481

1034


 兵の報告の内容は、こちら側の事情聴取の完了と捕縛した賊の処遇についてだった。

 俺たちは襲撃された側だし、それに何か責任を負うような立場じゃないってことで、街を発っても大丈夫らしい。


 残りの面倒ごとは、ここまで護衛についてくれていた王都圏の兵士が引き受けてくれるんだとか。

 ちなみに今もそれは続いているらしい。

 半日間移動しっぱなしな上に、何度も戦闘を繰り返してきたのにご苦労な事だと思わなくもないが、それも王都圏の治安を守る彼等の役目だ。

 頑張ってもらおう。


 ってことで、彼等の健闘を祈りつつ、これから襲撃が起きるであろうことをウチの兵たちに伝えた上で、出発の用意を行っていた。


「その……セリアーナ様、馬車はこの街の物でよいのですか? いえ、利用されること自体に問題は無いのですが……」


 準備の完了を待つ俺たちに、代官は恐る恐るといった様子で話しかけてきた。


 今彼が言ったように、俺たちがこれから乗り込むのは、リセリア家の馬車ではなくてこの街の馬車だったりする。

 貴族の家の馬車は周囲へのアピールも兼ねて、デカデカと家紋が彫られた物もあり、ウチの馬車も当然そうだ。


 代官からしたら、港までの短い距離ではあるが、自前の馬車があるにもかかわらず、何でなんだろう……ってところだろうな。


 だが!


「ええ。問題無いわ」


 セリアーナは即答した。

 リーゼルも同様で、加えて俺もセリアーナと同じ考えだ。


「そうですか……」


 代官は頭に「?」を浮かべながらも、下がっていった。

 もう彼が出来る事は無いんだが……この分だとこのおっさんは理解していないんだろうな。


 馬車に乗るタイミングで襲撃を受ける可能性が一番高いらしい。

 どんな形で攻撃を仕掛けられるかわからないけれど、悠長に接近してセリアーナに攻撃を仕掛ける……なんてことはせずに、まずは遠距離から魔法なり弓なり道具なりを使って、牽制も兼ねた遠距離攻撃をしてくるはずだ。


 その攻撃が、ピンポイントでセリアーナに来るかどうかわからないし、十中八九馬車にも被害が出るんだよな……。

 セリアーナが代車を用意させて、リーゼルがそれを容認しているのは……ウチの馬車が破損するのを避けたいからだ。


 この街は色んな土地の人間が出入りするし、王都圏の他所の街よりかは揉め事も多いだろうから、兵への指示の出し方なんかを見ても、多少は荒事に慣れている気配を感じたんだけど……気のせいだったかもな。


 まぁ、それも自分が管理する土地で、他家の貴族への襲撃を許してしまった失態の挽回のための経費だと思ってもらおう。


 さて、それじゃー。


「ね、セリア様」


 俺はコソコソとセリアーナの耳元に顔を寄せると、代官や他の兵に聞こえない様に、セリアーナに今の外の状況を訊ねた。


「今外はどんな感じになっているの?」


「裏口を監視していた者も、前に移動して来たわね。そろそろこちらの準備が完了する事がわかったんでしょう。玄関が見える位置に7人がついて、そこから少し下がった位置に3人がいるわ。腕はどちらも大きな差は無いけれど……後方の3人の方が魔力が高いわ。恐らくそちらが遠距離から仕掛けてくるはずよ」


「ほぅほぅ……全部で10人……。街であちらこちらにいたってのは合流しないのかな?」


「連中は詰め所や中央通りにある宿に繋がる街路に散らばったままね。騒ぎを聞きつけた警備兵や冒険者が救援に来るのを妨害するためでしょうね。直接参加するようには見えないわ」


「なるほどー……」


 10人で屋敷に仕掛けてくるってのは、それなりに腕に自信があるって証拠なんだろうけれど……いくらこちらの救援の妨害をしたって、数は街の兵や冒険者の方が圧倒的に多いんだ。


 俺たちは決着を急ぐ必要が無いんだし、無理をせずに適当に時間を稼いで状況が有利になるのを待つだけか。

 大丈夫そうだな。


 うむうむ……と頷いていると。部屋に屋敷の使用人が入って来た。

 普段とは違う屋敷の物々しい雰囲気に少々戸惑っている様だが、どうやら出発の準備が整ったようで、その報告にやって来たらしい。


「それじゃあ、行きましょうか? お前はいつも通りよ。いいわね?」


「はいはい。任せてー」


【小玉】を浮き上がらせながらこちらを向いて口を開くセリアーナに返事をすると、俺はセリアーナの真後ろについて、しっかりと風の範囲に入るように調整した。


 よし……準備は完了だな。

 それじゃー、領地へ帰る前にもうひと働きだ。

 ほどほどに頑張るかー!


