も人がいないってのは結構不気味だよな。


「ほいほい。……使用人はどこにいるんだろう? 2階にもいたよね?」


「1階の奥に集まっているわね。必要な人間を残して、後はさっさと帰してしまえばいいものを……。代官も一緒に説明を聞いていたはずだけれど、ここまで本格的な戦闘になるとは思っていなかったようね」


「あぁ……おぉっ!?」


 ちょうどいいタイミングで、外から大きな音と微かな振動が響いてきた。

 何かが吹っ飛んだ音だな……。


「魔法だね。……玄関の柱でも壊されちゃったかな……?」


「それか、玄関の扉かしら? 兵たちが屋敷を出入りして射線を切るような動きをしていたし、相手も戦い方を切り替えたようね。今頃青ざめているんじゃないかしら?」


「代官さん? かもねぇ……。馬車も壊されてたよね。馬車ってあんなに簡単にひっくり返ったり壊れたりするもんなの?」


「ウチやミュラー家が使っている馬車なら壊れないわね。街の外を走るし、いざという時に魔物の攻撃を凌げるだけの強度を持たせているもの。でも、あの馬車は、港に到着した賓客の送迎を行うためだけに造られていて、頑丈さよりも軽さと乗り心地を重視しているの。お前でも壊せる程度じゃないかしら? 土地によって必要な性能が違うのは分かるけれど、私は乗りたいとは思わないわね」


 セリアーナは「フフッ」と笑いながら、ウチの馬車との違いを教えてくれたが……。


「オレでも壊せるって……。でも、やっぱり壊されるのは予定通りだったのかな?」


「ええ。相手の出方を見るのにはちょうど良かったのよ。外で襲って来た連中も、馬車へ矢を射かけることを初手に選んでいたし……東部の馬車との違いを理解していないのなら、そこを利用出来るでしょう?」


「はぁーん……。代官さんも気の毒に」


 確かにそこまで頑丈じゃ無い馬車だと相手が気付いていたのなら、たとえ俺たちがそれを盾にしても破壊出来るし、逃げずにそのまま攻め続けようと考えてもおかしくないか。

 上手く相手を誘導するためだったんだな。


 代官は、多少の破損は覚悟していたかもしれないが、まさかあそこまで壊されることを前提に、リーゼルたちが話を進めていたとは思っていなかっただろうな……。


「一応他にも理由はあるのよ?」


 セリアーナは苦笑しながら話を続けた。


「ウチの馬車ならもう少し耐えられたでしょうけれど、結局は壊れることに変わりは無いの。これから船に積み込むのに、壊れたら困るでしょう? 船の中では修理は出来ないし、馬車にはウチの紋章が付いているのよ? 船から降りた時に、傷があったり壊れていたりしたら困るでしょう?」


「ふぬ」


 まぁ……王都に行って帰って来た時に乗っている馬車に傷があったら、領地でちょっとした騒ぎになるかもしれない。

 兵たちには後で説明出来ても、住民とか立ち寄った者たちまでは無理だし、余計な騒ぎに繋がるかもしれないもんな。

 無傷で何事もなく帰って来たって事にしないといけないんだろう。


 それはよくわかる。


 だが。


「それでも気の毒な事に変わりはないね」


「それもそうね」


 そう言うと、セリアーナはおかしそうに笑っていた。

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