1035


 玄関ホールには、俺たち以外にも代官や警備の兵はいるが、使用人たちの姿は無い。

 本来なら賓客のお帰りだし、見送りに出てくるのが筋なんだろうが……これから起きることを考えたら当たり前ではあるかな?


 そして、使用人の代わりと言っては何だが、玄関ホールには馬車の御者や護衛の兵が待機していた。

 彼等も、本来なら俺たちが馬車に乗る際の護衛として馬車の周囲に立っているんだが、まぁ……念のためだな。


「奥様」


 さて、そのうちの一人が扉に手をかけて、セリアーナの合図を待っている。

 ついでに、外からの死角になっている扉のすぐ脇には、リーゼルとオーギュストが控えていた。

 二人は剣こそ抜いていないが、いつでも戦いに移れるように気合いが入っている。


 セリアーナはその二人を見ると、後ろを振り返り俺の顔を見た。


「いけるよ」


 代官の部屋でもそうだったが、そこから玄関ホールに移動するまでの間にも、セリアーナから同じことを確認されたし、俺の準備はもう万端だ。

 いつでも行けるよと、セリアーナに頷いた。


「結構。それじゃあ、行きましょうか。開けて頂戴」


「はっ。お気をつけ下さい」


 扉の前の兵は、セリアーナに向かって小さく頭を下げると、扉をゆっくりと開いた。


 ◇


 街に到着した時はまだ薄暗い程度だったんだが、今はもうすっかり真っ暗だ。

 そんなにのんびりしていたつもりは無いんだが、いやはや春の二月とはいえ、まだまだ日が落ちるのは早いな。


 俺が手にしたランタンで足元は照らされているが、屋敷の扉は閉められて中の明かりは届かない。

 敷地内にはいくつも照明が設置されているから、どこに何があるかわからない……なんてことは無いが、敷地の外は中々どうして……。


 結構大きな街ではあるが、あくまで港町としての発展であって、商業用や居住用の街としての発展ではないから、王都や他の大きな街と違っていたる所に照明が設置されていたりはしないようだ。


 大きな屋敷らしき建物は敷地に自前の照明があるからか、ちゃんと明るくなっているのがここからでもわかるが、薄っすら何となく陰でしかわからない建物もたくさんある。


 賊はそういったところに潜んでいるそうだが、俺の目じゃわからないな。


「セラ? 灯り」


 よそ見していて手元がぶれたからか、俺が敷地の外に気を取られているとでも思ったようだ。

 セリアーナは、すぐ前を進む俺の名を小さな声で呼んだ。

 俺とセリアーナは宙に浮いているし、ただ馬車に乗るだけなら必要無いといえば無いんだが……この明かりには他にも目的があるからな。


「うん、大丈夫。このまま馬車まで行っていいんだよね? オレの目じゃ見えないけど、ちゃんといるのかな?」


 同じく俺も小声で訊ね返した。


「ええ。しっかりとこちらを確認しているわね。少しずつ魔力を集中させているし、馬車に乗り込むタイミングで撃って来るわね。ちゃんと向こうから見えるように持っておくのよ」


「ほいほい」


 向こうってのがどこを指すのかはわからないが……俺がキョロキョロして警戒しているのを悟られたくないしな。

 ただでさえ、馬車周りに誰もいない無警戒っぷりを晒しているんだ。

 怪しまれないためにも、大人しくしておこう。


「セラ、前を向いたまま聞きなさい」


 さて、馬車までゆっくりと進む中、再度セリアーナが話しかけてきた。


「ほい」


「賊は馬車の側に兵がいない事を警戒していたようだけれど、今はその警戒を解いていつでも襲えるように、すぐ向かいの屋敷の陰に潜んでいるわ」


「向かいの屋敷……あそこだね」


「ええ。魔法の発射に合わせて接近する気でしょうね。多少怪しかろうと、私たち二人ならどうとでも出来ると思っているのね」


「まぁ……間違いじゃないね」


 並以上の腕の持ち主が複数相手だと、まともにやり合うのは俺たちでは大分厳しい。

 もちろん、そんな危ないことはしないけどな!


「失礼な……。まあ、いいわ。お前の風と私の盾で受けてすぐに離脱、いいわね? さあ、来るわよ」


 俺が馬車のドアに手をかけたタイミングで、セリアーナからの指示がいくつか飛んできた。

 その指示に、ドアに手をかけながら返事をしようとしたのだが……。


「はいはい。りょーかい……ぬぉぁっ!?」


 何処からか飛んできた魔法によって遮られてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る